episode11 悪魔祓い
「動くな」
低い女の声だった。
通路の奥。
黒いスーツ姿の女が立っていた。
長い黒髪。
鋭い目。
そして、
片手には拳銃。
ユン・セアとハン・ジフンが足を止める。
「……誰」
女は答えない。
代わりに。
銃口を、
ユン・セアへ向けた。
「おい待て!」
ジフンが前へ出る。
「撃つ気か!?」
「それ以上近づけば」
女の声は冷たかった。
「頭を撃ち抜きます」
空気が凍る。
その瞬間。
ステージ側から、
巨大な歓声が響いた。
悪魔が、
さらに観客を魅了している。
館内の空気が、
明らかに異常だった。
スタッフ達の目は虚ろ。
観客達は涙を流しながら、
ユン・セアの名前を叫んでいる。
洗脳。
完全に。
女はそれを見ながら小さく舌打ちした。
「遅かったか……」
「……何者なの」
ユン・セアが問う。
女は数秒沈黙し、
警察手帳を見せた。
「ソウル地方警察庁、特殊犯罪対策課」
「イ・ソヨン警部補」
ジフンが目を見開く。
「特殊犯罪……?」
「表向きはな」
ソヨンの目が細まる。
「実際は“説明不能事件”を扱ってる」
その言葉に、
ユン・セアの呼吸が止まる。
「……悪魔とか?」
「名称は色々ある」
ソヨンは銃を下ろさない。
「怪異」
「悪霊」
「人喰い」
「だが、実在する」
その瞬間だった。
ズンッ。
建物全体が揺れた。
悲鳴。
館内モニター。
そこに映っていた悪魔が、
ゆっくり笑っていた。
『あぁ……嫌な匂いがすると思ったら』
会場が静まり返る。
悪魔の瞳が、
真っ直ぐこちらを向く。
『犬が紛れ込んでるねぇ』
ソヨンの表情が変わる。
「見えてるのか……」
『そりゃそうだろ』
次の瞬間。
観客席の男が一人、
突然立ち上がった。
目が真っ黒。
そして。
隣の女性の首を、
素手で折った。
悲鳴。
パニック。
『キャアアアア!!』
さらに。
魅了された観客達が、
一斉に暴れ始める。
「始まった……!」
ソヨンが即座に無線を取る。
「全隊、避難誘導開始!」
「コードブラック!!」
だが。
次の瞬間。
バァンッ!!
銃声。
ソヨンの放った弾丸が、
暴徒化した男の肩を撃ち抜く。
正確無比。
だが男は止まらない。
笑いながら突っ込んでくる。
「チッ……完全憑依!」
その時だった。
ゴッ!!
黒い影が飛び込んできた。
次の瞬間。
暴徒の男が、
三メートルほど吹き飛ぶ。
壁へ激突。
沈黙。
「……は?」
ジフンが固まる。
そこにいたのは、
一人の大男だった。
二メートル近い巨体。
短髪。
傷だらけの拳。
黒いスーツ。
「間に合ったか」
低い声。
男は拳を鳴らす。
「久しぶりだな、ソヨン」
「遅い」
ソヨンが吐き捨てる。
「またラスベガスで地下格闘でもしてたの?」
「仕事だ」
男が笑う。
だが。
その目は、
人間じゃなかった。
獣みたいな圧。
「……誰」
ユン・セアが呟く。
ソヨンが短く答える。
「チェ・ガンウ」
「元総合格闘技世界王者」
「現在、対怪異専門の処理屋」
ガンウがユン・セアを見る。
「なるほど」
男の眉が歪む。
「かなり喰われてるな」
ユン・セアの身体が震える。
その時だった。
ステージ上の悪魔が、
大きく両手を広げた。
『皆ぁ』
甘い声。
『もっと愛しておくれ』
瞬間。
観客達の黒い感情が、
一斉に悪魔へ流れ込む。
会場の照明が割れる。
悲鳴。
人間達が狂い始める。
そして。
悪魔の背後に、
巨大な黒い影が現れた。
角。
無数の腕。
笑い声。
もはや人間じゃない。
「……完全顕現」
ソヨンの顔色が変わる。
「まずい」
ガンウが拳を握る。
「派手に行くぞ」
次の瞬間。
男の身体が、
異常な速度で加速した。
床が砕ける。
一瞬で十メートル。
人間離れした速度。
「——おらぁっ!!」
ガンウの拳が、
暴徒化した観客をまとめて吹き飛ばす。
空気が爆発する。
ジフンが絶句した。
「……なんだこいつ」
「超人類よ」
ソヨンが短く答える。
「怪異と戦うために作られた化け物」
その時。
館内の照明が、
一斉に消えた。
暗闇。
そして。
ステージ中央に、
誰かが立っていた。
白い巫女装束。
長い銀髪。
裸足。
静かな目。
女は、
悪魔を見上げながら言った。
「——随分、好き放題してくれましたね」
その瞬間。
会場の空気が、
一変した。




