5時起きは辛いよ
翌朝、五時。
桜花が立っていた。
部屋の入口。刀を携えて。すでに着替えている。
「起きてください」
「……死ぬ」
「昨日も同じことを言いました」
「昨日も死にかけた」
「死にかけていません。素振りで死ぬ人間はいません」
「俺が初めてになるかもしれない」
「なりません。起きてください」
布団を引き剥がされた。
朝の空気が、冷たかった。
⸻
河原。
朝靄の中、木刀を持つ。
腕がまだ昨日の疲れを覚えていた。
筋肉が、抗議している。
「構えてください」
「身体が痛いんだけど」
「慣れます」
「何日目だと思ってる」
「八日目です」
「八日連続で慣れろと言われてる」
「慣れるまで言います」
俺は構えた。文句を言っても始まらないのは、八日で学んだ。
桜花が周りを歩く。観察の目だ。
「昨日より重心が低いですね」
「意識した」
「体が覚え始めています」
「褒めてくれるのか」
「そうですね」
そして俺は素振りを始めた。
風を切る音。朝靄が、刃の軌道に沿って揺れる。
「……少し、形になってきましたね」
桜花が足を止めた。
「秀馬」
「なに」
「今日は動きながらやります」
「また打ち合いか」
「当てません。ただ――」
桜花が木刀を構えた。
「少し、本気で行きます」
「本気って昨日も六割とか言ってたけど」
「今日は七割です」
「うお、上がってる」
「成長に合わせています」
⸻
桜花が踏み込んだ。
速い。ダンジョンの中で見た動きと、同じ質の速さ。
木刀が来る――上から。
下がりそうになった。
足が、止まった。
横に、動く、木刀が空を切る。
「……っ」
間一髪だった。風圧が頬をかすめた。
「良いですね」
桜花がすでに次の間合いを取っていた。
「今の動き、意識しましたか」
「半分くらい」
「昨日と同じ答えですね」
「昨日より体が速く動いた」
桜花が少し間を置いた。
「……そうです。昨日より、速かった」
また踏み込んでくる。
今度は横から。軌道が読めない。
俺は下がらずに、足を踏みこみ、重心を落とす。
木刀を前に出して受けた。
衝撃が腕に走る。痺れた。
でも、弾かれなかった。
「……」
桜花が止まった。
「今のは」
「体が勝手に」
「勝手に受けましたか」
「受けてた」
桜花が木刀を下ろした。
しばらく、俺を見ていた。
「秀馬、一つ聞いてもいいですか」
「なんだ」
「戦うのが、好きですか?」
俺は少し考えた。
「分からない。まだ数回しか戦ってないから」
「では怖いですか」
「怖いな、でも嫌じゃない」
桜花がまた俺を見た。
長い沈黙だった。
「……源之助様も、同じことを言いました」
朝靄が、風に流れていった。
⸻
学校、昼休み。
上野が鶏の唐揚げを頬張りながら桜花を見ていた。
桜花はクリームパンを二個、机に並べていた。
「……二個か」
「前回一個では足りませんでした」
「ドールって食事必要ないんじゃないの?」
「必要ありません」
「じゃあなんで」
「美味しいので」
上野が俺を見た。
「旧世代型って、みんなこんな感じなのか」
「知らない、一体(桜花)しか知らないから」
「普通ドールって食い物に興味持つか?」
「持つやつもいるんじゃないか?分からんけど」
桜花がクリームパンを一口食べた。
静止した。
「……む、今日のは昨日より甘いですね」
「製造日が違うんじゃないか」
「製造日で味が変わるのですか」
「微妙に変わることがある」
「……それは、知りませんでした」
桜花が真剣な顔でパンを見つめていた。
上野が小声で言った。
「なんか可愛いな」
「それ言うなよ」
「え、なんで」
「はい、聞こえてますよ?」
上野が固まった。
桜花は二個目に手を伸ばしていた。
⸻
放課後。
廊下で声をかけられた。
三年の先輩だった。
胸に探索者協会の仮登録バッジをつけている。
Bランクか。
「お前が石浜か」
「そうですが」
「旧世代型と組んでるって聞いた」
「はい」
男が桜花を見た。
値踏みするような目だった。
「模擬戦、いいか?こちらののドールと」
桜花が俺を見た。
視線で聞いていた。どうしますか、と。
俺は先輩を見た。
「目的はなんですか」
「強さの確認だ。旧世代型がどのくらいか、気になる」
「こちらは気になりません」
「は?」
「実力を見せる理由がないので」
先輩の目が細くなった。
「……生意気だな、Fランクのくせに」
「ランクは関係ないと思いますが」
桜花が前に出た。
「すいません一つ、伺ってもいいですか」
先輩が桜花を見た。
「なんだ?」
「貴方のドールは、貴方を守れますか」
「……当たり前だろ」
「ならば十分です」
桜花が頭を下げた。
「お引き取りを」
先輩が何か言いかけた。
でも、桜花の目を見て、止まった。
何も言わずに去っていった。
俺は桜花を見た。
「良かったのか、ああいう対応で」
「問題ありません」
「角が立つかもしれないけど」
「戦う理由のない相手と戦う必要はありません」桜花が廊下の先を見た。
「それは源之助様に教わりました」
「英雄でも無駄な戦いはしなかったのか」
「英雄だからこそ、しませんでした」
俺は少し考えた。
「……賢いな、源之助様は」
「はい」
桜花が歩き出した。
「秀馬も、そうなります」
断言だった。
俺は何も言わなかった。
でも、足が自然に桜花の隣に並んだ。
⸻
夜。
部屋で木刀を素振りしていた。
腕が痛い。
でも、止まらなかった。
桜花が部屋の隅で目を閉じていた。
休眠状態だ。
静かな部屋、木刀を振る音だけが続く。
ふと、桜花が目を開けた。
「……まだ起きていますか」
「もう少し」
「腕が痛いでしょう」
「痛いな」
「ではなぜ続けるのですか?オーバーワークですよ」
俺は素振りを止めた。
少し考えた。
「お前に追いつきたいわけじゃない」
「では」
「隣に立てるようになりたい」
桜花が俺を見た。
「私の隣に、ですか?」
「あぁ、お前が俺を守るだけじゃ対等じゃない気がして」
長い沈黙だった。
桜花がゆっくりと目を伏せた。
「……源之助様も、同じことを言いました」
「また同じか」
「同じです」
「それって良い意味か悪い意味か」
桜花が静かに答えた。
「良い意味です」
でも、それで十分だった。
俺は木刀を置いて電気を消した。
暗い部屋の中、桜花の輪郭だけが見えた。
200年前にも、こんな夜があったのかもしれない。
そんなことを思いながら、目を閉じた。




