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8/16

5時起きは辛いよ

翌朝、五時。

桜花が立っていた。

部屋の入口。刀を携えて。すでに着替えている。

「起きてください」


「……死ぬ」

「昨日も同じことを言いました」

「昨日も死にかけた」


「死にかけていません。素振りで死ぬ人間はいません」

「俺が初めてになるかもしれない」

「なりません。起きてください」

布団を引き剥がされた。

朝の空気が、冷たかった。



河原。

朝靄の中、木刀を持つ。

腕がまだ昨日の疲れを覚えていた。

筋肉が、抗議している。


「構えてください」

「身体が痛いんだけど」

「慣れます」

「何日目だと思ってる」


「八日目です」

「八日連続で慣れろと言われてる」

「慣れるまで言います」

俺は構えた。文句を言っても始まらないのは、八日で学んだ。


桜花が周りを歩く。観察の目だ。

「昨日より重心が低いですね」

「意識した」

「体が覚え始めています」

「褒めてくれるのか」

「そうですね」


そして俺は素振りを始めた。

風を切る音。朝靄が、刃の軌道に沿って揺れる。

「……少し、形になってきましたね」

桜花が足を止めた。

「秀馬」

「なに」

「今日は動きながらやります」

「また打ち合いか」

「当てません。ただ――」

桜花が木刀を構えた。


「少し、本気で行きます」

「本気って昨日も六割とか言ってたけど」

「今日は七割です」

「うお、上がってる」

「成長に合わせています」



桜花が踏み込んだ。

速い。ダンジョンの中で見た動きと、同じ質の速さ。

木刀が来る――上から。

下がりそうになった。

足が、止まった。

横に、動く、木刀が空を切る。

「……っ」

間一髪だった。風圧が頬をかすめた。


「良いですね」

桜花がすでに次の間合いを取っていた。

「今の動き、意識しましたか」

「半分くらい」

「昨日と同じ答えですね」

「昨日より体が速く動いた」

桜花が少し間を置いた。


「……そうです。昨日より、速かった」

また踏み込んでくる。

今度は横から。軌道が読めない。


俺は下がらずに、足を踏みこみ、重心を落とす。

木刀を前に出して受けた。

衝撃が腕に走る。痺れた。

でも、弾かれなかった。

「……」

桜花が止まった。


「今のは」

「体が勝手に」

「勝手に受けましたか」

「受けてた」

桜花が木刀を下ろした。


しばらく、俺を見ていた。

「秀馬、一つ聞いてもいいですか」

「なんだ」

「戦うのが、好きですか?」

俺は少し考えた。


「分からない。まだ数回しか戦ってないから」

「では怖いですか」

「怖いな、でも嫌じゃない」

桜花がまた俺を見た。

長い沈黙だった。


「……源之助様も、同じことを言いました」

朝靄が、風に流れていった。



学校、昼休み。

上野が鶏の唐揚げを頬張りながら桜花を見ていた。

桜花はクリームパンを二個、机に並べていた。

「……二個か」

「前回一個では足りませんでした」

「ドールって食事必要ないんじゃないの?」

「必要ありません」

「じゃあなんで」

「美味しいので」


上野が俺を見た。

「旧世代型って、みんなこんな感じなのか」

「知らない、一体(桜花)しか知らないから」


「普通ドールって食い物に興味持つか?」

「持つやつもいるんじゃないか?分からんけど」

桜花がクリームパンを一口食べた。

静止した。


「……む、今日のは昨日より甘いですね」

「製造日が違うんじゃないか」

「製造日で味が変わるのですか」


「微妙に変わることがある」

「……それは、知りませんでした」

桜花が真剣な顔でパンを見つめていた。

上野が小声で言った。


「なんか可愛いな」

「それ言うなよ」

「え、なんで」

「はい、聞こえてますよ?」


上野が固まった。

桜花は二個目に手を伸ばしていた。



放課後。

廊下で声をかけられた。

三年の先輩だった。

胸に探索者協会の仮登録バッジをつけている。

Bランクか。


「お前が石浜か」

「そうですが」

「旧世代型と組んでるって聞いた」

「はい」

男が桜花を見た。

値踏みするような目だった。


「模擬戦、いいか?こちらののドールと」

桜花が俺を見た。

視線で聞いていた。どうしますか、と。

俺は先輩を見た。


「目的はなんですか」

「強さの確認だ。旧世代型がどのくらいか、気になる」

「こちらは気になりません」

「は?」


「実力を見せる理由がないので」

先輩の目が細くなった。

「……生意気だな、Fランクのくせに」

「ランクは関係ないと思いますが」

桜花が前に出た。


「すいません一つ、伺ってもいいですか」

先輩が桜花を見た。

「なんだ?」

「貴方のドールは、貴方を守れますか」

「……当たり前だろ」

「ならば十分です」

桜花が頭を下げた。


「お引き取りを」

先輩が何か言いかけた。

でも、桜花の目を見て、止まった。

何も言わずに去っていった。


俺は桜花を見た。

「良かったのか、ああいう対応で」

「問題ありません」

「角が立つかもしれないけど」

「戦う理由のない相手と戦う必要はありません」桜花が廊下の先を見た。

「それは源之助様に教わりました」


「英雄でも無駄な戦いはしなかったのか」

「英雄だからこそ、しませんでした」

俺は少し考えた。

「……賢いな、源之助様は」

「はい」

桜花が歩き出した。

「秀馬も、そうなります」

断言だった。

俺は何も言わなかった。


でも、足が自然に桜花の隣に並んだ。


夜。

部屋で木刀を素振りしていた。

腕が痛い。

でも、止まらなかった。

桜花が部屋の隅で目を閉じていた。

休眠状態だ。

静かな部屋、木刀を振る音だけが続く。


ふと、桜花が目を開けた。

「……まだ起きていますか」

「もう少し」

「腕が痛いでしょう」

「痛いな」


「ではなぜ続けるのですか?オーバーワークですよ」

俺は素振りを止めた。

少し考えた。

「お前に追いつきたいわけじゃない」

「では」

「隣に立てるようになりたい」

桜花が俺を見た。


「私の隣に、ですか?」

「あぁ、お前が俺を守るだけじゃ対等じゃない気がして」

長い沈黙だった。


桜花がゆっくりと目を伏せた。

「……源之助様も、同じことを言いました」

「また同じか」

「同じです」

「それって良い意味か悪い意味か」

桜花が静かに答えた。


「良い意味です」

でも、それで十分だった。


俺は木刀を置いて電気を消した。

暗い部屋の中、桜花の輪郭だけが見えた。


200年前にも、こんな夜があったのかもしれない。

そんなことを思いながら、目を閉じた。


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