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第二層へ

第二層への通路は、異常なほどに広かった。

天井が高く、壁は滑らかに磨き上げられている。

第一層の荒々しい岩肌とは、明らかに「質」が違う。


「……加工されていますね。意図的な変化を感じます」

「ダンジョンが自分で形を変えてるのか?」

「ええ、人間が踏み込めない領域ほど、迷宮は自らの意志でその姿を歪めます」

「……怖いこと言うなよ」

「大丈夫です。すぐに慣れます」

桜花が壁に触れると指先が滑らかな石の表面をなぞる。


最初のモンスターは、通路の影から音もなく現れた。

二足歩行で体長は二メートル弱。

両腕には骨が変質したような鋭い突起が無数に生えている。

速い。 まばたき一つの間に、怪物はすでに間合いに入って来た。


桜花が動いた。

正面から受けるのではない――半歩だけ、横へ。

突進の慣性を殺さず、ただ紙一重で進路を譲る様に。

流れるような重心移動。

力ではなく、角度だけで怪物の質量を無力化した。

刀を抜いたのは、その直後だ。


抜刀の瞬間が見えない。

気づいたときには、すでに「カチン」と納刀の音が響いていた。

一拍遅れて、断ち切られた空気が悲鳴を上げる。

怪物の巨体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


「……今の動き」

「鍛錬でやりましたね。斜め前方への足運びです」

「俺に教えてた、あの地味な練習か」

「言葉で説くより、見た方が早いかと思いまして」

桜花が平然と振り返る。

「手加減は?」

「素材は無傷です。……すべては食べも‥」

「……?」


「コホン、秀馬のためです」

今、さらっと「食べ物」と言いかけなかったか?


第二層を進むにつれ、敵の数は増え、質も上がっていった。

だが、桜花は止まらない。

俺は彼女の背中を追いながら、必死に自分の立ち位置を調整し続けた。

距離感や死角。

どこにいれば邪魔にならず、どこにいれば彼女が守りやすいか。

一週間の地獄の鍛錬が、思考より先に体を動かしていた。

「秀馬」

「……どうした?」

「今の立ち回り、見事でした。私が踏み込んだ瞬間、あなたはすでに私の死角から外れていた」


「……半分は、無意識だ」

「残り半分は?」

「体が勝手に動いた」

桜花が満足げに頷いた。

「それで十分です。才能のない人間に同じことを教えても、こうはなりません」

その言葉が、少しだけ胸に熱く響いた。



最奥の扉は、今までで最も巨大だった。

石の表面には、無数の深い爪痕。

先人たちがここで果てた記録が刻まれている。


「開けます。……今日は、私の動きだけをその目に焼き付けてください」

「戦わなくていいのか」

「今はまだ。いずれ、――隣で戦っていただくまでは」

扉が重低音を響かせて開く。

そこにいたのは、人型の怪物だった。

全身を黒銀の外皮に覆われ、両腕はそれ自体が巨大な「刃」と化している。

「……このモデルは」

桜花の声に、わずかな鋭さが混じった。

「源之助様の時代にも、これと同種の個体がいました」 「強いのか」

「強いです。――ただ、私はこいつの『殺し方』を知っている」

ボスが、爆発的な踏み込みを見せた。

第一層とは比較にならない速度。

両腕の刃が交差し、空気ごと空間を断ち切る軌道。


桜花が真っ向から突っ込んだ。

正面衝突――そう確信した瞬間、彼女の姿が掻き消えた。

「……っ!」

視界の端、ボスの背後に、いつの間にか桜花が立っている。

淀みのない転位。 彼女の刀が一閃し、硬質な装甲が割れる嫌な音が響いた。

だが、ボスは倒れない。

怒りに身を任せ、猛然と振り返る。

「秀馬」

「……なんだ」

「少し、本気を出します」

「さっきのは?」

「六割です。……素材を傷つけぬよう、調整が必要でしたので」

桜花がボスを見据えた。

その瞬間、空気が沈んだ。

熱でも光でもない、言葉にならない「重圧」が彼女を中心に膨れ上がる。

気温が一度ほど落ちたような錯覚。


ボスが、初めて本能的な恐怖にのけ反った。

「下がっていてください。……でも見ていてください」

「見てる、瞬きもしない」

小さく、彼女が微笑んだ。



桜花が踏み込んだ。 振り下ろされるボスの刃――その軌道の「真下」へ、彼女は潜り込んだ。

膝を深く折り、重心を限界まで落とす。

鍛錬で俺が悲鳴を上げた、あの不自然なまでの低姿勢。

懐に、入った。


刀を抜く――その音は、もはや金属音ですらなかった。

空気が断絶する乾いた響きの直後、ボスの外皮が縦に一文字に裂けた。

崩れ落ちる巨体。

圧倒的な、完勝だった。

桜花が刀を納め、息一つ乱さずに歩み寄ってくる。


「……いかがでしたか」

「あの低い構え、鍛錬のやつだろ。……わざと見せたのか」

「ええ。修練が実戦でどう花開くか、秀馬に知ってほしかった」

「源之助も、あんな風に教わったのか」

「あの方も、同じように不満を漏らし、同じように強くなりました」

「あいつは、……英雄になったんだな」

「はい。あなたがそうなるように」


桜花が静かに答えた。 俺

は何も言わず、木刀の代わりに握っていた自分の拳に力を込めた。



ダンジョンを出ると、川沿いの風が汗を冷やしてくれた。

「次は第三層に行けます」

「いつだ?」

「あと二週間、さらに鍛錬を積んでからですね」


「……また鍛錬か」

「嫌ですか?」

「嫌じゃないけど、五時起きはやっぱり辛い」

「では、四時にしましょうか」

「それはない」

桜花が川面を眺めた。 昼の光が、彼女の金色の瞳の中で揺れている。


「……秀馬。今日の戦闘、怖かったですか?」

「少しな」

「それでも、十分動けていました。……誇ってください」

「……褒めてくれるのか」

「そうですね。……はい。頑張りました」


素材の詰まった袋は、昨日よりずっと重かった。

けれど、駅に向かう俺たちの足取りは、驚くほど軽かった。

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