駅弁で不機嫌?
なんてことを考えていると、予定の時刻通りに列車がホームにやってきた。
「さあ、乗るとしようか。」
先生に続いて、僕は列車へと乗り込む。二人掛けの座席まで来ると、先生を窓側、僕が通路側で席へと座る。先生との移動の際は、先生は必ず窓側に座らせる。これは先生が強く望んでいるというよりも、窓側で景色を見ていないと、すぐに乗り物酔いをしてしまうからという理由だ。
先生は乗り物酔いすると本当に使い物にならない(失礼だとは思うが、本当にそうなので許してほしい)ので、僕は先生を必ず窓側へと誘導している。
「さて、では君の買ってきたお弁当を見せてもらおうかな。」
列車が発車するとすぐに先生は僕にお弁当を催促してきた。
言われるがままに袋から二種類のお弁当を出し、先生の前におく。一つは牛タン入りのハンバーグ弁当、そしてもう一つが鮭といくらの親子弁当だ。先生は、二つの弁当を見比べながら、何かに気づいたような表情を浮かべ、途端に「つまらないな」と言わんばかりに不機嫌な顔になる。
「先生、どうしたんですか?」
先生の様子に気がついた僕は、先生に伺いを立てる。先生は、自分の興味のないことだと途端に態度を変えてしまう。さっきまであんなに弁当を楽しみにしていたのに。
肉料理の人気一番の弁当と魚料理の人気一番の弁当を選んだのに、外したか。
「君は自分がどちらを食べるつもりで買ってきたんだい?」
ぶっきらぼうな声で僕に問いかけてくる。口をとんがらせて、不満げな顔だ。その顔を見ると、先生はそこまで怒っているわけではないなと安心する。この顔はどちらかというと、自分の期待したことが起きなくて拗ねている子供といった表情だ。
「え、それは・・・。先生が選ばなかった方をいただこうかと。」
「それだよ。」
どれだ。
「君の選び方は実につまらない。大方、肉料理と魚料理を二種類買えば、私ちゃんのハズレを引くことはないと考えたんだろう?」
「それは、まあ。正直、先生の食の好みまではわからなかったので。」
「君は実に合理的なやつだ。その買い方は社会に出た時に気配りができる人間として、とても重宝されるだろうさ。でもね、私ちゃんがなんて言ったのか覚えているかい?」
「僕のセンスに任せると?」
「それも言ったが、私ちゃんは君が何を買ってくるのか楽しみにしていると言ったんだよ。それでこんな無難な買い方をされたら、がっかりするってもんさ。こういう時は80点を取りに行くんじゃなくて、100点を取りにいかないと。たとえ、0点の可能性があるとしてもね。」
うむ。先生は弁当の買い方一つで僕を試していたのか。そしてどうやら僕は不合格だったらしい。何か釈然としない気持ちが僕を襲うが、グッと堪える。
「それに。せっかくなら君にも君が食べたいものを買って食べて欲しいじゃないか。旅にはご飯が付き物だ。ご飯が美味しければ、その旅は素晴らしいものになるし、ご飯が不味ければ、その旅は失敗だ。これは私ちゃんの持論だけどね。それにプラスして、素晴らしいアイデアを思いつけたら完璧だね。作家はいつでもネタを探しているんだ。今回は、桜と温泉だ。何か起こると期待せずにはいられないね。」
弁当で機嫌を崩したかと思ったら、すぐに自分の語りで機嫌を直してしまった。全く、ジェットコースターのように乱高下する感情だ。それでも、今回の弁当の買い方は良くなかったのだなと、僕は密かにメモに書き記す。
先生はハンバーグの弁当を取ったので、僕はもう一つの親子弁当を手に取り食べる。駅弁を食べる機会はあまり多いということはないが、久しぶりに食べるとその美味しさに感動する。味はもちろんのこと見た目や色合いにすら気を使い、容器にも創意工夫を加える。一つの芸術作品のような美しさすらある。
僕のお弁当には、サーモンの切り身とほぐした焼き鮭。そして、輝く宝石のようないくらがそれぞれ綺麗に配置されている。食べるのが勿体無いほどの弁当に僕は思わずバッグから一眼レフカメラを取り出して、写真を撮る。せっかくの旅の思い出として写真は撮れるうちに記録として撮っておく。これも記録係としての僕の役目だ。
カメラを出したついでに先生の弁当の写真も撮ろうと先生の方を見る。
「ん〜。」
先生は満足そうな顔でその弁当を食い散らかしている。ここでいう食い散らかしているは、文字通りのものであると解釈していただきたい。
文字通り食い散らかしていた。僕はその弁当の中身の完全体を見たわけではないので、これは想像の話になってしまうが、おそらくそのお弁当は、最初はもう少し、いやかなり綺麗に飾られていたと思うのだが。そのお弁当の綺麗に(いや、汚いんだけど)散らかった中身は、見るに絶えない。
これを写真として記録に残すのは、先生の名誉と作り手さんへの配慮のためにやめておこう。
僕はそっとカメラのレンズにカバーをかけた。
先生は、特段食べ方が汚いというわけではないのだが、気に入ったものはそれしか食べないし、バランスよく食べると言ったことはしない。そして、お腹が空いているときは、今のように食い散らかすのだ。
ある意味、欲望に忠実な子供のような食べ方である。僕はこうはならないようにしようと、先生を反面教師にしながら自分の弁当を食べ始めた。
ちなみに、味は抜群に美味しかった。先生の言うように旅行の成否がご飯で決まるのであれば、ひとまず出だし好調ということになるだろう。




