駅弁
「先生。何か列車の中で食べるものは買いますか?朝ご飯、食べていませよね?」
「う〜ん。そうだね。もちろん、朝ごはんは食べていない。朝ごはんを食べるというのは大事だという話があるよね。朝ごはんを食べることで生活リズムの改善、脳と体の活性化、集中力向上、太りにくくなるとか、色々ないいことがあると。私ちゃんなんかは、普段の生活習慣が狂ってしまっているから、朝ごはんは食べる日も食べない日も、朝ごはんと言えない時間に食べることもしばしばあるけども。今日のようにしっかり食べられる時は、しっかり食べるべきなんだろうね。よし、食べようか。」
この人は僕の質問に対して、素直に答えることができない呪いにでもかかっているのだろうか。
「適当な駅弁でいいですか?」
「そうだね。君はすでに私ちゃんの食の好みを理解しているだろうから、君のセンスに任せるよ。君が何を選んでくれるのか楽しみだ。」
にこやかな笑顔を向けながら、僕に万札を渡す。これで買ってこいということだろう。僕は先生からお金を受け取り、駅弁屋の中へと入っていく。店の中には、全国の色々な種類の駅弁がずらりと並んでいる。朝早いからか、人はそこそこいるが、ほぼ全てのお弁当の在庫がある状態だ。
海鮮系から肉料理、おにぎりから寿司まで、それはそれは多くの種類のご当地弁当が並んでいる。
さて、困ったな。
センスで。と言われても、僕にはそんなセンスはない。部活動の買い出しじゃないんだから、センスと言われても困るだけである。いや、今の時代、そんな買い出しすら問題になるだろうな。
センスで、と言ってこっちに任せてきたのに、自分が気に入らないものだったらこっちが責められる。僕もそんな経験は何度もした。僕に言わせると、そういう人は、自分の中ではすでに正解を持っているのだ。それなのにそれを開示してくれない。食べたいものや飲みたいものがあるなら、それを直接指示すればいいのに。人を試すようなことをするのにはなんのメリットがあるんだろう。
まあ、先生はただ楽しんでいるだけとしか思えないが。なんてことを考えながら、僕は並べられている弁当を順に見ていく。
「こういう時は無難な買い方に限るよな。」
先生は、苦手としている食材が三つある。『にんじん・ピーマン・トマト』の三つだ。
みんなも思っただろう。そう、実に子供っぽい。断っておくが、先生は何かのアレルギーで、これらを食べることができないというわけではない。
食べられないのではなく、食べる気がないのだ。
この食材が出てくると問答無用で僕の皿の中へと放り投げてくる。そして、露骨に苦い顔をするのだ。いや何歳だよと思うだろうが、僕も先生の年齢はわからない。見た目は、未成年のような幼い見た目をしているが、僕よりは年上だ。
僕は、先生の苦手なものが入っていないお弁当を探し、肉料理がメインの弁当を一つと魚料理がメインの弁当を一つ買って、お店を出る。どちらも買っておけば、先生が選ばなかった方を僕が食べればいいんだ。先生の元へと向かい、弁当を買ったお釣りを返す。
「何を買ってきたかは、列車内でのお楽しみとしようか。」
先生はお金を受け取ると、ホームに向かって歩き始める。僕は、自分の荷物と弁当の入ったビニール袋を持ちながら、その後をついていく。
「そろそろ列車の時間だね。日本の公共交通機関は素晴らしい。生まれも育ちも日本だから、このことが当たり前になってしまっているかもしれないが、時間通りに列車が発車するというのは、本当に素晴らしいことだよ。」
「海外の交通機関ではそうはいかないんですか?」
「ああ、君とはまだ海外に一緒に行ったことはなかったね。君は海外に行ったことはあるかい?」
「いいえ、パスポートだけは持っていますけども、行ったことはないです。」
「そうなのかい。海外に行けば日本のありがたさが身に染みてわかるさ。私ちゃんは昔、雨が降っているからって、なんの知らせもなく運休になったバスを一時間待ち続けたことがあるよ。あの時は流石に震えたね。というで疑問に思って現地の人に聞かなかったら何時間でも待ち続けていただろうさ。」
先生は思い出を懐かしむかのように、笑顔で話している。日本の公共交通機関が優れているという話は、僕も聞いたことがある。日本の電車は時刻にかなり正確な運行をしており、数分遅れただけでもお知らせと謝罪がアナウンスされる。日本で生まれ、日本で過ごしている僕たちは、これを普通のことであると感じてしまうのだろうが、ありがたいことだと思うべきなのである。




