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双貌日記〜天才作家 言葉紡の記録係〜  作者: pippo
2 出発

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桜の樹の下には

「君は、梶井基次郎(かじいもとじろう)の短編小説、『桜の樹の下には』を知っているかな?」


「梶井基次郎先生?あの教科書やなんかでは『檸檬(れもん)』で有名な?残念ながら、その小説は知りませんね。桜の樹の下には何があるんですか?」


「君はなぜ桜があんなにも美しいと思う?」


 先ほどから質問してもそれに対する答えが得られない。一方通行の投げ込み練習のようだ。


 まあ、先生は自分が求めている答えを僕が言うことを期待しているのだろうから、それを考えて僕が答えなければ、先には進まない。これもまた先生との会話ではいつものことだ(だからこそ、先生との会話は必然的に長くなる。そのためもあって、昨晩は先生にメールを返さなかったのだ)。


「桜が美しいのは、桜がそうあるべきと創造されたからなんじゃないですか。」


「ほう、なかなかにロマンチックな、それでいてユーモアのある表現だね。君は神様を信じるタイプなのかな。ああ、もちろん私ちゃんが神様の存在を否定している、というわけではないよ。私も表現者の端くれだからね。神様がいたらなんていう想像の話は、考えたりするものさ。世界の神様を題材にした作品も執筆したことがあるしね。いやはや、想像と言ってしまうと、暗に私ちゃんが心の中では、神様なんていう存在がいないと思っていることを表してしまっているかな。」


さすが先生。一を返すとその倍以上の情報を話してくる。そしてそれは全て()()である。僕が余談ばかり考えるようになってしまったり、ふとしたことに疑問を持つようになったのは、この先生と関わり始めたことが大きいのだろうか。先生はよく「人生は余談が溢れている方が面白いのさ」というが最近になってちょっとずつその意味がわかってきたような気がする。


おっと、先生に毒され始めているのか。


「話がずれてしまったね。梶井は作品の中で、桜の樹の下には()()が埋まっていると表現したんだよ。桜の鮮やかな色は死体からでなければ出ないってね。実に面白いじゃないか。」


「したい?人の死んだ体ですか?」


「そうだよ。桜という美しい存在と死体という醜い存在を対比して表現しているんだろう。これまた余談だが、作品の中では生と死というものの新しい価値観を作り出したと言っていい。悔しいが、面白い表現だね。梶井が書いていなければ、私ちゃんが書いたのに。作品を一つ奪われたような気分さ。」


後の時代に生まれた人が、奪われたって・・・。まあ、先生が梶井先生よりも早く生まれていたら、本当に書いていそうだとは思うけれど。


「それで?その話が今回の取材旅行とどう関係があるんですか?」


「ああ、そうだった。今回の旅行はね、実際に桜を見に行くんだよ。桜の樹の下には何が埋まっているのかを調べようじゃないか。」


これには、僕も返す言葉がすぐには浮かばなかった。桜の樹の下に何が埋まっているかを確認する?


「いやいや、ちょっと待ってください。一つずつ整理させてください。」


「なんだい?」


 先生は、もう自分は説明するべきことはすべて説明し終わったとばかりの表情を浮かべている。


 この人は、余談はいっぱい話すのに、肝心の本題に対しては明らかに言葉が足りないな。


「まず、桜を見に行くって。今は四月の下旬ですよ?桜の季節は終わっているんじゃないですか?」


「君。桜が最も美しいと言われている地方を知っているかい?」


 またもや突拍子もない質問。この人はキャッチボールというものをしたことがないのだろうか。


「さあ?」


「東北だよ。北の方の桜は美しいと言われているんだ。まあ、私ちゃんも実際に見たことはないから、今のところは私ちゃんたちのいるこの地方の桜だって十分に美しいと思うけどね。そして、東北の桜は、ここと比べて開花の時期が遅い!だから今時分に行けばちょうど満開の桜が見られるというわけだよ。はっはっは。私ちゃんはこの時期になるのを、あえて待っていたのさ。」


不自然に高笑いをあげながら、勝ち誇ったような表情で僕に宣言する。顎を上げて見下すようなスタイルだが、僕の方がずっと身長が高いから逆に精一杯に見上げているようにしか見えない。


うーん。何か怪しいような、急に取ってつけたような理由だな。先生が不自然な笑い声をあげる時は、何か誤魔化している時であるということを、この一年で僕は理解している。


「本当は?」


僕はジト目で先生の顔を見る。先生は不自然な笑い方を止めると、目線を逸らしながら小声で答える。


「一昨日、たまたま先の小説を読んでね。気になってしまったんだよ。それで調べてみたら、この時期に咲いているのは東北方地方らしい。なら、東北地方に行くしかないなと。」


「初めからそう言えばいいじゃないですか。なんでそう計画通りみたいな表情をしたんですか。」


「う〜む。まあ、早速行こうじゃないか。」


 少し気まずそうな表情を浮かべたかと思ったら、すぐに笑顔に切り替わってしまった。そして、僕を先導して駅のホームに向かって大股で歩き始める。


 誤魔化したな。先生のことだ。桜の樹の下の何があるのかを気になったことは本当なのだろうが、この感じはまだ何か隠しているな。


 僕はそんなことを考えながら、トコトコと歩く先生の後ろを歩いてついていく。先生にとっては大股で歩いているつもりでも、僕との身長差を考えると、決して歩くのが早いということはない。先生は、ボサボサな長い髪を揺らしながら歩いている。


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