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双貌日記〜天才作家 言葉紡の記録係〜  作者: pippo
違和感

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喫茶店にて

 僕がその喫茶店に着いたのは、約束の30分ほど前だった。腕につけたアナログの時計の針を確認し、今の時刻を確認する。


 一時か。少し早く着いてしまったな。


 普段から早めの行動を意識している僕ではあるが、流石に早く着きすぎた。少し迷ってから、喫茶店の中で待つことに決め、店内へと入った。


 僕はホットコーヒーを注文し、店の奥にある二人掛け用の席へ腰を下ろした。


 暑い暑いとはいえ、コーヒー好きの僕にとっての嗜好(しこう)はホットコーヒーである。コーヒーの湯気から感じる繊細な奥深い香りは、味をより一層引き立てる。そして、温度が変わるとまた違う味わいを見せたりもするのだ。それが良い時もあれば悪い時もあるがそれすら体験として楽しむのである。


 一口飲んで、落ち着いてから先生との会話を思い出す。



「君への頼みというのは、他でもない。月夜君と会ってきて欲しいんだよ。」


「会ってきてくれないかって、今こんなに忙しそうに仕事をしているのに簡単に会えるわけないじゃないですか。」


「そこはなんとかしてくれ。」


 なんとも投げやりな。


「そもそも会って何をすればいいんですか?」


「まあ、まずは気軽に会話でも楽しんでくれ。」


「はあ?」


 先生の言葉に思わず、口をあんぐり開ける。


「ただ、会話だけをしてほしいわけじゃない。君の任務は、」


 先生の続ける言葉に、僕はさらに口を開けることになった。空いた口が塞がらないとはこういう場面で使うのだろう。


「そんなことを?僕がですか?そんなもの何に使うんですか?」


「君だからできるんだよ。何に使うかはまだ秘密だが、これが事件を解く重要な鍵になるんだ。」


「そもそもそれを使わなかったらどうすれば?」


「その時は()()()()に対応してくれ。まあ、この暑い日が続いている中であれば、さして問題はないだろうけどね。」


「わかりました。」


 言葉ではわかりましたと言いつつ、僕の中には消えない疑問符が埋め尽くされている。


 ドラマの主演が決まったことで、月夜さんはこれまでにないほど忙しくしているだろう。それに虹日さんがいなくなったことによる彼女への負担は、僕には想像もできない。そんな中であってくれるのか?


 そうは思いながらも先生の指示には従う他ないので、無理を承知で月夜さんに連絡を取ることにした。


「うーん。何かしらのきっかけが欲しいよな。」


 僕がメールの文面に迷っていると、


「ワトソン君。こういうのはどうだい?」


 隣で会話を聞いていたホームズさんが僕に提案してくれる。


 先生が綺羅星家について取材をしたいと言ってまして。この前、本家の方に突撃してしまったのですが、その際月夜さんの紹介状があれば取材できると言われました。その紹介状について伺いたいことがあるので、お時間のある時にあっていただけませんか、云々(うんぬん)


 まあ、こんなことを丁寧に、そして申し訳なさそうな文面で月夜さんに送信した。


 意外なことに返信はすぐにきた。そしてさらに意外なことに月夜さんは僕に会ってくれるということだった。何度かメールを交わし、明後日の一時半に喫茶店で待ち合わせるという約束を取り付けた。


 僕は先生にそのことを報告する。


「明後日か。まあ、上々だね。まだ他の情報集めには時間がかかるだろうし。そうだ、行く時の手土産はここのを買っていくといい。」


 そう言いながら先生はメモを僕に渡す。相変わらずの殴り書きのメモだが、その店の名前をスマホで調べる。


 なんでこれを?


 僕は首を傾げながら先生の方を見たが、先生はにっこりと笑っているだけだった。


 まあ、先生のおすすめの手土産なら問題ないだろう。


「わかりました。」


 そう言って、ホームズさんと共に先生の部屋を退出した。



 時計が一時半を示す5分ほど前に、月夜さんは喫茶店へと姿を見せた。


 月夜さんと言っても、女優帽をかぶってサングラスをしているので、側から見れば判断できないだろうが、出店通りで同じものを身につけていたので多分月夜さんだ。月夜さんは店内に入ると奥にいつ僕を見つけてすぐにこちらに来た。


「待たせちゃってごめんなさい。」


 そう言って僕に軽く頭を下げる。


「いえいえ、僕が早く来ただけですし、約束の時間まではまだ五分もありますよ。」


 僕はそう返す。大丈夫、この世界には毎回毎回五分遅刻してくる謎のポリシーを持った人もいますから、とは流石に言わなかった。


 そして、僕は月夜さんに先生から言われていた手土産を渡す。


「これ、よかったらどうぞ。先生からです。ドラマの主演決定のお祝いです。」


 僕が渡したのは個包装されて箱に入ったおしゃれないちご飴。長い串にイチゴが5つほど並び、その一つ一つが違う色の飴でカラフルにコーティングされている。


 先生曰く、巷ではこのイチゴ飴が流行っているらしい。僕はあまりそそられないけど、これが流行っていると言われれば、そうなのかと反応せざるを得ない。流行は流れが早すぎてついていけないなと改めて感じた。


「ありがとうございます。あ、これ今流行っているやつですよね。食べてみたかったんです。私イチゴ飴が好きなので。」


 月夜はそれを受け取りながら笑顔を見せる。席に座りアイスカフェラテを注文した月夜は、僕にも紙袋を渡してくる。


「これ、どうぞ。あの時の一件では皆様にご迷惑をお掛けしてしまいましたから。本当はホームズさんにもお会いしてお渡ししたいんですが。」


 僕はそれを受け取る。どうやら焼き菓子の詰め合わせらしい。四角いおしゃれな缶が見える。


「いえ、ご迷惑というなら、今回の僕たちの突撃訪問の方がよっぽどご迷惑をおかけしましたよね。お家の方からは何も言われていませんか?」


 僕の謝罪に対して、月夜さんはにっこりと笑顔を見せる。


「私に迷惑なんてかかっていませんよ。家の方だって、私には関心がないでしょうし。」


「そうなんですか?」


「はい。当主になるはずだったお兄様があんなことになってしまったので。私は当主になる権利がありませんから、綺羅星家にとっては用無しというわけです。」


 用無し……


 そこまでいうのか。と思いつつ、口をつぐむ。


「まあ、そのおかげで私の活動に関して本家が口出しをすることもなくなりました。お兄様のおかげというほかありません。代償はあまりにも大きかったですが……」


 そう言いながら、月夜さんは悲しそうな表情を浮かべる。


 無理もない。帰ってきてからは、いろいろな処理をして、それが終わったらすぐに俳優業と、ちゃんと悲しむ余裕すらなかったんだろう。


 僕と月夜さんの間に沈黙が流れる。


 アイスカフェラテを運んできた店員さんも、その雰囲気に少したじろいでいるようだ。


「今日は暑いですね。」


 月夜さんが運んできた店員さんに感謝の言葉を述べながら、飲み物にストローを刺す。


 カフェラテは実にシンプルであった。下の方が濃く、上の方はミルクの白さが際立つ。グラデーションというのか、なんというのか綺麗な見た目である。


 月夜さんは軽く上下に混ぜた後、ゴクゴクと三分の一ほどを一気に飲み干す。


「そうですね。これからが夏本番だと思うと気が滅入るばかりです。」


 僕もそう返しながら、コーヒーを啜る。ただし、僕のはホットなので勢いよく飲むということはできないが。


「紹介状についてのお話でしたか?」


 グラスを置いた月夜さんが改めて話し出す。


「はい。先生が次の作品のためにぜひ取材したいと言っているんです。なんとかなるでしょうか?」


「う〜ん。少し厳しいかもしれませんね。先ほども申した通り、本家は私に対してもうなんお興味もありませんから。綺羅星という苗字を持っていても、なんの効力もありません。お兄様であれば、二つ返事で了承できたのでしょうが、私が紹介状を書いたからと言って、それが通るとは……」


「そうですか……」


「すみません。」


「いえ、先生には僕から説明しておきますので。」


「代わりになるかはわかりませんが、私の仕事に関する取材でしたらいつでも大丈夫ですので、その時はまた連絡してください。」


「本当ですか!それはきっと先生も喜びます。」


 僕は先生に言われた通りのことを聞きながら、月夜さんとの時間を過ごす。途中話題がなくなりかけたが、そこはなんとか臨機応変にカバーした。


 わざわざ呼び出したのに、話はこれだけ?とは思われないくらいには会話をできたと思う。


 30分ほど会話していると、月夜さんのカフェラテもなくなる。外が暑くて喉が渇いていたのか、飲むスピードはやや早目である。


「最近のこの紙ストローって、少し苦手です。」


 飲み干したグラスのストローを見ながら、月夜さんがそんなことを言う。


「僕もです。なぜかわからないですけど、おいしさが半減するような気がして。」


 SDGsだかなんだかのせいで、なんでもエコや環境に配慮したものとなってしまい、逆に暮らしにくい世の中になっている気がする。


 こんな時先生やホームズさんがいれば、蘊蓄を交えた話を展開してくれるのだろうが、あいにく僕にはそんなスキルはないので、無難な返ししかできない。


「すみません。次の予定が入っているので失礼します。また、お誘いください。」


 時計で時間を確認すると、月夜さんは席を立つ。


 僕はその場で見送ると再び席につき、月夜さんの空のグラスを見る。


 僕はコーヒーのおかわりを頼みつつ、先生に終わりましたよと言う報告のメールを送る。


 おかわりのコーヒーが来るのと同じくらいに、先生から返信が届く。


 わかった。こちらも休屋君が新しい情報を手に入れてくれたそうだ。君は頼んでいた例のものを回収して私ちゃんのところに届けにきてくれ。


 僕は了解しました。と返信して、コーヒーを啜る。


 やはりコーヒーはホットに限る。そう心の中で呟きながら香りと味を楽しむ。


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