空色プロダクション
(ここからは僕の語り)
「着きましたね。」
僕とホームズさんは空色プロダクションのあるビルの前へと到着した。ホームズさんは安定の正装である。
変人扱いされて、入り口で止められたりしないかな?いや、変人というのは間違いがないんだけど……
そんな心配をしながら受付へ向かう。受付にいた女性社員は、ホームズさんの姿を見て一瞬驚いたような表情を見せたが、先生がホームズさんに託したという紹介状(これは先生が自身の担当編集にお願いして、出版社経由で手に入れたものである)を見せると、案外すんなり応接室へと案内してくれた。
出版社の名前を見た途端、どこか納得したような表情をしていたように見えたが、まさか作家の先生たちというのは、こんな変人が多いということなのか?
「では、ワトソン君入ろうか。」
ホームズさんがドアを開けて入る。僕もそれに続いて部屋の中に入る。
応接室にはすでに先生が取材を依頼したと思われる社員さんが待っており、僕たちの入室に合わせて席を立ち上がり迎えてくれる。
軽く挨拶と先生の代理人であることを伝え、自己紹介と名刺交換を済ませる。僕は先生の代わりとして先生の名刺を渡す。
自分のじゃない名刺を渡すってのは、ビジネスマナー的にはどうなんだろう
などと思いながらも相手の男性は笑顔で受け取ってくれる。
「それで、今回はどのような取材で?」
男性が僕たちに話しかける。とはいえ僕も知らないので、僕もホームズさんの方を見る。
「取材というか、いろいろお聞きしたいことがありまして。ミス月夜のことについて。」
ホームズさんの言葉に男性社員は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに納得したように頷く。
有名作家が出版社を通して自分に取材をしたいというものの、目的がよくわからなかったが、月夜さんの名前が出てきたことにより納得したという感じだろうか?
「ミスター城之内は、ミス月夜をスカウトした人物ということであっていますか?」
城之内というのがこの社員さんのお名前だ。
「はい、そうですね。月夜に関する取材のために私を指名したんですね。」
「まあ、そうですね。」
ホームズさんのなんとも曖昧な受け答えに、城之内さんは首を傾げている。
ホームズさんは軽く咳払いすると、早速本題に入る。
「さっき、スカウトと言いましたが、ミス月夜がこの事務所に入ることになった詳しい経緯が聞きたいんです。」
「はあ、経緯ですか。」
意外な質問だったのか、目を丸くしている。
「ある日突然、電話をかけてスカウトしたということは本人から聞いているんですが、なぜそこに至ったのかの経緯や彼女を知ることになったきっかけなどを知りたいのです。そこに関しては、ミス月夜は知らない様子でしたから。」
「突然電話がかかってきた?それは少し変だな。」
ホームズさんの言葉に少し引っかかったのか、城之内さんが変な反応を見せる。それでも城之内さんは、聞かれた質問に対して回答し始めた。
「ある日事務所宛に書類が送られてきたんです。我が事務所ではタレントを見つけるときに主に二種類の方法をとっています。それがスカウトと応募による審査です。タレント募集は年に一回の決まった時期に募集をかけて、その後書類選考や面接をするというものです。スカウトは文字通り、スカウトマンが街中でいい子がいないかどうか見に行くといったものになっています。」
「書類が送られてきたということは、ミス月夜は審査に合格してこの事務所に入ったと。」
「いえ、月夜の書類はタレント募集の時期外に送られてきたんです。」
「ほう?」
「我々の方でも最初意見が分かれました。時期外の審査は異例だったので、認めるべきではないのかという意見もありました。しかし、何よりあの綺羅星家の人間であったということと、この逸材を逃す手はないということで、電話によるスカウトという体裁を取ったんです。」
「なるほど。それで電話という話になるんですね。先に書類が送られてきていたから、連絡先を知っていたと。」
「はい、携帯の番号でしたが、確かに書類に書かれていたのは月夜の番号だったと思いますね。電話に出たのも月夜本人でしたし。我々は自分で送ってきたものと思っていたんですが。」
「それは確かですか?」
「だと思いますけどね。虹日さんのことをお兄様呼びしていたし、事務所に入る条件として虹日さんをマネージャーとして自分につけることを承諾してほしいと言われました。」
「やはりマネージャーになると言ったのは、あちら側からの提案だったんですね?」
「はい、綺羅星家の令嬢ということもあり、こちら側が把握していないような事情も多くあると思ったので、詳しくは聞かずに了承しました。我々も最初はそこまでの期待はしていなかったのですが、虹日さんのマネージャーとしての力量、プロデュースのセンスは、我々の中でも随一だったと思います。月夜の仕事も虹日さんが厳選し、月夜にあった仕事を的確に選んで将来設計をしているというような感じでした。」
虹日さんのことを思い出してか、城之内さんは暗い表情を見せる。その表情だけで虹日さんがみんなに好かれていたことと、信頼関係が築かれていたことを察する。
「最初はモデルとしての活躍がメインでしたよね?」
「はい、やはり腸がつくほどの美形なので。美しすぎる月のようなモデルという触れ込みで売り出しました。その後はタレントに。でも、あれは少し意外でしたね。」
「というと?」
「月夜にタレントとしての適性があるとは思いませんでした。そこまで自我を出すようなタイプではないと思っていましたので。タレントとして成功するとは当初の我々は思っていなかったんです。そこも虹日さんの慧眼でしょうか。」
「タレントのきっかけはなんだったんですか?」
「虹日さんがやらせてみようと。最初は、月夜は無理だと言っていたんですが、前日だったかな?虹日さんが発熱で倒れてしまって。それが逆に月夜を奮起させたんですかね?期待以上にうまい立ち回りをしてくれまして。それからは、タレントとしてもとんとん拍子でした。」
「そこで俳優業への打診があったと?」
「そうですね。我々の中ではまだ早いんじゃないかという声や、今は経験を積むべきだという声もあったんですが、虹日さんが珍しく引かずにこのタイミングしかないと強く推したそうです。まあ、結局はご覧の通り、成功しているんですが。」
城之内さんは後ろの壁に貼ってある月夜さん主演のドラマのポスターを見る。
「まさか、虹日さんが事故で亡くなるなんて。」
なるほど。事務所にはそういう風に説明したのか。じゃあ、陰さんについては全く知らないのかな?
「ミスター虹日の不幸に関して、ミス月夜に影響はないんですか?」
ホームズさんもしっかりとミスター呼びだ。
おそらく虹日さんが女性であるということは、この城之内さんを含めた事務所の人は誰も知らないことだろう。うっかり言ってしまわないように努める。
「そうですね。表向きはいつも通り明るく振る舞っているとは思います。ですが、やはり内心は苦しいんじゃないですかね。仕事中もずっと一緒にいる兄妹でしたから。同じような服装をしていると我々でさえ、たまにどちらがどちらかわからなくなるほど似ていましたからね。」
「なるほど。」
ホームズさんは頷きながら僕の方を見る。
僕はしっかりと記録を取りながら、ホームズさんと目を合わせ頷く。
「では、次に。ミス月夜のストーカー被害についてですが。」
「ストーカーですか?」
「やはり芸能人ともなると、そう言った被害はちょくちょくあるんですか?」
「うーん。確かにゼロではないと言いますか、ちょっとしたものはあります。熱心なファンレターとかプレゼントとか。ですが、そういったものは事務所が検閲しますからね。月夜にわたることはありませんよ。」
「誰かにつけられていたり、写真を撮られていたりなどは?」
「そうですね。芸能人なんでパパラッチとかはあるかもしれませんが、一般人によるそういったものはなかったと思いますが……」
城之内さんは記憶を探るような表情を見せながら答える。
「ミスター虹日は、最近ミス月夜がストーカーの被害に遭っているといっていましたよ?だからあの旅館を訪れたと。」
「そうなんですか?それは聞いていませんね。旅行は、大きな仕事の前のリフレッシュ休暇だって言ってたんですけど。そんなことがあったなら、こちらに相談してくれれば幾らでも対処できたのに……」
城之内さんの回答で答えは得たと、ホームズさんは満足そうな表情を見せる。
「ありがとうございました。こんなところです。」
「あ、もうよろしいんですか?てっきり、月夜のドラマのことも取材すると思っていたのですが。」
「それはまた別の機会にさせてもらいますよ。今日はわざわざ時間をとっていただきありがとうございます。ミス紡、いや言葉先生も満足なさると思います。」
僕たちは城之内さんにお礼を言って事務所を後にする。外に出るとまだ空は明るいようだ。夕方とはいえ、日が沈むのが遅くなっているのだ。本格的な夏の暑さは近い。
これ以上暑くなると先生はより一層家を出たがらないだろうな。
そんなことを思いながら先生への報告のために帰路へ着く。




