事件解決?
何を耳打ちされたんだ?
休屋警部は桜花さんに一旦大広間に戻っていいですよと言い、桜花さんはそれに従う。
「陰の部屋を調べていた警察官が重要なものを発見しました。部屋に向かいましょう。」
休屋警部はそう言いながら立ち上がるとスタスタと部屋を出ていく。僕たちもそれに着いていく。急に陰さんのことを呼び捨てにし始めたのが僕は気になったが、大した意味はないのかもしれない。
「何なんですかね?」
僕は隣を歩く先生に小声で耳打ちする。
「私ちゃんの予想通りなら・・・。いや、すぐにわかるさ。」
先生はもうわかっているのか、そんなことを言うとすぐに前を向いてしまう。後ろのホームズさんの顔を見るが、僕の困惑した表情に対して、微笑みを返すだけだ。どうやらホームズさんも予想できているらしい。
少し歩くと扉の前に何人かの警察官がいる部屋の前に着く。おそらくここが陰さんの部屋だったのだろう。休屋警部に続いて僕たちも中に入る。部屋の中の造りは僕たちの部屋と変わらない。ただ、テーブルの上にはあるものが並べられていた。
一眼レフのカメラ(僕のなんかと比べると僕のがおもちゃと言えるくらいの高級モデルである)とそのレンズ(高倍率のレンズが多く見られる、値段にして余裕で3桁はいくだろう)。
そして、その隣にはそのカメラで撮ったのであろう写真が多く並べられている。そう、月夜さんの写真が。そして、もう一つ、何かの文字が書かれた手紙のようなものである。
「やっぱりか。」
先生とホームズさんは予想通りだったと言うような反応を見せる。
「つまり?」
「陰君が件のストーカーだったというわけだ。虹日君が夕方に会っていたのは陰君で間違いないだろうね。」
休屋警部はしゃがんでその白い紙を確認している。
「これで事件は解決だな。」
休屋警部は白い紙を持ちながら立ち上がり僕たちの方を向く。そしてその内容を見せながら話す。
「つまりはこういうことだ。この陰という男はどうやってかはわからんが綺羅星月夜がこの宿を訪れるということを知っていた。それで前日からこの宿に宿泊していたんだ。そして今日、綺羅星兄妹が出かけている間に彼らの部屋に手紙を置いた。それを読んだ虹日さんは陰に接触するために出かけた。そして庭で陰に殺された。陰はどうしようもなくなって追い詰められた挙句、自殺したということだろう。ここには遺書のようなものがある。」
白い紙にはこのように書かれていた。
殺すつもりはなかった。だが彼と口論になった末に殺してしまった。私はとんでもないことを犯してしまったのだ。ただ、月夜、あなたに会いたい、触れたいだけなのに。どうしてわかってくれないんだ。だが、あなたの大切な人を殺してしまった。これはもう私の命で償うしかない。
文章は少しメチャクチャではあるが確かに遺書のように受け取れる。しかも、虹日さんを殺したことについても言及している。
「虹日さんは妹である月夜さんを守るために、陰と一人で話に行き、口論になった末に殺されたんだ。そして、身勝手なこの男はその後自殺したというわけだな。なんとも胸糞悪い。複雑に見えたが何とも単純な事件だった。ただのストーカーによる殺人事件だったのだから。」
休屋警部は、厳しい表情を浮かべながら手紙を睨み付ける。そして、その手紙をそばにいた警官に渡す。
「事件は解決した。今回は君たちの力を借りる必要はなかったようだ。」
「だが休屋君。虹日君の首が切り離されていることやその体が隠されていることにはどう理由をつけるんだい?」
「こんな事件を犯すような奴は猟奇的な思考を持っているものなんだ。大方、顔だけは月夜さんに似ているから切り取って保管しようとでもしようと思ったんじゃないか?だが、途中で無理だということを察し、自殺したんだ。」
「つまり、最初は殺人を隠蔽しようとしたが、諦めて自殺したと。」
「そういうことだ。体もじきに見つかるだろう。今回の事件は犯人死亡により終了だ。」
休屋警部はそう言って、部屋を出て行こうとする。
「君たちももう部屋に戻っていいぞ。また明日、話を聞かせてもらうことがあるかもしれない。報告書のためにな。それまでは自室にいてくれ。」
そう言い残して部屋を後にする。大広間の人たちにも事件解決の旨を伝えに行ったんだろう。
「どう思いますか?」
僕は部屋に残された先生とホームズさんに質問する。
「いささか結論を急ぎすぎているようだ。休屋君の推理は、状況証拠による単純な推理だ。それにこじつけのようなことも多い。」
「そうですね。確かに状況だけを見ればミスター陰は自殺だし、ミスター虹日が最後に会っていたのが彼ならその殺人に彼が関わっているということもわかる。ただ、あんな方法で自殺するだろうか?」
「あんな方法というと、自分のお腹にナイフを刺していたことですか?」
「ああ、もちろんそれが自殺の方法としてなくはないが、腹部の刺し傷による失血死は、意外と死ぬまでに時間がかかる。痛みを伴いながら徐々に意識が薄れていくんだ。つまり、なかなかに苦しい死に方ということだ。」
「そうなんですか?」
「君、時代劇なんかで切腹する武士を見たことはないかい?あの切腹する場面には必ずと言っていいほど介錯人がいるだろう?介錯人は切腹する人の後ろで首を切る人だ。あれがなんでいるかというと、切腹した人が苦しまずに早く死ねるようにするためだとされている。そのくらい切腹、腹を刺して死ぬというのは苦しく時間がかかることなんだ。」
「それは不自然だと?」
「ワトソン君は自殺というとどんな方法が思いつく?」
「え、そうですね。一番初めに思いつくのは首吊りとか?飛び降りとかですかね?」
「そうだね。首吊りは、頸動脈を縛ることによって簡単に意識をたつことができる。意識がなくなれば痛みを感じる時間は少ない。だから首吊りなんかが自殺でよく用いられるんだ。」
「それを冷静に考えられないくらい動揺していたんじゃ?」
「それは考えられる可能性の一つだ。ひどく動揺した末にナイフで腹を刺すことを思いつき、自分の腹を刺したとね。でもワトソン君。ミスター陰が虹日君を殺してしまったことに動揺していたとなると今度はおかしな部分がある。」
僕は少し考えて、ぼそっとつぶやくようにホームズさんに返答する。
「生首ですか。」
「ああ、動揺していた人がわざわざ首を切断して体を隠すようなことをするだろうか。いや、あまり考えられないな。」
「ナイフ以外に自殺する方法がなかったんじゃないですか?」
「いや、動揺していたならまだしも。首を吊る方法だって、外に出て自殺する方法だっていくらでも思いつくと思う。」
「でも、首吊りは丈夫な紐がないと・・・。」
そう言ったところで、先生が僕の腰あたりを指差す。僕は先生が指す方向に視線を落とす。そこにあるのは・・・。
「帯。」
「その通り、この旅館の浴衣には全部帯がついている。その帯を使えば首吊りなんて簡単さ。」
「なるほど。では、先生とホームズさんは、事件の真相は他にあると?」
「ああ、さっき休屋君が言っていたような単純な事件ではないと思うね。やはりどうしてもなくてはならないピース、この事件の重要な鍵は隠された虹日君の体だろう。」
「そうですね。私もそう思います。ただ、体が見つかるまでは、はっきりとした推理はできないでしょうね。」
ホームズさんの言葉に先生も頷く。やはり隠された虹日さんの体がどこにあるのかということが重要なようだ。今は警察が探しているが、なにぶん深夜だから探すのには苦労しそうだ。
「とりあえず、部屋に戻って待つしかないね。虹日君の体が見つかるのを。」
先生の言葉に頷き僕たちは陰さんの部屋を後にする。出る前に一応、遺書の写真を撮らせてもらう。
「明日も朝イチでお部屋の方に伺わせていただきます。」
ホームズさんはそう言って自分の部屋へと戻っていった。僕たちも自分達の部屋へと戻り、布団の上に横たわる。壁にかかった時計はすでに日付を回っていた。
長い一日だった。出店通りではあんなに楽しくしていたのに。その数時間後にはいなくなってしまった。
目を閉じると昼間の風景と虹日さんの顔が浮かんできて眠ることができない。体は疲れていても頭ではいろいろなことを考えてしまう。休屋警部の推理、先生とホームズさんの言葉、それに兄を失った月夜さんの表情。いろいろな情報に押しつぶされそうになりながらも懸命に瞳を閉じる。




