休屋警部
大広間へと入ると、そこには月夜さんと菖蒲さん、杜若さん、桔梗さんの姿がある。桜花さんはきた警察への対応をしているのだろう。僕たちがついて間もなく続々と警察官が大広間の前を通り過ぎ、庭の方へと向かっていく。その中には、警察の人たちを庭へと案内して、何往復もしている桜花さんの姿も見える。
「僕たちも手伝った方がいいんじゃ?」
「いや、私ちゃんたちはただの一般人で、今回に関しては遺体の第一発見者だ。変に疑われることのないように大人しくしているのが得策だろ。それよりも君。さっき撮った写真を私ちゃんに送ってくれ。」
「ワトソン君。私にもお願いできるかな?」
僕はカメラとスマホを取り出し、先ほどの写真をカメラに転送し、そのまま先生とホームズさんに共有する。
最近のカメラはBluetoothを使うことによって撮った写真をリアルタイムでスマホに転送することができる。そのため、いちいち現像したりメモリを取り出したりしなくてもすぐに共有することができるのである。先生たちは送った写真を確認しながら、その写真と睨めっこしている。
しばらくすると、警察の人を連れた桜花さんが大広間へと入ってくる。
「ここに関係者の皆さんがおられるんですね?」
「はい、宿泊のお客様が4名と従業員が私を入れて4名の計8名です。」
桜花さんが僕たちを示しながら刑事さんに説明している。その刑事さんは、他の警察官とは違い警察の制服ではなく、私服姿である。白いシャツに紺のジャケットを着て、その上にカーキ色のコートを羽織っている。身長は180センチくらいの大きな男で、黒髪の短髪であるが特徴的な口髭を生やしている。おしゃれヒゲとでもいうのだろうか、すごく整えられており、両脇がぴょこんと跳ねている。
「ん?」
僕はどこか見覚えのあるその口髭を見て思わず声を上げる。僕の声に反応した先生が写真から顔を上げて僕の視線の先、口髭の刑事の方を見る。
「まさか、こんなことがあろうとは。」
先生も珍しく驚いたようである。下手をするとあの死体を見つけた時よりも驚いているのかもしれない。
「あー!お前たちは!」
僕たちの視線に気がついたのか、その口髭の刑事は僕たちを見つけると大きな声を上げながら一直線に僕たちの方へと向かってくる。そう、僕たちはこの口髭の刑事を知っている。
「こんにちは。休屋警部。」
口髭の刑事、休屋警部は先生の目の前にしゃがむと先生の肩をポンポンと叩きながら笑顔を見せる。先生の身長に対してがっしりとした体格の休屋警部はしゃがんでいても迫力がある。先生も少し圧倒されているようだ。
「どうしてお前たちがこんなところにいるんだ!まさかお前たちが第一発見者か?」
この警部さんの名前は休屋襲人。警視庁の警部さんで、一応、エリートコースを突き進む警視庁捜査一課の出世頭だ。
なぜ僕たちがこの警部と面識があるのか。それは僕と先生の出会いの事件にまで遡る。と言っても一年前なのだが、一年前にちょっとした事件に巻き込まれた時、僕を誤認逮捕しそうになったのがこの休屋警部である。そこを先生に助けられたのだ。誤解が解けてからは、結構馴れ馴れしく接してくる(軽い謝罪はあったが)。
あの事件の後、先生はちょくちょく相談を持ちかけられているようで(詳しくは聞いていないが)、先生はあまり得意ではないタイプだと言っていた。悪い人ではないのだが、明朗快活な人で、いい意味でも悪い意味でも思い切りの良い人なのである。結構突拍子もないことを言い始めたりするのだ(その被害者が僕である)。
「休屋君。どうしてここにいるんだい?ここは君たちの管轄ではないだろう?」
先生は休屋警部に気圧されながらも逆に質問で返す。
「いやー。そうなんだがな。休暇中だったのに、上から現場に急行しろっていう指示がきてな。意味もわからずここに参上したっていうわけだ。」
はっはっはと笑いながら休屋警部は手を叩く。
「でも、ここにきて俺が呼ばれた理由がわかった。俺が呼ばれた理由はアレだな。」
そう言いながら、休屋警部は体で隠しながら親指を部屋の奥に座っている月夜さんを指す。
「なるほど、綺羅星家からの力か。被害者が当主ともなれば所轄に捜査を任せておくわけにはいかないという圧力が働いたんだろうね。」
先生は小声で言いながら、頷いている。
「では、今回の事件は休屋君の担当というわけかい。」
「そうだな。一つよろしく頼む。」
休屋警部は、地震に満ちた顔を見せながら僕たちに笑顔を向ける。正直、この人の自信に満ちた表情は逆に不安な気持ちになる。
「では、早速。二人の話から聞かせてもらおうかな。」
休屋警部は、僕たちの顔を交互に見ながら立ち上がる。
「失礼。ミス紡とワトソン君はこの警部さん?と知り合いなのかい?」
後ろで置いていかれ気味のホームズさんが僕に話しかける。
「そちらの方は?」
休屋警部も振り返りながら、ホームズさんに視線を送る。
「コスプレか?探偵の?」
「いえ、休屋警部。こちらの方は僕たちと同じく遺体の第一発見者の方です。名前は写録家達さん。私立探偵をしておられます。」
「へー、探偵ね。」
どこか怪しんでいるような視線をホームズさんに送る休屋警部。僕はそのままホームズさんにも休屋警部のことを紹介する。
「ホームズさん、こちらの警部さんは、休屋襲人警部です。警視庁の警部さんで、一応エリートコースまっしぐらの警部さんです、はい。僕と先生は休屋警部とちょっとした面識がありまして。」
「おいおい、助手君。一応とはなんだね。俺は捜査一課のエースと呼ばれているんだぞ?」
なぜか自信満々な表情で僕にアピールしてくる。この人は初対面で僕を冤罪で捕まえようとしたことを忘れているのだろうか。先生がいなければこの人は冤罪警部として出世コースから完全に外れていたというのに。まあ、僕もいつまでも気にすることはないけれども。この人に優秀アピールされるのはなぜか腹立たしい(なぜかも何もないが)。
「なるほど、レストレイド警部というわけか。どうぞよろしく。」
ホームズさんは、よくわからないことを言って右手を差し出す。休屋警部も何のことかわかっていないようだが、差し出された手を握り返す。その様子を見ていた先生は、ホームズさんの言葉を聞いて急に笑いだす。
「はっはっは。確かに。レストレイドだ!今まで気が付かなかったよ。」
先生は手をたたきながらホームズさんと笑いあう。休屋警部は自分が馬鹿にされていると思ったのか少しムッとした表情を見せる。
「なんだというんだ。」
「いやいや、すまない。レストレイドは知っているかい?」
先生は僕の方を見ながら聞いてくる。
「レストレイドっていうとアレですか?シャーロックホームズシリーズの?」
レストレイド警部は、シャーロックホームズシリーズに出てくる、スコットランド・ヤード警部である。自分の手に余る事件が発生するとベーカー街221Bのホームズのところを訪れるいわば物語における話の起点とも言える人物で、刑事としては少し頼りない人物である。
「その通り。いやはや、よく気がついたね。ホームズ君。」
「名前を聞いた瞬間に察しましたよ。」
僕はまだ言っている意味がわからない。首を傾げていると、ホームズさんが説明をしてくれた。
「休屋でrest、襲人でraidってね。」
なるほど、またもや名前もじりというか駄洒落というかこじつけか。だが、休屋警部の人柄も踏まえると今回のは、なかなか言い得て妙な気がする。
「徐々に登場人物が揃ってきたというわけか。」
それでも休屋警部はわかっていないようなので、本に出てくる偉大な刑事の名前ですよと教えておいた。
「さすがにグレグスンの登場は難しいだろうね。日本人の名前では表しにくい。」
「確かに、グレグスンは名前として特徴的すぎますね。」
先生とホームズさんは話がそれながらずっと話している。コホンと休屋警部が軽く咳払いすることで場をリセットする。
「では、お二人ともこちらについてきてください。」
仕事モードに切り替えた休屋警部は、僕と先生を連れて事情聴取をするために部屋を出た。大広間の向かい側にある空き部屋を使用するらしい。部屋に入ると、小さなテーブルと座椅子が用意されていた。警部の案内で座椅子に座ると反対側に警部が座る。
「では、お二人の話を聞かせていただけますか?」




