切断された遺体
「え。」
桜花さんは僕たちの話が信じられないと言った表情を見せながらもこれが冗談ではないということを雰囲気から察してくれたのか、すぐに警察を呼ぶと言って、慌ただしく事務室の中へと消えていった。
桜花さんに話せば菖蒲さんたちにも伝わるだろうと思い調理場へは向かわなかった。というより、彼女たちが今どこにいるのかはわからないからという理由が大きいのだが。僕は部屋に戻って先生の言う通りカメラとライトを持って、再び庭へと向かう。
「そういえばどうして蔵の中を見たんですか?」
「蔵の前を通りかかった時に蔵の扉が開いていたんだよ。昨日は開いていなかったからね。それに何かあの中を見なければいけないような気持ちになったというか。うまく言い表せないがそんな気分になったんだ。」
虫の知らせというか、探偵としての嗅覚というか、そのようなものだろうか。あの暗い中でも蔵の扉が開いていることに気が付き、それであの首を発見したのか。
僕が庭に出て蔵の方に向かうと、先生たちの他に菖蒲さんたちの姿もあった。おそらく桜花さんがすぐに連絡し、向かわせたのだろう。僕たちよりも先に到着し、月夜さんに付き添っているようだ。
「では、月夜君のことは任せるよ。警察が来るまでは大広間で待機しておいてくれたまえ。」
先生は菖蒲さんたちにそんな指示を出した。菖蒲さんたちは頷き、月夜さんの肩を抱き支えながらゆっくりと歩いていく。月夜さんはいまだに放心状態のようだ。
無理もない、数時間会わなかっただけのお兄さんが急に首だけになっているなんて、誰が考えるだろうか。
「先生、持ってきました。」
僕は先生にライトを手渡す。先生はホームズさんの格好が変わっていることに気が付きながらもあえて触れることはしなかった。
「ああ、ご苦労様。警察はしばらくすれば来るそうだ。でもその前に改めて現場を見て、記録を取っておこう。」
「それは小説のためですか。」
僕は先生に問いかける。短い時間とはいえ虹日さんとは楽しい時間を過ごした思い出がある。それが作品の道具として使われることに対して少し疑問を持ってしまったのだ。先生の記録係としては出過ぎた発言だったかもしれない。
「なんともいえない。これを作品に使うかは。だが、これが何かの役に立つことはあるかもしれない。私ちゃんの作品というだけではなく、この事件を紐解くきっかけにね。それに警察も写真は取るだろうが、僕たちに見せてくれるとは限らない。いや、見せることはないだろう。私ちゃんたちはあくまでも一般人だからね。だけど、虹日君がこんな奇妙な殺され方をしたんだ。真相くらいは解き明かしてみたいじゃないか。ここには名探偵もいるしね。」
そう言って、先生はホームズさんの方に視線を送る。ホームズさんも真剣な表情を見せている。いわゆる仕事モードだろう。胸元から万年筆型の懐中電灯を取り出して、つくかどうか試している。
「そうともワトソン君。これは間違いなく事件だ。ミスター虹日と過ごした時間は短くても、私たちと彼は友人だ。友人がこんな死に方をして黙っているわけにはいかないだろう。必ず真相を解き明かしてみせるよ。このホームズの名前に誓ってね。」
先生がライトを照らしながら蔵の中に入り、奥の遺体(体はないが)に向かって歩く。
「やはり、残念ながら虹日君で間違いがないようだ。」
そこにはテーブルとも台とも言えるようなものがあり、その上に虹日さんの生首が置かれている。台の上は少しばかり血が溜まっており、台の端からポタリと血が地面に垂れている。虹日さんの表情は安らかなもので瞳も口も寝ている時のように閉じている。髪は解かれていてぱっと見、月夜さんにも見えてしまう。こう見ると本当に似ている。先ほどのように月夜さんがいなければどちらの生首なのか判別できなかっただろう。
「この状況を見ると、ミスター虹日は死んだ後に首を切断されたんでしょうね。それに切断されてからはそこまで時間が経っていないようだ。」
「というと?」
僕は写真を撮りながら、質問する。
「首を切断したのにそこまで出血していないということは、死んで脳への血液の流れが止まった後に切断したということです。そして、まだ血は固まっていない。春先の外ということで血は固まりにくいでしょうが、切断されてからあまり時間が経っていないことの証明にもなります。」
「そうだね。そのほかに気がついたことはあるかい?」
「いえ、今のところは。このミスター虹日の首から得られる情報はこれくらいだと思います。それよりも私が気になるのは・・・。」
「体・・・。」
僕は思わず呟く。虹日さんは生首だけの状態でここに置かれている。であれば切断された体はどこにあるのだろう。
「ああ、当然の疑問だね。どうしてここに首だけがあるのだろうか。それに体はどこにあるんだろうか。さて、まずはこの蔵の中を探してみるとするか。」
「そうですね、私の予想ではこの蔵にはないでしょうが、しらみつぶしに探してみるのがいいでしょうね。」
僕たちは蔵の中をライトで照らしながら歩き回る。中はそこまで広くはないのですぐに調べ終わる。
「まあ、ないね。」
「はい、ここに体があるのであればそもそも切断する必要すらありませんからね。」
「仕方がない。切断した理由と体については一旦おいといて、丘の上にある死体の方も見ておこうじゃないか。」
先生の言葉に頷き、僕たちは蔵を後にする。出る際にもう一度振り返る。
どうして虹日さんが。
月光に照らされる虹日さんの首を見ながら、僕は唇を噛み締める。どうにもやるせない気持ちで前を歩く先生たちの方へと足早に向かった。




