二つの遺体と七つ道具
「これは。」
僕の隣にいる先生も蔵の中に何があるのかを理解したようだ。昼にはあんなに元気な姿を見せていた虹日さんは、あまりにも変わり果てた姿になってしまっていた。
「お兄様、お兄様!」
座り込んでいた月夜さんは、力無く立ち上がり虹日さんの首の方へと歩こうとする。そんな月夜さんの肩をホームズさんが優しく掴みながら止める。
「首には触れない方がいいだろう。残念ながらあの状態では・・・。とにかくあれが虹日さんで間違いないかどうかだが・・・。」
ホームズさんも動揺しているのだろう、月夜さんの肩に触れる手が震えている。とはいえ、僕もあまりの衝撃にその場を動くことができない。
「月夜君がここにいるということはあれが虹日君で間違いないとは思うが。それによく見ると、少量だが台から地面に液体がポタポタと落ちている。」
ホームズさんは月夜さんを蔵の中が見えない位置まで誘導する。月夜さんは蔵の外側、扉の側の壁に片手をつく。するとその場にへたりと座り込んでしまった。月夜さんは青ざめながら俯いている。僕は声をかけることができずに、見ていることしかできなかった。
「ワトソン君。」
ホームズさんに呼ばれて向かう。蔵は電気がないので、中は月明かりに照らされているだけの薄暗いままだ(虹日さんの首だけがはっきりと照らされている)。
「この状況をミス桜花たちに伝えてきてくれないだろうか。そして警察に通報を。」
「さすが、探偵というだけあって落ち着いているね。こういうことは結構経験があるのかい?」
「勘弁してください、ミス紡。こんなこと初めてですよ。私もこの蔵に入ってあれを見た時は驚きのあまり立ち尽くしてしまいましたから。」
「ホームズなのに、殺人事件は初めてか。」
「ここは現実ですからね。どこかの少年探偵のように毎週毎週事件に巻き込まれるなんてことはありませんよ。事件は毎日どこかで起きているとはいえ、自分の身近で起きるなんてことは滅多にありません。それがたとえ探偵だとしても。それに探偵とは言っても、普段の私の活動は、調査、聞き込み、探し物なんてのが多いですからね。それにまだ殺人とは。」
「そうだね。」
先生はホームズさんと会話しながら薄暗い部屋の中を、目を細めながら観察している。いくら先生でも月明かりだけではあまり周囲が見えないらしく(いや、当たり前なのだが)、眉間に皺を寄せている。
「先生、あの丘の遺体については。」
「ああ、そうだった。虹日君のことで忘れかけていた。」
「丘の上というと、あの桜の樹のところですか?何かあったのですか?」
「ああ、私ちゃんたちは私ちゃんたちでここにくる前に遺体を見つけていたんだよ。あの桜の樹の根元にね。男の遺体だった。おそらくもう一人の宿泊客。」
「なんですって。一度に二つの遺体ですか。これはますます事件性があるように感じられますね。」
先生とホームズさんは、虹日さんの遺体に触れないようにしながらも観察している。先生は、好奇心が強く多少のことでは動揺しない。なんならこんな状況においてはワクワクしているのではないかと思ってしまう。流石の先生でも月夜さんの前でそんな表情はしないと信じているが(しないだろうというよりしないでほしい)。
一方、こんなことに初めて遭遇したと言っているホームズさんもどこか興奮しているようにも見受けられる。探偵としての性だろうか、初めての殺人事件を前にして張り切っているのだろうか。とにかく僕は急いで桜花さんたちにこのことを報告するため、走って蔵を出る。
「君、桜花君たちに報告したら戻ってくる時に君のカメラを持ってきたまえ。警察が来る前に現場の写真を撮っておきたい。それとライトを。」
「わかりました。」
「待ってくれ、やっぱり私も行こう。」
ホームズさんは、先生に外に座り込んでいる月夜さんのことを頼み、僕についてくる。まずは桜花さんに報告するために、桜花さんのいる事務室へと向かう。途中、大広間の隣、ホームズさんは自分の部屋の前に着くと、
「三分だけ待っていてくれ。」
そう言って、部屋の中に入っていった。こんな時に何をするのだろうかと思っていると、三分もしないうちにホームズさんは部屋から出てきた。その姿は先ほどの浴衣姿ではなく、いつもの(いつもの?)探偵の格好、正装である。
「すまない、待たせた。では急いで事務室へ。」
ホームズさんはすぐに早足で歩き始める。僕もその後ろをついていく。
「どうして着替えたんですか?」
歩きながら僕は思わず質問してしまう。
「ワトソン君は、探偵の七つ道具を知っているかい?」
「え、あの少年探偵団シリーズに出てくる?」
「それが一番有名かな?まあ、私のは自己流の七つ道具だがね。実はこの服には私の七つ道具が全て収納してあるんだ。」
「そうなんですか?」
「ああ、万年筆型懐中電灯、小型万能ナイフ、メジャー、虫眼鏡、懐中時計、ポケットレコーダー、そして手帳と鉛筆さ。」
「なんか、少年探偵とホームズのハイブリッドですね。」
格好はホームズなのに、全てがホームズに寄せているというわけではないのか。あれ、昨日はパイプを咥えていた気が・・・。ホームズさんが着替えた理由を話しながら、急ぎ事務室へ向かう。




