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双貌日記〜天才作家 言葉紡の記録係〜  作者: pippo
6 出店通り

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お蕎麦屋さん

「そろそろ、お昼でもいただくか。」


 ホームズさんは、懐から懐中時計を取り出し、時間を確認すると僕たちにそう問いかける。僕も腕につけた時計に目を向ける。時刻はテッペンを少し回ったくらいである。


「そうですね。私たちもお腹が空いてきましたね。」


 月夜さんがホームズさんに答えると、虹日さんも軽く頷いている。


「お昼時なのでどこも混んでいると思いますが、どこに行きますか?」


「心配しなくても大丈夫だとも、ワトソン君。実は、旅館を出る前にミス桜花におすすめのお店を聞いて、事前に予約を取ってもらったのだよ。お蕎麦なんだが、みんな問題はないかい?」


 いつの間にそんな準備をしていたんだ。僕は同意の意を込めて頷く。月夜さんも虹日さんと顔を見合わせながら笑顔で頷いている。みんなの了承を得ると、「では行こうか。」と言い、ホームズさんを先頭にして予約したお店へと向かった。


 お店につき、ホームズさんが名前を言うと(流石にホームズとは言っていなかった)、お店の方の案内で小さな個室へと通された。僕とホームズさんが並んで座り、向かい側に綺羅星兄妹が座った。メニューに目を通し、それぞれが食べたいものを注文する。


 僕は天ざるを注文した。これは完全に余談だが、僕はそばが好きである。麺類の中で何が一番好きかと聞かれれば、迷わずそばと答える。そんな僕の中には小さなこだわりがあり、初めて入った蕎麦屋さんでは天ざるを注文するということである。天ざるは、それだけでその店の力量が全てわかる一品だと思っている。ざるそばで提供されるそばは、その店の肝であるそばにどれだけ力を入れているかがすぐにわかるし、蕎麦の味と風味をダイレクトに楽しむことができる食べ方だ。


 そして、天ぷら。蕎麦屋の天ぷらは、蕎麦屋の第二の顔というべきものだと勝手に思っている。天ぷらにも力を入れている店は総じて全て美味しい。よって、このどちらも味わうことのできる天ざるを必ず注文するのである。


 注文を済ませると料理が来るまでの間、ホームズさんが綺羅星兄妹へと質問をする時間が始まった。


「そういえば、少し疑問に思っていたんだが、ミスター虹日はその若さで綺羅星家の当主になったのかい?ご両親は?」


「ああ、そうですね。僕たちの両親は8年前に事故で他界しておりまして。」


 ホームズさんはさっき僕が月夜さんから聞いた話を話題に出し、虹日さんから話を聞いた。その時の内容は月夜さんから聞いたものと同じであった。


「なるほどね。名家であり続けるためには、そのような決まり事も重要というわけか。」


 ホームズさんは、なるほどと顎に手を当てながらふんふんと頷いている。


「ただ、その若さで名家の当主というのは大変だろう?」


「そうですね。先ほど当主は七十歳までということをお話ししましたが、若すぎる当主が就任した時は、先代の当主が相談役という形で残るのです。相談役には年齢の決まりはありません。なので、しばらくはおじいさまの言いなりってことですね。」


 虹日は苦笑いを浮かべている。どうやら当主になるというのは自由に色々できるということよりも色々な制約がついて回るということのようだ。


「現在のマネージャーの仕事は完全に辞めてしまうのかい?」


「そうですね。本家に戻ると自由な時間は取れないでしょうから。ただでさえ2年の猶予をもらったので、もうお願いはできないでしょうね。」


 虹日さんの言葉に、月夜さんは彼の顔を見ながら哀愁を漂わせた表情を向ける。家の話と虹日さんが当主になる話をすると決まって悲しそうな表情を見せている。よっぽどお兄さんと離れるのが辛いのだろうか。


 そうこうしているとそれぞれが注文した料理が運ばれてきた。僕の目の前には天ざるが置かれる。天ぷらは、海老が一尾とナスに舞茸、そして大葉である。どれも黄金色に綺麗に揚げられており、衣がキラキラと輝いている。ホームズさんには鴨せいろ、虹日さんには月見そば、月夜さんにはとろろそばが運ばれる。


「とても美味しそうだね。」


 ホームズさんはそれぞれに運ばれてきた料理を見ながらそんな感想を述べる。「では、」と言って手を合わせると、それぞれが自分の料理に箸を伸ばす。僕を早速ざるそばからいただく。まずは数本を箸でとってそのまま口へと運ぶ。つゆにつけずに蕎麦の香りと味を確認するのである。ただし、これは少量で確認するのが僕なりのこだわりだ。多すぎても少なすぎてもダメなのだ。数本、その適度な数こそが良いのである。


「うん。」


 数本の麺を噛み締めながら思わず声を漏らす。確かな蕎麦粉の香りがありながらも細く均等に切り揃えられた麺は、喉越しの良さも感じられる。おそらく二八蕎麦であろう。


 二八蕎麦とは、蕎麦粉と小麦の割合を8:2で作られた蕎麦のことである。蕎麦粉の確かな香りと喉越しを両立した麺である。十割蕎麦は蕎麦粉の強い香りと味わいを楽しむことができるが同時にザラザラとした舌触りになってしまう。スルスルと食べられる喉越しもまたそばには必要だと思う。


 次に僕は、また数本の麺をとって今度は麺つゆにつけて食べる。ただし、このときも気をつけなければならないことがある。それは麺を全てつけてはいけないということである。麺つゆは通常かえしを出汁で割ったものであるが、そば全体につけてしまうとそのつゆの味が強く出過ぎてしまい、蕎麦を食べているというよりもつゆを飲んでいるといった風になってしまうのだ。十割蕎麦であれば蕎麦の味が強いのでつゆにも負けないが、二八蕎麦において全体を浸して食べるというのはご法度なのである。麺をつゆに浸すのは麺全体の三分の一程度にするのが良い。すると麺の風味を損なわずにつゆを纏った麺の喉越しとつゆ自体の味を同時に楽しむことができるのである。


 そのほかにも、付け合わせのネギを入れるタイミングやワサビをつゆに溶かしてはいけないなどさまざまな自分ルールがあるが、それを人様に強要することはない。あくまで自分が好きなものを楽しむための自分ルールである。


「ワトソン君。君は実はこだわりが強いタイプなのかな。」


 ホームズさんが自分の料理を食べながらも。僕のそばの食べ方を見てそんなことを言ってくる。


「そんなことはないと思います。僕はそんなにこだわりは強くありませんよ。こだわりが強いっていうのは、先生のような人を言うんじゃないですかね?」


「う〜ん。確かにミス紡はこだわりが強そうなタイプではあるけれども、その影に隠れてワトソン君も十分にこだわりが強いタイプに見えるんだが。」


 僕はそんなことはないと思うと答えながらも、そばに関しては多少のこだわりがあるので、その自分ルールに従って食べ進める。


「美味しいですね。」


「ああ、この月見そばも絶品だよ。昨日の夕食も本当に美味しいと思ったけど、それに匹敵するほど美味しいね。」


 綺羅星兄妹もこのお店のそばを気に入ったようだ。かく言う僕もこの店のそばの味に大満足している。天ぷらもカラッと揚がってムラがなく、それでいて厚すぎない適度な衣が均一に食材を覆っている。エビは火が入りすぎないギリギリの温度で、レアな身がプリプリとした食感を生んでいる。


「そういえば、今日は満月だそうですよ?」


 月見そばを食べていた虹日さんがホームズさんに言う。


「そうなのかい?確か今日の天気は夜になるにつれて晴れると言っていたかな?」


「夜の九時ごろには完全に雲が晴れて快晴だと言っていました。」


「なるほど、それは素晴らしいね。満月に桜、実に映えそうな組み合わせだ。」


 ホームズさんはニヤリと笑いながら頷く。ああ、これは先生を誘って月見酒するんだなと思った。


 花見で一杯、月見で一杯、どちらも5点役だ。こいこいであれば20点入る。どちらも2枚だけで出来る役で初心者にも作りやすい役として有名だ。だが、その簡単さのせいでゲームバランスが崩壊することもしばしばある。僕も経験者とやるときは一杯役を無しのルールでやったりもする。何がきついって、菊に盃がカス役も兼任しているところだ。正直に言って意味がわからない。あれ一枚取っただけでとんでもないアドバンテージを取ることができる。ルールを作った人はなにを考えて作ったのだろうか・・・。なんて、どうでもいい花札のことを考えながら食べ進める。


「ミス桜花に聞いておいて本当によかったよ。麺もそうだが、この鴨せいろは出汁が本当に美味しい。鴨もジューシーで柔らかい。一つ一つの仕事がとても丁寧だと感じるよ。」


 ホームズさんもその味に満足しているようである。僕はみんなが満足そうにしている様子を見ながら、先生も来たかっただろうなと思う。先生はそばに対して僕以上のこだわりを持っている。自称『蕎麦食い』である。色々なお店に足を運びながら、その店ごとの自分ルールを持っており、とにかく細かい。


 そして、そのルールを僕にも強要してくる。「この蕎麦はこの食べ方が一番美味しいんだ。」そう言いながら、食べ方の見本を見せて感想を求めてくるのである。そんな先生を見ているからこそ、自分がこだわりが強いと言われるのはどこかしっくりこないのかもしれない。


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