事情
「綺羅星さんたちが急に現れて、通りは大丈夫でしょうか?混乱しませんかね。」
「はは、大丈夫だよ。よく芸能人たちはオーラが溢れているとか雰囲気が違うとか言われているかもしれないけれども、そんなことはない。僕たちも所詮は一人間に過ぎない。それに隠そうとするから逆に目立ってしまうんだよ。自然な格好をしていれば案外わからないものさ。それに東京ならともかく、自分の街に有名人がいるなんて意識して見なければわからないし、ありがたいことに現代人は他人に興味がないからね。すれ違う人の顔をいちいち見るようなことはしないだろ?」
「なるほど。それで月夜さんも虹日さんも普通の格好をしているんですね。」
「まあ、妹の帽子は少々目立つ気もしているんだけどね。」
「まあ、お兄様。似合うと言ってくださったのに、本当はそんなことを思っていたんですね。」
少しふくれっ面を見せながら月夜が虹日の服を引っ張る。
「似合うのは本当さ。ただ、女優帽ってのはどうしたって目立ってしまうからね。それに僕と違って君はいろいろな目に晒される仕事をしているんだから。」
「何かあってもお兄様がお守りしてくださいますでしょう?」
「それもそうだけどね。注意するに越したことはないってことさ。」
月夜と虹日は、意味ありげな会話を交わしている。だが、その内容が気になっても個人の話にぐいぐい聞けるほど僕の神経は図太くない。こんな時に先生がいてくれれば。良くも悪くも空気を読めない(読まないのではない)先生が全て聞いてくれるのだが。
「その様子だと、何か心配事でもあったのかい?」
ここで切り込んだのはホームズさん。ここにももう一人、ぐいぐい行ける側の人間がいたようだ。
「すまないね。探偵としての性か、気になったことは聞かずにはいられないんだ。」
「いえ、探偵さんに相談するのはある意味正しいと思えることですので。」
虹日は月夜の顔を伺い言っても良いかと確認をとっているようだ。月夜は伏せ目で頷く。
「実は、最近月夜がストーカーされている可能性がありまして。」
「ほう。」
明らかにホームズさんの目つきが変わった。鋭い目つきは獲物を狙っている鷹のようであり、相手の話を一言一句聞き逃さないと集中しているようである。これは探偵としての仕事モードということなのだろうか。
「まあ、今に始まったことではなく今までにも何度かあったのでその一つかなとは思っているんですけれども。今回のものは事務所に手紙が送られてきたり、写真が送られてきたりと、今までのものよりは多少過激なものが多いので。」
「そんなことが。」
僕も思わず声を出してしまう。やはり芸能人のような大衆の注目を浴びるような仕事では万人に好かれるなどということはないし、好かれすぎるということもあるのだろう。
好きという気持ちが大きくなりすぎると、それが抑えきれなくなりストーカーという行為に及んでしまう。芸能人のような人気商売において一番怖いのはアンチではなく、反転アンチなのだそうだ。初めから嫌いな人よりも好きだったのに些細なきっかけから裏切られたと感じて嫌いになった人の方が過激なことをする可能性が高いらしい。
この前、そのような話を題材にした作品を読んだときに先生が語っていた。先生も実際に経験したことがあるそうだ。とは言っても先生はメディアに出ることはないので先生の身に危険が及んだというわけではないそうだが、元々ファンでよく手紙を書いてくれていた読者が、とある作品を出したときに解釈違いだとして批判する手紙を書いてきたことに始まり、最終的には出版社に爆破予告まで出してきたそうだ。大事にはならなかったそうだが、「人間とはかくも恐ろしい生き物なんだと再認識したよ。だからこそ面白いし、私ちゃんは物語として書き続けるんだけどね。」と先生は語っていた。
先生でさえ(というのは失礼か)、このような経験があれば、今人気絶頂中の月夜さんはもっと経験していてもおかしくはないのか。
「それはまだ解決していないということですか?」
「ああ。差出人や犯人はわかっていない。どこまで本気なのかがわからないから捜査当局も本腰を入れられないんだ。芸能人にはよくあることだから一つ一つを処理していたらキリがないんだよ。妹はこの後俳優としての仕事が控えているからね。何か起きてはまずいから。」
「なるほど。それでこの時期に?」
「あえてメディアへの露出を少しだけ控えることにしたんです。僕がマネージャーとしてついていてあげられるのはこれが最後ですから、なるべく危険がない状態じゃないと僕も離れるに離れられませんから。」
「綺羅星家の当主というのはいつから?」
「実はすでに当主にはなっているんです。なので、早く本家に戻ってこいとお祖父様にも言われておりまして。だからこの旅行が一緒にいられる最後の機会かもしれません。」
綺羅星家の当主とはそんなに多忙なのだろうか。いくらなんでも一緒にいられるのが最後というのは大袈裟ではないか?なんて思ってみても、そんな名家の事情は僕のような一般庶民には想像もできないし、何か事情があるのかもしれない。
虹日さんの言葉を聞いて月夜さんの表情は明らかに悲しそうなものになっている。お兄さんと離れるということがよっぽど悲しいのだろう。
「お兄様。どうしても離れるのでしょうか。」
「これ以上わがままを聞いてくれるような人たちじゃないだろ?ここまで自由にしてくれたことすら奇跡だと言っていい。僕は僕の勤めを果たさないとね。」
虹日さんはそう言いながら月夜さんの頭を優しく撫でる。
「でも、私一人では。お兄様がいなければ、今の私はないのに。」
「大丈夫だよ。これからは月夜が一人で輝くんだ。」
言葉を交わす二人の様子を後ろで考え事をしているような顔でホームズさんがみている。何かに気付いたのか、それとも何かを考えているのかは全くわからないが、声をかけることもできないほどの真剣な表情だった。




