どうせい
「君たち、声も似ているのかい!」
先生はひどく興奮した様子である。お酒を飲んでいるということもあるのだろうが、それでもその興奮はひしひしと伝わってくる。
だが、これは無理もない。まさか声まで似ているなんて。いくら一卵性の双子であっても声まで似ているというのはレアケースだ。しかも男女でなんて。さすがのホームズさんも驚きを隠せない様子である。普段テレビや雑誌で見るのは月夜だけだから虹日の存在や見た目は知っていても、その声までは知らなかったんだろう。
「すごいな。こんなことがあり得るのか。自我を出したいという欲求はないのかい?」
「幼少の頃はそれ相応のものがあったとは思いますが、妹と同じというのは僕にとっては誇りであり自慢ですからね。自分から差を出そうなんて思いませんよ。」
「お兄様。」
二人は笑顔をかわしながら答える。二人の様子は仲のいい兄妹という枠組みを超えて、もはや運命共同体とでもいうような雰囲気だ。
「失礼、名乗り遅れたね。私ちゃんの名前は言葉紡。作家をしている。ペンネームは何個かあるんだが、混物槍とか違手千とかいったらわかるかな?」
先生の名前を聞き、二人は驚いた顔をしてお互いの顔を見合わせる。同じ顔なので貝合わせみたいだ。
「あなたが!小説界の葛飾北斎といわれているあの有名な大先生ですか。」
先生は少し複雑そうな顔をしながら、まあねと頷く。先生はそのペンネームの多さから小説界の葛飾北斎といわれている。由来は葛飾北斎が生涯で使用した名前が多かったからということなのだが、先生はこの言われ方をあまり気に入っていない。
ちなみに先生のペンネームは歴史上の有名作家の名前を文字ったものである。混物槍はシェイクスピア、違出千はアンデルセンという具合に。聞いたらしょうもないような当て字を使っているのに、葛飾北斎は嫌なのだそうだ。何か先生の中での違いがあるらしいが、僕には理解できない。
「こちらは僕の助手君で、」
「ワトソン君です。」
先生の紹介に対してホームズさんが割って入る。綺羅星兄妹は困惑した表情を浮かべている。そりゃそうである。ワトソンて。
「先にこちらから紹介した方がいいだろうね。」
先生が示すとホームズさんが自己紹介を始める。
「私の名前は写録家達。ホームズとお呼びください。私立探偵をしております。どんな依頼でもお任せください。」
ホームズさんはそう言うと軽く頭を下げて礼をする。月夜さんは眉を曲げ、訝しんでいるような表情に、虹日さんは目を見開き驚いたような表情を見せていた。だが、すぐに笑顔になり、虹日さんが改めて自己紹介をする。
「初めまして。僕の名前は綺羅星虹日。こちらは妹の月夜です。ここには妹のドラマ決定と僕の当主就任の祝いで来ました。」
「当主就任というと。綺羅星家の?」
「はい、本来であれば18歳で当主になるはずだったのですが、月夜のマネージャー業をするために20歳まで待ってもらっていたのです。月夜が一人でも活躍できるようになったので、僕が正式に当主に就任したのです。」
虹日は僕たちに詳細まで説明する。自分達の家の事情を初対面の僕たちに話してもいいのだろうかとも思い月夜を見たが、彼女はどこか悲しそうな表情を浮かべながら俯いているだけだった。そんな彼女の様子に気がついた虹日は彼女の頭を優しく撫でる。
「お兄様、、、」
彼女の物悲しそうな瞳が何を意味しているのか、僕には理解できなかったが虹日は優しい表情を浮かべており、また先生もそれに対して深く聞くことはしなかった。先生は何かを理解したのかもしれない。
先生は空気を変えるためか明るい表情で声をかける。
「君たち、飲み物は何を頼んだんだい?」
「え、ソフトドリンクを。」
月夜はびっくりしたように答える。
「お酒は苦手かい?」
「いえ、なにぶん20歳になったばかりでお酒に詳しくないもので。」
「そうか、なら私ちゃんが二人にお酒をご馳走してあげよう。」
先生は桜花さんを呼び、二人分の追加のお猪口を頼む。すぐにお猪口が運ばれてきて、先生がそのお猪口に少量の日本酒を注ぐ。
「日本酒が初めてなら少しだけ。君たち二人の門出を祝う、祝い酒だとでも思ってくれたまえよ。」
そう言って、乾杯してお酒を飲む。二人も先生に続いて恐る恐る日本酒を少し口に含む。不安そうな顔をしていた月夜だったが口に含み軽く舌の上を転がしながら飲み込むとすぐに笑顔になった。
「おいしいです。」
虹日も頷いている。二人とも初めての日本酒を気に入ったようだった。先生は満足そうな顔をしながら自分のお猪口にお酒を注いでは飲んでいる。こうして僕たちと綺羅星兄妹の初邂逅の時間は流れていった。
僕はベロベロに酔っ払った先生を肩に担ぎながら、綺羅星兄妹に挨拶をして、ホームズさんと共に大広間を後にした。部屋に向かいながらホームズさんは僕に話しかける。
「にしても、似ている兄妹だったね。私でも二人の違いを見つけるのは難しいくらいだったよ。」
「ホームズさんでもですか?」
僕はホームズさんの言葉に驚きの声をあげてしまう。先生の職業を一目で見破るほどの観察力を持つホームズさんでも綺羅星兄妹の違いはあまり見られなかったそうだ。
「何かしら違いはないのかと観察していたが、やはりミス紡の言うように意図的に似せようとしているとしか思えないほどに似ている二人だった。よく双子の見分け方として利用される黒子でさえ二人には無かったのだからお手上げだよ。」
「そこまで観察していたんですか?道理で途中から静かだなと思っていましたよ。」
「探偵という職業の性かな。どうしても観察せずにはいられないんだよ。」
ホームズさんは、にこりと笑いながら歩く。僕たちの部屋に着くと部屋の扉を開けてくれて、僕たちが食事をしている間に敷かれたのであろう布団の方へと先生を運ぶのを手伝ってくれた。広間には常に杜若さんがいたことを考えれば、おそらく客室担当の菖蒲さんが敷いてくれたのだろう。
「ありがとうございます。」
「いやいや、気にすることはないよ、ワトソン君。ところで、明日は何か予定はあるのかな?」
「いえ、先生がこの様子ですと二日酔いで動けないでしょうから、予定はなくなりましたね。」
「では、私と一緒に出かけるとしないかい?この宿の近くには出店通りがあるらしいから一緒に散策しようじゃないか。」
僕は一瞬返答に迷ったが、先生は一人で部屋に残していても大丈夫だろうと思い、また僕だけでも取材をするべきだという使命感から了承することにした。
「では明日の10時ごろ。旅館の玄関で待っているよ。」
ホームズさんはそう言い残し、颯爽と部屋を後にした。
ホームズさんが部屋を出た後、先生に布団をかけ、抱き枕を与えた僕は、歯を磨きすぐに自分の布団に入る。壁にかけられた時計は、針時計が一番綺麗に見えると言われる時間を示していた。夕食に二時間以上もかけていたんだな、とその時に初めて思った。横になると、何だかんだ言って疲れが溜まっていたからか、僕はすぐに眠りの世界へと旅立った。




