先生からのメール
先生からいつものように仕事の連絡が届いたのは、4月も終わり頃のことだった。夜10時を過ぎたか過ぎないかくらいの、まあ、どちらにしろ夜だった。
『今週の日曜日から三泊四日で、取材旅行に行く。もちろんのことだが、君もついてきたまえ。当然、旅費はこちらが出すし、当たり前だがバイト代もしっかり払うよ。朝の6時にいつもの駅前に集合だ。よろしく。』
全く、先生はこちらの都合なんかお構いなしで僕の予定を埋めてくる。
普通なら、この日に取材旅行をするんだが、ついてきてくれないか。とか、この日は予定を空けておいてくれますか。とか、相手にも都合を聞くというのが、当たり前のマナーだろう。まあ、僕はまだ大学生で、社会に出ているわけではないので、ビジネスのマナーなどは詳しく知っているわけではないのだが。
一般的なマナーについては、両親や周りの大人のお陰でそれなりに身についているはずだ。(少なくとも、僕は急に相手の都合も聞かずに旅行の予定を立てるなんていうことはない。)しかし、あの先生にとっては、僕の都合なんてお構いなしなのだ。まあ、先生が、僕の予定を事前に伺って予定を立て始めたら、それはそれで違和感を感じてしまう。これが異常なことだとは頭の中では理解しているが、通常の感性では、あの人と一緒にいるなんてことはできない。
先生と出会ったのがちょうど一年ほど前のことなので、まだまだ知り合ってからの日は浅いが、先生という人物の性格は、おおよそこの一年で把握した。いや、言い換えるなら一年という短い期間の間に、僕が先生に振り回されてきたということである。
僕はスマホに届いたそのメールを閉じて、今日の日付を確認する。スマホのカレンダーには、4月27日土曜日の文字が表示されている。
うむ。
これは困った。先ほど、この一年で先生の性格を把握したと言ったが、先生の感覚までは把握していない。感覚というのは人それぞれで多種多様である。理論派と感覚派という括りがあるが、感覚派は言語化できない天性の感性を有していることの総称だと思っている。
つまり何が言いたいかというと、先生にとって一週間の始まりは、月曜日なのか、日曜日なのかということである。日本における一週間の始まりは、法律上は日曜日で、ビジネス上は月曜日と二種類ある。これは労働基準法において、特定の決まりがない時には日曜日を週の始まりとするという規定が定められているのに対して、国際基準では、月曜日を週の始めとする規定が定められているからだ。カレンダーを見たとしても、左端の曜日が日曜日のものや月曜日のものなどがあるだろう。これはそういうわけである。
僕の周りにも一週間を月曜日始まりで考える人と日曜日始まりで考える人は分かれている。
(ちなみに僕は、一週間は月曜日から始まる派閥の人間だ。理由は簡単。某週刊少年誌が月曜日に発売されるからである。あれを読むことが一週間の始まりなのだ。)
さて、この場合どちらだろうか。僕の感覚と先生の感覚は同じなんてことはあるのか。でも、今回に限っては二分の一で同じ感覚ってことだよな。
僕は、先生から送られてきたメールを再度開きながら、メールの文言を確認する。
「ん?」
メールを読み返しながら、僕はあることに気がつく。『今週の日曜日』。よくよく考えてみれば、迷うことなんて全くない。『今週の日曜日』という文言を使うのは、月曜日始まりの人間だけである。日曜日始まりの人間は、『今週の日曜日』なんていう言い方はしない。なぜなら『今週の日曜日』とは、その日を指すのだから。当然のように、『今日』という言い方をするに決まっているのだ。つまり、先生が指定した『今週の日曜日』とは、
「明日じゃん。」
僕は思わず、呟く。スマホで日付を確認し、今日が土曜日であるということを認識した時から、先生の指定した日にちが明日じゃなければいいなと、なんとなく色々な理由を探そうと試みた。
しかし、どう足掻いても明日でしかない理由を見つけてしまった僕は、ふっと短いため息をつきながら腹を決める。もはや、明日出発という、とんでも日程に対する文句は出てこない。文句を言うだけ無駄であると言うことを、この一年で嫌と言うほど理解してしまっているから。なんなら先生はあえて今週の日曜日という表現をすることで僕を弄んでいたのかもしれない。僕はまんまと先生の思惑に引っかかったというわけだ。まあ、こんなことで腹を立てても明日の日程が変わるわけではない。僕は切り替えて旅行のことを考える。
「取材旅行か。どこに行くのかな?」
先生は、どこに行くのかさえ書いてくれていない。急な日程はいつも通りだし、行き先もいつも先生の気まぐれだ。先生は僕を振り回すのを楽しんでいるのではないかとすら思える。
それでも、僕は先生について行くしかない。一年前、先生と出会ってしまった(あまり人との出会いに対して、しまった、などと言う表現を用いるべきではないなとは思っているが)時から、僕は先生の記録係だ。先生の取材について行き、そこでの出来事を記録する。それが僕の仕事なのだ。




