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双貌日記〜天才作家 言葉紡の記録係〜  作者: pippo
5 夕食と双星

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19/59

夕食

「で、その桔梗君はどこにいるんだい?せっかくならその三人にも話を聞いてみたいね。」


「彼女はこの旅館の料理担当です。三つ子の末っ子だそうですが、その料理の腕は三姉妹の中でも抜きん出ているそうです。ちなみに、菖蒲さんは客室担当で、杜若さんはお庭やその他の部屋、例えばこの部屋などを担当していますね。とはいえ、先ほども言ったように人数が少ないので皆さんで協力しているそうですが。」


「どうしてそんなに従業員さんが少ないんでしょうか。」


「さあ、私には分かりかねるが、強いて理由を考えるとするならば、この宿はそこまでたくさんのお客さんが利用するということがないからじゃないかな。実際、昨日の時点では私ともう一人しかいなかった。今日、ミス紡とワトソン君がきて、さらにもう二人来ると言っていたから、一気に四人増えた影響で忙しくなっているのかもしれないね。それに私たちが食事の時間を急に変更してしまったことも少なからず影響しているんだろう。」


「それは申し訳ないです。あれ?僕たちの他にも今日来る方がいらっしゃるんですね。」


「ああ、桜花さんが今ここにいないのはその人たちに応対しているからなんじゃないかな。何やらVIPなお客さんが来ると言っていたからね。」


「そうなんですね。どんな人が来るんでしょうか。」


「さあ、そこまでは聞いていなかったな。まあ、そのうちやってくるだろう。食事はこの広間で取ることになっているんだしね。」


 ホームズさんの言葉に僕は軽く頷く。すると、杜若さん(たぶん杜若さんだが、自信はない)が僕たちの机に最後の食事を運んでくる。それは小さな鉄製の鍋に入れられたすき焼き風の鍋料理だった。中には霜降りの見るからに高そうな見た目のお肉が鍋の中央に鎮座している。周りにはネギと春菊、椎茸、焼き豆腐とどれも綺麗に盛り付けがされている。鍋の下には固形燃料が置かれ、火をつけることでこの場で調理するというものなのだろう。熱々の出来立てを楽しむための工夫である。


 テーブルに乗った他の料理は、いろいろな魚の刺身(僕には、マグロがあるくらいしか判別できる魚はないが、おそらく鯛と思われる白身の魚や何かしらの貝が乗っている)や、小鉢の料理が何品か、(かに)の甲羅焼き、小さな切り身の焼き魚(おそらく西京焼きかな何かだと思う)、合鴨のロースト、もずく、生麩(なまふ)の味噌焼きなどがある。


 そして、先生が一層目を輝かせてみているものが、先付けとして用意されているあん肝ポン酢、カラスミ大根、(にしん)の昆布巻きである。おそらく酒飲みにとっては最高のつまみなのだろう。特にカラスミはよく見る薄切りのものではなく、厚く切られ表面に軽く焼き目がついている。それにおろした大根が添えられている。


 杜若さんの後ろから菖蒲さん(身長が高いから間違い無いだろう)が入ってきて、僕たちの前に飲み物を用意する。先生の前には日本酒の入った片口とぐい呑みのお猪口が、僕の前にはデキャンタに入ったリンゴジュースとコップが置かれる。デキャンタに入っているだけでワインのような高級感を醸し出してしまうから不思議だ。


 ホームズさんの方を見ると、ホームズさんはビンのビールを頼んだようだ。ビンのラベルには、赤い星のマークが書かれている。それを杜若さんがコップに注いでいる。ビールは7:3がベストというのを聞いたことがあるが、実に見事な割合だ。隣で見ていてもCMのような美しさで美味しそうに見える。CMのビールは美しく見せるように色々なことをしていると聞いたことがあるが、一発であそこまでの見事な割合を作り出すのは、さすがはプロと言ったあたりだろうか。


 まあ、僕はビールを注いだことすらないんだけど。


 先生のお猪口にも菖蒲さんが日本酒を注いでいる。先生のお猪口はおそらくガラス製のもので、カラフルな点が全体に散りばめられている見た目のものである。形も一般的な、みんなが想像するお猪口の形ではあるが、その華やかな見た目が先生の目をより一層輝かせているように感じる。先生はとても幸せそうな顔をしている。


 まあ、今日くらいは。


 先生の表情を見て、さっき風呂場で助けてもらったし、と今日くらいは先生の面倒を見ることを誓った。なお、この時の僕は風呂場で自分が倒れることになった原因が先生だったということは頭からすっかり抜けてしまっていた。全く、とんでもないマッチポンプである。これを意図的にやっていたならかなりの策士だ。


「それでは、お楽しみください。」


 杜若さんが僕のコップにジュースを注ぐのを見ると菖蒲さんがそれぞれの鍋の固形燃料にチャッカマンで火をつける。


「ご飯はどのくらい召し上がりますか?本日のご飯は、鯛めしでございますが。」


 菖蒲さんの問いかけにそれぞれが答える。先生とホームズさんはお酒を飲むからなのか少なめに注文し、僕はとりあえず普通でとつまらない注文をした。普通なんて人によって違うのに。


「さて、ではいただこうか。」


 先生の言葉に合わせて3人で乾杯し、料理を食べ始める。


「んー。これは美味しい日本酒だね。すっきりとした飲み口ながら後味にほのかな甘味とフルーティーさが残る。それでもって舌に雑味が残らずにスッと消える。鼻から抜ける香りは実に華やかだ。とても料理に合いそうなお酒だ。」


 先生は日本酒を飲みながらその味を講評している。あの顔を見ると相当気に入ったのだなということが伝わる。先生は良い意味でも悪い意味でも顔に出やすい。あれはいい時の表情だ。日本酒と先付けのつまみを交互に食べている。


「このカラスミは絶品だね。」


 先生の言葉を聞き、僕もカラスミに箸を伸ばす。よく考えるとカラスミをこんな風にしっかりと味わうのは人生で初めてかもしれない。カラスミ自体を食べたことはあるが、パスタにふりかけられた粉としてしか食べたことはなく、固形のものは食べたことがない。だから、カラスミがどんな味かということもいまいちわかっていない。


 僕はカラスミの端っこを少しだけかじる。思っていたよりのねっとりとした舌触りで、チーズやキャラメルのように濃厚だ。一口かじっただけでもその濃い味が口全体に広がっていく。


 だから大根と一緒なんだな。


 僕はそう思いながら、大根おろしも少量取って口の中へと運ぶ。大根おろしで中和され、いい塩梅に口の中でマリアージュされていく。大根おろしは雪のような舌触りで辛味が少なく、優しい甘味が広がる。


 まだ酒を飲んだことがない身なれど、これが酒飲みにとって最高のつまみであるということは僕にもわかる。


「カラスミってなんの卵でしたっけ?」


「これはね、ボラの卵だよ。ボラの卵を血抜きして、塩漬けして、焼酎なんかでつけた後に乾燥させるんだよ。でもこれは一般的なカラスミと比べて、すごく香りが高いし味も濃厚だよ。私ちゃんが食べた中でも別格の美味しさだ。これは日本一、いや世界一のカラスミと言っても過言じゃないかもね。それにこの大根おろし。一般的なカラスミ大根は切り付けただけの大根が添えられていることが多いけれど、こんな食べ方があるだなんてね。お互いの相乗効果でどちらも主役級の存在感を出している。」


 先生がここまで絶賛するということは本当にこのカラスミが美味しいということなのだろう。先生も卑しい話、お金には困っていないので美味しいものは数多く食べてきているはずだ。その先生がここまで言うのだから相当美味しいのだろう。実際、先生の言う通りこのカラスミは絶品である。一口、また一口と口に運びたくなってしまう中毒性がある。


 初めてのカラスミがこれで大丈夫なのだろうか。


 心の中でこれからのカラスミ人生への危惧をしていると、


「ありがとうございます。このカラスミは、私どもの妹の自家製のカラスミでございます。焼酎の代わりにこの桜水泉の日本酒でつけた特製のカラスミなんですよ。」


 鯛めしをよそった茶碗を運んできた菖蒲さんが僕たちにカラスミの説明をしてくれる。先生の言葉を聞いて自分が称賛されていうのと同じくらい嬉しそうな顔をしている。その表情を見るだけで、この姉妹な仲が良いということが推測できてしまう。


 運ばれてきた鯛めしも実に美しい見た目をしている。骨がしっかりと抜かれ、ほぐされた鯛の身と軽く焦げ目のついたおこげの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。身は程よい光沢を帯び、脂乗りが良いことがひと目でわかる。この香りだけでお腹が空いてしまう。そして上には小ネギが散らされる。ご飯からの熱でネギの香りがふわっと香り、鼻口をくすぐる。


「おかわりは何度でもお申し付けください。」


 一礼すると菖蒲さんは僕たちのそばを立ち去り部屋を出ていく。一方の杜若さんは入り口の辺りで座って待機している。広間の様子を伺っているようである。


僕は料理を楽しみながら、その都度先生の感想や料理に関してのうんちくや小噺に耳を傾けていた。ホームズさんはというと僕と同じく先生の話を聞きながら笑っていた。


 おそらく飲むと笑いやすくなってしまう人なのだろう。そこまで酔っているという風には見えないが、いわゆる笑い上戸というやつである。先生は料理のおいしさのせいなのであろう(料理が美味しすぎるほどに美味しい。美味しすぎることに全く問題はないのであるが、箸が止まらなくなってしまう)、どんどん日本酒をおかわりして料理を食べすすめている。


 前も話したが、酒は好きだがそこまで強くない先生である。次第に酔いが回ってきて、より口が止まらなくなっていた。普段ならここで僕が先生に絡まれて嫌気がさし、表情を歪めるところだが、この料理のおいしさの前にはこの先生のウザさでさえも許してしまえる気がする。そう思えるほどにどれも美味しい料理だった。


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