赤い桜の樹
ホームズさんとは、今夜の夕食を共にする約束を交わした後、一旦別れた。
「さて、実に面白い収穫をすでに得てしまったな。」
「そうですね、最初ホームズさんを見た時は何かの冗談かと思いましたよ。まさか、小説の中から飛び出してきたのではないかと。」
「はっはっは。そうだね、後で話を聞くのも楽しみだ。格好だけではなく、なかなかの観察眼を持っているようだしね。」
「確かに、先生の職業を言い当てたのにも驚きました。」
「まあ、推理には若干の飛躍的解釈が見られたが、推理の順序は見事なものだったね。」
「飛躍?何かありましたか?」
「最初に私ちゃんの風貌を見て、中高の教師には見えないと言っていただろう?他はそれなりの根拠を持って推理していたのに、あれだけは主観に任せた判断だった。もしかしたら、世の中を探せば私ちゃんみたいな中高の先生だっているかもしれない。探偵はあくまで客観的事実にのみ従って推理しなければいけない。そうだろ?」
「そう言われてみればそうですね。まあ、僕は先生のような中高の教師はいないと思いますけどね。可能性はゼロじゃないってことですか。」
「まあ、おそらく言っていた以外の根拠もホームズ君の中にはあったんだろうけどね。それにしてもあそこまでコテコテの探偵に出会えるとは思ってもみなかったな。小説家の私ちゃんでさえ、物語の中にあそこまでの探偵は出せないな。」
「どうしてですか?」
「ミステリーには探偵役が必要とはいえ、シャーロックホームズという名前はあまりにもビッグネームすぎる。扱いに困る上に下手な推理をさせたらシャーロキアンたちが黙っていなさそうだ。」
「なるほど。」
まあ、あの人は家達さんであってホームズではないんだけどね。
「さて、まずは当初の目的の一つだった桜の樹をじっくり観察するとしようか。」
僕は先生に頷く。先ほどから桜の樹の下で会話をしていたが、桜の樹よりも視線を集める奇異な存在に目を奪われて、ろくに桜の木は見ていなかった。やはり改めて見ても普通のソメイヨシノに比べて赤い色素が強く出ているように見える。
「素晴らしいほど赤い花弁だね。まさに血を吸っているかのような赤色だ。」
「やはりこれは品種の違いなんでしょうか?」
「そうだね。日本で一番多く植えられている桜の品種はソメイヨシノだ。でもソメイヨシノは、白よりのピンクといった色だからね。これほどの赤い色は出ないだろう。」
「さっき電車で見たんですけど、紅色花弁の桜も何種類もあるんですね。」
「ああ、有名どころだと紅豊やカンヒザクラ、八重紅枝垂桜なんかがあるね。紅豊と八重紅枝垂桜は花形が八重咲の花が、カンヒザクラはもともと中国南部などで植生されていた品種で花弁が下向きについているのが特徴だ。どちらもこの桜とは特徴が合わないね。」
「そうですね。この桜は見たところソメイヨシノの花の形と同じように見えます。全体的な見た目はソメイヨシノだけど、花びらだけ赤いって感じですかね。」
僕は桜の樹を観察しながらカメラで全体と花びらをしっかりと撮影する。
「この品種は私ちゃんも見たことがないな。しかし。」
先生は桜の花を観察した後、その樹が生えている地面をまじまじと観察する。
「桜の樹は、地中浅く根を張ると言われているだけあって、この木も例外じゃないか。これだと、木の真下を掘ることはできなさそうだ。」
「本当に掘るつもりだったんですか?先生。」
「いや、流石にやらないけどね。おや、でも木の根本から少し離れると、この辺りには大きな根っこはなさそうだね。ここならあるいは・・・。」
「やめてくださいよ?先生。」
「わかっているとも。第一、掘れそうとはいっても流石に一人で掘るのは骨が折れそうだ。どうやら色々な人に踏み固められてだいぶ硬くなっているようだからね。桜の木の下の土は踏み固められるとはよく言うが、ここも例外ではないようだ。」
先生は樹の根元から少し離れたあたりにしゃがみながら、そこの土を触って硬さを確かめる。僕は桜の木の根っこの辺りもカメラに収める。先生の言う通り、踏み固められたその場所は草も生えておらず、土が露わになっている。
「それにしても、どうして桜の樹の下には死体が埋まっているという発想が生まれたんでしょうか。」
「そうだね。桜の樹の下に埋まっているという解釈をしたのは、梶井の独自の感性だったんだろうが、桜は元々『死』をイメージするものであると言われていたんだよ。」
「そうなんですか?桜が?」
知らなかった。桜は美しいもの、春の風物詩として人気があるものという程度にしか認識していなかった。そんな桜にネガティブなイメージがあったとは。
「どうしてですか?」
「桜は美しい花を咲かせる一方で、その花びらはすぐに儚く散ってしまうだろう?その儚さが仏教における『無常』という思想に結びついていると捉えられ、人生における死を象徴する一面もあると考えられたというわけさ。元来、美しいものには棘があると言う表現のように全てのものには二面性があるというような考え方があるんだよ。」
「なるほど。確かに、ここまでの見事な赤色の花びらを見ると美しいと共に何か不気味な感じの印象も受けてしまいますね。」
「何かが起きる前兆だったりしてね。」
先生が冗談半分な顔を見せながら僕に語りかける。
「まさか。」
十分な写真を撮り終えた僕と先生は、夕食の前に温泉に入るために部屋へと戻ることにした。丘を降りてふと振り返ると、丘の上の桜の樹が、風に煽られ揺れていた。その様子に僕は何とも言えぬ感情を抱いていた。それが桜の美しさに感動した気持ちなのか、赤すぎる花弁に対する不気味さなのか、言語化して上手く説明することができない。




