桜水泉
電車に乗り込むと、僕はスマホで東北の有名な桜の名所を調べてみる。
なるほど、枝垂れ桜に桜のトンネル。それに、花筏。
写真で見るだけでもその綺麗さに驚く。特に花筏とかいうやつ、初めて聞いたが堀に浮かぶ花びらが絨毯のように一面に敷き詰められている。
これは一見の価値アリだな。さすが先生、家にこもっていながらにして全国の名所に目を向けているとは。
僕は心の中で感心しながら、先生に敬愛の目を向ける。先生は、窓の外を見ながらぼーっとしているようだ。実はまだ眠いのであろう。いくら徹夜になれているとはいえ、人間睡眠無くして活動することはできない。中途半端な睡眠により、眠気が増した状態である。
僕がスマホで調べた桜の名所たちは、ここから電車でも一時間以上はかかる。先生が眠そうなのであればもう少し睡眠をとってもらったほうがいいだろう。
「先生、まだ時間がかかるでしょうし、もう少しお休みになってもいいですよ。降りる駅が近くなったら、今度は僕がしっかりと起こします。」
「いや心配には及ばないさ。目的の駅はもうしばらくすれば着くからね。寝ている時間はない。」
「え?ここに行くんじゃないんですか?」
僕はスマホで調べた『東北の桜の名所10選』というサイトを見せながら指を差す。
「私ちゃんが一度でもそこに行くといったかい?それにそんなサイトに書いてあるところに私ちゃんがわざわざ行くと?」
先生は呆れたと言わんばかりの顔を僕に向けながら両手で外国人がWHY?といっているようなポーズをとりながら、頭を振っている。
僕は一瞬、その仕草にむかっときたが、よく考えれば先生は東北に桜を見に行くと言っただけで、その詳しい場所は言っていなかった。どうやら先ほど調べたものは僕の思い違いだったようだ。先生なら有名な桜の名所を巡ろうとか言い出すと思っていたのだが。
う〜ん。花筏。見てみたかった・・・。
「それじゃあ、どこに行くんですか?」
先生がニヤリとしながら、僕の顔を見る。
「ついに君にも目的地を教える時が来たようだね。私ちゃんたちの旅の目的地、それは・・・!」
先生は急に右手の人差し指で天井を指差す。僕はつられてその指の指す方向、すなわち天井についたスピーカーを見る。
―「次は、桜水泉。桜水泉です。お出口は右側です。」
先生が指指すのを待っていたのかのようなタイミングで車内アナウンスが入る。いちいちすごいな、この人は。狙っていたのだとしたら途轍もない時間管理と感覚の持ち主だし、狙っていないのなら神がかり的な運だ。
「桜水泉。聞いたことがない地名ですね。」
「そうだろうとも。ここは知る人ぞ知る秘所だからね。ネットでも、まだ注目されていないだろう。いわば、私ちゃんが発見したようなものさ。」
「へー。すごいですね。先生はどこで知ったんですか?」
「うん?ネットだよ?」
なーにを言っているんだこの人は。僕のすごいを返せ。
ドヤ顔を僕に向ける先生に対して、呆れた表情を向けながら降車の準備をする。
「降りたらどうしますか?最初はやっぱり?」
「そうだね。まずはいつも通り現地調達といこうか。」
旅行の時、目的地に着いて一番最初にすることは、先生の旅の荷物を現地調達することだ。服の着替えや携帯の充電ケーブル、メモ帳やペン(先生が使うのではなく、僕に支給するためのもの。僕は自分で持ってきているのでいらないと言っているが、毎回買って支給してくる。)、果てには抱き枕まで。
先生は抱き枕を抱かないと深い睡眠に入ることができないらしい(だから、電車では寝たとしてもすぐに起きてしまう)から旅行中でも抱き枕は必須である。だが、本人曰く抱き枕に対してのこだわりはないそうだ(それでも毎回買うのは何かしらの動物の抱き枕なのであるが、僕は特には触れない)。だから、家から持ってくるのではなく毎回現地のお店で買っている。毎回の旅で買っているから先生の家のベッドは抱き枕でいっぱいである。先生が家で寝るときは、先生が抱き枕を抱いて寝ているのか、先生が抱き枕に抱かれて寝ているのかわからないほどである。
一つだけ僕が言えるのは、このままの調子で抱き枕が増え続ければ先生はいつか抱き枕に圧殺されるだろうということだ。人類初の抱き枕に殺された人物として大きく報道されるだろう。
余談はさておき、僕たちは電車を降りて駅と併設されたビルの中へと入り、買い物を始める。もはや先生が買うものは決まっているし僕も慣れたものなので、そう時間はかからない。一時間弱で全ての買い物を一通り済ませることができた。




