第九話 霹靂
ディートが錆丸小隊の防衛する天狗村に突入する数分前。持ち場についた錆丸小隊の兵士の中でこっそりと持ち場を離れる男が居た。
鉄鎖谷三太夫である。
(夜鳥羽がいねぇ……あいつは教会の中に錆丸中尉達と入ったっきり出てきてない! つまり、まだあの教会の中だ)
割れた窓から中へと侵入する。教会中は昼間だというのに薄暗く、瓦礫が散乱していた。足元に気をつけながら奥へと進む。
そして展望台へと繋がる梯子を見つけた。この上に静馬がいる、そう直感し昇って行った。
その時、爆発音が響いた。ディートの襲来である。
三太夫が梯子を駆け上がると、後ろ、爆発音のした方を見下ろす静馬が居た。
「夜鳥羽!」
三太夫は叫んだが、静馬は振り返らない。よく見ると彼は右腕を下方向へと突き出していた。三太夫も欄干に手を掴み、その腕の先を見る。遠くにいるのは、幽澱の軍。だが三太夫はそれよりも静馬の圧に圧倒された。
(この集中……グラウンドで勝負したときの───)
地上。錆丸中尉は素早く支持を出し、兵士たちを建物の裏に隠れさせる。
錆丸自身も影に隠れながら、大声で言い放った。
「各人、一斉掃射!!!」
ディートは笑った。
「はっ、貧弱すぎるぜ」
ディートは手を振り上げ、そして前に振り下ろした。幽澱帝国の一斉掃射の合図である。300人の幽澱帝国軍、対するは80名程度の天照国軍、結果は明白。
幽澱の弾幕が天照国の弾幕を打ち消しながら錆丸小隊を襲った。壁にしていた古い木造家屋は半壊し前線が崩れる。
(くそが……!)
錆丸は粉塵の中、斜め上を見る。教会の展望台、夜鳥羽静馬を。
(頼みの綱はお前しかいない……夜鳥羽!)
同時刻。腕を伸ばし、その先端にディードを捉える静馬。
だが。
(撃てないっ……!)
ディードの警戒と威圧感。奴らがここに現れ、尚且つディードという主力をここに投入した、すなわちそれは狙撃手の存在を察知されているということ。当然、狙撃は警戒されているのだ。そしてさらに、この天狗村から主戦場を狙うとすれば、それは教会の上部から以外にない。
狙撃手の存在も、狙撃地点もバレている。静馬が予測したのはは防がれる未来。
撃てるのは一発。外せない、だからこそ、撃てない。
絶えず放たれる幽澱の弾幕。決断を迫られる静馬、だが、先に動いたのはディードだ。
「さてクライネの命令は果たさねぇとな───そこだろ、狙撃手は」
一発の大きな閃弾を放つ。それは教会の尖塔の中部にぶつかるととてつもない衝撃音を放った。
そして教会の上部は一気に崩壊する。
「──夜鳥羽っ!!!」
錆丸はつい叫んだ。
するとディードは笑った。
「ヨトバ……ヨトバって言うのか? 狙撃手の名は。つくづく仲間思いで助かるよ、アマテルの猿ども」
足元が割れ、宙に浮く感覚。静馬は崩壊の爆音の中でパニックになる。
死。
よぎる一文字。地面に激突するか、瓦礫に押しつぶされるか。重力に抗えない。
───ガシッ
首後ろの襟を掴まれ、宙ぶらりんになる静馬。
「おい…っ、しっかりしろや、夜鳥羽っ……!」
崩壊したのは尖塔の中部。上部の展望台にいた三太夫は教会の低い屋根に吹き飛ばされ、奇跡的に落下する静馬に手を伸ばした。
「三太夫……お前っ……!」
静馬は三太夫の手を強く握り返した。
「─────無事です!! 錆丸中尉!」
屋根の方から聞こえた三太夫の声に錆丸は安堵した。
「三太夫……持ち場を離れやがって。だがよくやった」
そしてディートに向き直って叫んだ。
「錆丸小隊、撤退するぞ! 全員無事にだ! いいな!
【風煙】!」
錆丸の放った閃弾は着弾地点に煙を発生させるもの。ただの目くらまし、だが確実に幽澱軍の時間と視界を奪った。
錆丸の脳内に浮かんでいた勝ち筋は二つ。
一つは静馬による狙撃、だがこれは先の教会爆撃により潰された。
錆丸は、とある仮説を元に、もう一つの勝ち筋を実行に移す。
錆丸はもう一発、閃弾を放った。
「【彩色・緑】」
真上に撃ち上がる閃弾。それは緑色に鮮やかに周囲を照らす。
「逃げられるとでも思ってんのかぁ!? 無理に決まってんだろ!!!」
ディートは40発の渾身の閃弾を放つと共に、部下たちもそれに続いた。豪雨のような音を立て、暴風のような弾幕が天照国軍を襲う。
消えゆく煙幕の中で錆丸は考えていた。
(幽澱語は完全にはわかりやしねぇが、ディートは『クライネ』の名を口にしていた気がする。クライネは恐らく生きている……この小さな村の急襲、クライネの策だとすれば合点がいく。であれば静馬が撃ち抜いたのは影武者、あの時点・英雄を殺せる好機で用意していたのか? そして、今、俺たちの狙撃地点を完璧に予想した)
錆丸は呟いた。
「……全く、恐ろしい男だ」
天狗村の木造家屋は閃弾の弾幕により擦りつぶされる。逃げ遅れた者から一人、また一人と削り取られていく。
「おい! 早くしろ、夜鳥羽!」
「すまねぇ、三太夫」
静馬は三太夫に支えられながら、教会の屋根から地面に着地。ギリギリで逃げおおせ、森の方へと駆け込んだ。
そこにはほかに逃げた錆丸小隊も居た。40名程度まで減ってしまった現実に三太夫は舌打ちをした。
錆丸は静馬に話しかける。
「夜鳥羽、これは───」
「クライネはまだ生きているってことですか」
そう言いながら、静馬は後ろを振り返る。その瞳には火の海が映った。
「なんだよ……これ。くそっ……!」
とある錆丸小隊の兵士が呟いた。ディートは静馬の居た教会を最優先で破壊していた。閃光が走る中、祈りの対象が音を立てて崩れていく様子はこの世の終わりのようであった。
その火の海を突き抜けてくる幽澱帝国軍。人数差、機動力、個々の力、どれをとっても敗北している。狙撃地点を読み切ったクライネの策を最大限活かしきる幽澱帝国の力に絶望するしかない。
錆丸は先頭にたち皆を守るように立ちふさがる。そして呟いた。
「……全く、恐ろしい男だ。久世原少佐は」
「───【迸雷】」
静馬たちの背後から閃弾が飛ぶ。背後だけではない、天狗村を囲う森の中から一斉掃射が始まった。
森の中から姿を現したのは久世原少佐。彼の閃弾、【迸雷】はイカヅチのようにジグザグに飛び、高い殲滅力を誇る。そして彼の部隊、約1000名が森を取り囲んだ。
錆丸の撃ち上げた緑の閃弾は言うなれば信号弾。緑色は作戦実行を意味する。ディートと実際に相対して錆丸が感じたのは〝ディートの弱体化〟であった。彼の得意技は広範囲殲滅、撃つ機会はあったはず、だが、それを全く撃たない。
それを見て容易に仮説は立てられる。鶴崎平野撤退戦で英雄と交えた一戦、そこでディートはなんらかの負傷を負った可能性がある。閃弾とは生命エネルギー、精神や身体が弱れば最大出力は維持できないのだ。
それゆえ作戦を実行に移した。錆丸の二つ目の策、錆丸小隊、そして狙撃手を囮にしたカウンター。
狙撃手の存在が幽澱帝国に露呈していること、そして狙撃地点が読まれること。そこに帝国重要な戦力が投下されること。久世原少佐は全てを読み切った。
錆丸中尉は感じた、真に恐れるべきは久世原少佐である、と。
久世原は静馬の肩に手を置いて、話し出す。
「行くぞ、錆丸、夜鳥羽。反撃だ」




