第十話 鉄鎖谷三太夫
親父も二人の兄貴も士官だった。だから、物心ついたときから自分もあの煌びやかな群青の軍服に袖を通すのだろうと、そう思っていた。
人生初の挫折は一年前。雨の日だった。
「………番号が、ねぇ」
俺は士官学校に落ちた。幽澱の侵攻により士官学校に割く人員がいないのだろう、合格人数は絞られ、例年よりも厳しい試験だった。
言い訳にするつもりは毛頭ない。
だけど態度に出ていたんだろう、親父には我が家の恥だと勘当され、家を出た。
諦めるつもりも毛頭ない。
拾ってもらったんだ、閃弾専門の道場で。そこで俺は〝鉄鎖谷〟の苗字を貰った。二度と前の苗字は名乗らねぇ。
軍で戦功を立てて奴らを見返す、それが生きがいだ。親父たちの耳に嫌でも入るくらい、功績を打ち立ててやるんだ。今から気づかれる日が楽しみだ。
──────もし、俺が道半ば、戦場で死んだら……気づいてくれんのかな。
◇◇◇
久世原少佐の部隊1000名がディートら幽澱軍300人を取り囲む。ディートの不調という嬉しい誤算も重なり、戦況は一転天照国の有利。
押し切れる、誰もがそう思った。この状況を完璧に想定してみせた久世原少佐でさえも。
否、久世原少佐の心に不穏な靄がかかり始めていた。嬉しくても誤算は誤算なのだ。
(クライネが生きているとして、なぜクライネは不調のディートを進軍させた……?)
その時。ドン、と大きな破裂音が響き渡った。
「くくく、久しいぜ。俺の命に弾丸が掠れる感覚……!!!」
ディートは笑った。彼の体にエネルギーが漲り、黒い雷光が迸る。それは溢れ出るエネルギーの発露。
そして口角を上げ、辿々しい言葉で、覚えたばかりの天照語を話す。
「───ミナゴロシダ」
まさに悪魔。揺らめく火炎と黒い雷光を纏うその姿に、見た者の背筋は凍り、足は竦んだ。
と、同時に100をも超える黒い閃弾を具現化し、周囲に撒き散らす。ディートの部下を巻き添えにして。
「───! 退避!」
久世原の号令も虚しく、彼の部隊の7割が消し飛んだ。
閃弾とは生命エネルギーの具現化なのだ。本人の精神次第でその出力は変わる、当然良い方向にも。
ディートは心のどこかで舐めていた。たとえ本調子でなくとも蹂躙できると。だがこの状況で、認識を改めた。自身の弱さを認識し、意識を即座に切り替える、これが真の強者のメンタリティー。
気分屋で傲慢でムラがある。それがディートの本質であるとクライネは考えていた。クライネが不調の彼を送り出した目的は、危機意識を持たせることだった。不調によってディートに敗北がよぎれば、彼は必ず本気を出す。そして今後、油断がなくなる。すなわち、幽澱軍はより完璧な布陣へと繋がるということ、それがクライネの思い描く未来図である。
「……落ち着いて隊列を組みなおせ。今のうちにだ! 【迸雷】!」
久世原の放つ77発のジグザグに曲がる閃弾は、ディートの巨大で黒い閃弾を正確に避けながらディートへと向かう。しかし。
「フン」
ディートは同様に77発の小さな閃弾を放つ。それは彼の今までの姿とは真逆の繊細さをはらんでいた。
久世原の閃弾に正確に衝突させ相殺させる。
「……なんだと」
久世原は呟いた。
黒い閃弾を間一髪、森へと躱す錆丸達。バッと素早く顔を上げてディートの方を見る。
燃え盛る火炎を背景に黒く影がかるディート、久世原の部隊が交戦するも風の前の塵に同じ。
「くそ……なんだよアイツ! 勝てるわけが……ねぇ……!」
錆丸は呟いた。
「まだ、です」
悲壮感に包まれる錆丸小隊の生き残り達。その中で冷静な者が居た。夜鳥羽静馬である。彼は右腕を突き出し、目線の先にディートを捕らえていた
「勝てるって思わせてやりますよ。だって、ここからでも、俺なら届く」
「夜鳥羽……! くそ、すまねぇ」
錆丸は頬を自らの両手でパンパンと二回叩き、生き残った部下たちに声を掛けた。
「よし、お前ら、夜鳥羽の一撃にかける! 全力で補助するぞ!」
「は、はい!」
三太夫は大きな声を出す。覆いつくされそうな恐怖を振り切るように。目を大きく開けた。
そこで目に入ったのは震えている静馬の腕。
三太夫は悟っていた。なぜ静馬は教会の上にいたのか。
ディートの急襲は突然起きたもの、では本来何をするべきだったのか。
〝狙撃〟だ。
訓練で静馬と直接対決した際に感じたのは、射程の長さ。当時は誤差程度だと感じていたが、本来あの教会の上から本戦場を狙う予定だったに違いない、という結論に至る。
そして気づく、クライネの意図に、そして久世原の意図に。
三太夫は静馬の震える右腕を掴み、話しかけた。
「おい、夜鳥羽静馬。ちゃんと聴いてろよ」
「え?」
そう言って腕を放し、走り出す。次に久世原少佐に話しかける。
「久世原少佐! 補助! お願いします!」
「……わかった」
久世原少佐は素直に応じた。閃弾は使用者の精神によって左右されるため、戦場での高揚が結果を変えることを体感しているからだ。今の三太夫の一言に、その可能性を見出したのだ。
三太夫は駆けながら考える。
(幽澱がここに来たのは、狙撃手……夜鳥羽潰しのためだ。くそ……夜鳥羽、手が震えていやがった。悔しいが狙撃手は天照国の切り札! 一発しか撃てねぇのは知ってる! 当然だ、そんな重圧背負えねぇよ、普通)
三太夫は静馬の言葉を反芻した。
『勝てるって思わせてやりますよ。だって、ここからでも、俺なら届く』
(それなのに、言い切りやがった! 本気で思ってるんだ、英雄になるって。
──────だから、俺も!)
「負けてられかよ!!! 行くぜ【蜂怒羅・女王蜂】!!!」
三太夫は一際大きな5発の閃弾を放った。真上に、だ。
【蜂怒羅】は蜂のように対象を追い回す誘導弾。つまりあらぬ方向へと飛ばすと大きく旋回して目標へと飛んでいく。
【女王蜂】はその誘導力が強く、弾速は遅い。これが意味するのは──────
「まだまだ行くぜ! 【蜂怒羅】!」
次は真っすぐ飛ばした。
「なるほどな」
久世原少佐は理解した。三太夫は実行しようとしているのは一人時間差攻撃。遅い弾を先に飛ばし、後に早い弾を刺す。本命は前者、早い弾幕で意識を散らす腹積もり。
「【迸雷】!」
久世原のサポート。それだけでなく錆丸小隊も少し遅れて弾幕に参加する。
目が眩むほどの弾幕。迫る本命の女王蜂。それに隠れた影の本命、夜鳥羽静馬の狙撃。正真正銘、天照国の最後の攻撃。
しかし。静馬は悟ってしまった。
目に映るディート。この状況下、彼は未だ警戒しているのだ。狙撃を。
(撃てない……!!)
「──────猿は猿だな、所詮」
ディートは大きく腕を広げ、その腕を真横に振り抜いた。現れたのは全てを薙ぎ払う黒い竜のような長い閃弾。それは全てを喰らいつくすかのように、天照国の閃弾をかき消した。
「まじ、かよ……」
錆丸が呟いた。全身全霊を尽くした弾幕がかき消され、絶望の暗い闇が天照軍の心を染める。
「まだだ!」
三太夫は大声で叫んだ。ディートが反応する。三太夫は睨み返して、閃弾を顕現させる。
「行くぞ、夜鳥羽!! 〝フェルシュラーク〟!!!」
「──────!!!」
ディートは過剰反応を示した。幽澱帝国の言語で、フェルは〝遠い〟を〝シュラーク〟は一撃を意味する。
つまり〝遠くからの一撃〟。
親たちを見返すために、三太夫は自分で勉強を重ねていたのだ。ディートのずっと警戒していた言葉、思わず反応する。
それだけではない。
ディートが教会の尖塔を撃ち、錆丸が心配の声を上げたとき、三太夫は無事であると返答した。ディートは、三太夫のその声を覚えていたのだ。今、その声の主が目の前にいる、だからこその過剰反応。
歯車が噛み合った。返事をしたのは、狙撃手ではなく偶然そこにいた三太夫。
三太夫は叫ぶ。
「行け、夜鳥羽──────!!!」
ドンッ!
黒い閃弾に腹を撃ち抜かたのは、鉄鎖谷三太夫。警戒の的となった彼に、隙のなくなったディートの閃弾を避ける術はない。そこからコンマ2秒の間。
警戒が一瞬解けたディートの脳天を、静馬の閃弾が撃ち抜いた。




