第十一話 揺らめく火種
地面に倒れ込むディートと三太夫。両者の意識はもうない。
静馬は横たわる三太夫に駆け寄りしゃがみこんだ。狙撃手だからこそ気づいていた、狙撃の成功は彼なくして起こり得なかった。
「すまねぇ……ありがとう……!」
久世原少佐はしゃがみこむ静馬の肩に手を置いた。
「よくやった……夜鳥羽。また一歩近づいたな、英雄に」
静馬は久世原少佐の顔を見上げ、それから周りを見渡した。目に入ってくるのは、あちらこちらに横たわる屍。『英雄とは彼らの屍の上に立ち続け、全てを守り、希望を与え続けていく責任がある。』、英雄の言葉を思い出した。そして、最後に三太夫を見てから呟いた。
「いえ……これじゃあ近づいているとは、とても言えないです」
「いいか、全責任は俺にある。お前が思い悩むことじゃない、俺が読み違えた、だが皆に、お前に助けられたんだ。
やはり俺にとっては英雄だよ、お前は」
静馬は考える。
狙撃は卑怯な手法であると、思ってしまっていた。でも、目の前で散る命を見て守りたいと感じた。
(卑怯だろうと、なんだろうと……俺が遠くから撃ち抜けば、誰も死なない。これも英雄の形……!)
久世原少佐は振り返り、残っている兵に指示を出す。
「六幽魔のディートを討ち取った! これは我が国にとって大きな前進である! 犠牲は出た、だが彼らの意志は我らが継ぎ、次なる幽澱将を討ち取る燃料にしなければならない! 胸を張って帰るぞ!」
歓声が上がる。ボロボロになった兵士たちは鎌松砦への道を歩み始めた。
日は傾き、やがて辺りは暗くなった。森を抜けたところで、錆丸は気づいた。
「……明るくね? 鎌松砦の方が」
少し進んでその明るさの原因が判明する。
それはゴウゴウと燃え盛る、火。
鎌松砦は豪炎に包まれていた。久世原少佐は少し考えてから口を開く。
「鎌松砦はすでに陥落したとみなし、ここから南方、陸軍紅羽支部へと向かう! 長旅になる、用心して進むぞ! 錆丸、伝令任せられるか」
「余裕です、今日まだ全然仕事できてないですから」
──────三日後。陸軍紅羽支部。ここは白嶺地方の南に位置する紅羽地方の要所であり、今現在もっとも兵が控える武力集中地帯である。
紅羽支部は、旧来の城郭跡を改修して築かれている。
低い山の上、かつての天守台をそのまま土台とし、その上に新式の軍施設が無理やり継ぎ足されたような、不均衡な姿をしていた。
静馬たちが支部内へと入るとワッと歓声が上がった。
「六幽魔の一角を落とした久世原少佐!」
「また新たな英雄が誕生したな……!」
錆丸による伝令で、ディートの撃破が支部に伝わっていたためである。逆に静馬たちも支部からの伝令で何が起きていたのかを把握していた。
鎌松砦防衛戦。天照陸軍第四師団、全部隊が出陣。対するは幽澱帝国・ベイル将軍、そして【六幽魔】が一人、【獅閃】のグリフォイア。
藤堂黎次率いる第一大隊、篠田大佐率いる第三部隊、宗像大佐率いる第五部隊は善戦。が、クライネの策により等々力大佐率いる第二部隊が崩れる。いずれ前線は後退し、深刻な被害を出したことで、鎌松砦を放棄したのだ。
藤堂大佐をはじめとする奮戦により犠牲を出しながらも部隊は退却に成功。一方で鎌松砦は焼き討ちにあった。
静馬は紅羽支部の一室に呼び出されていた。扉を開けると、そこにいたのは静馬たちが所属する第三大隊の隊長、篠田大佐。白髪混じりの髪の毛に温厚そうな顔が特徴的だ。彼は机に座りこちらを見ている。
その横には久世原少佐が立っていた。
篠田大佐は立ち上がって話し出した。静馬も体を強張らせる。
「これより、辞令を伝達する。任務遂行における功績を認め、夜鳥羽静馬二等兵を一等兵へ進級を命ずる」
「──! はい!」
静馬はディートを撃ち抜くという最大の功績の主張をこれ以上しなかった。これで満足していたのだ。バルトを撃ち抜き戦功を主張していた時とは違う、自分の実力はまだ足りないという自覚、慢心せず上を目指すという向上心の現れである。
篠田大佐は続けた。
「君たちの代は大活躍だったな。特に、藤堂朝人。さすがは英雄の倅……上等兵になるのも納得の活躍であった。君も精進したまえよ」
「──!? 朝人が……ですか?」
「そうだ」
久世原少佐が話し出した。
「朝人の所属する部隊の小隊長が討ち死にした中、彼が陣形の指揮をとりそのまま敵将を討ち取った。彼の指揮力を買い、一等兵のさらに上、上等兵に任命された」
「──…すげぇ」
それは初めに静馬が目指していた英雄像そのものだった。朝人はそれを体現し、唯一下士官から這い上がる方法である〝戦時任官〟の任命への道を確実に歩んでいた。
篠田大佐は続ける。
「まぁ、先の戦いで上官が討ち死にしすぎたというのもあるがね。上の席が空いてしまったのであれば若くとも優秀な人材は登用するということだ。夜鳥羽君もチャンスはあるぞ」
「はい!」
そう言って静馬は部屋を出た。
紅羽支部の廊下、窓から日光が降り注いでおり、明るい。
ふと左の方を見ると、長い廊下の先に見覚えのある顔が見えた。こちらへと歩いてきている。
真桑雄介、静馬と同期の小柄な男である。激しい戦い方をする等々力大佐の部隊に所属している。
「おーい、真桑!」
静馬は手を大きく振って話しかけた。等々力大佐の部隊は先の戦いで壊滅的な被害を出した部隊である。そのため静馬は彼を心配していたが生きていることを知り、嬉しくなって声をかけたのだ。
しかし。
真桑雄介はトボトボと歩いている。痩せこけた頬で顔持ちも暗い。廊下を照らす日光と対照的であった。
そして静馬に気づくことなく、二人はすれ違った。
「あ、おい! 大丈夫かよ!」
振り返って真桑の肩を掴む。真桑はそれを力無く振り払った。
「あ、ご、ごめんなさい……! でも許してください、どうせ次で僕は死ぬので……偶然生き残っただけなんでっ……」
真桑は高速で頭を下げてそう言うと、足早に廊下を去っていった。
「……何があったんだ」
通称〝死地行き〟の等々力大佐の部隊。そこで生き延びた真桑雄介、きっとそこでは悲惨な光景を見たに違いない、と静馬は悟った。
◇◇◇
それから静馬は久世原少佐に個別に呼び出された。それはつまり、次の狙撃作戦の指示を意味する。だが部屋にはいつもいるはずの錆丸中尉もいなかった。
久世原少佐と一対一。
そこで静馬は耳を疑った。いや、久世原少佐を疑った。
「……もう一度、聞いていいですか。次の狙撃対象は───」
「何度も言わせるな。次の狙いは〝等々力大佐〟だ」




