第七話 鶴崎平野撤退戦③
落馬し追い詰められた英雄。【竜閃】のディートは両手にありったけの力を籠めた。
「ははっ! 藤堂黎次! 終わりだ!
【竜襲咆哮】!!!」
50を超える強力な閃弾を直線方向にすべて射出した。目の前に竜が存在するような威圧感。逃げ場はない。
いや────逃げるつもりがない。
「【焔苑狐・九尾】!!!」
藤堂家に伝わる閃弾の【特性】・【焔苑狐】。それは使用するたびに体に熱を蓄積していくデメリットを抱えていた。それゆえ使用しすぎると超過熱を起こし体が焼けてしまうのだ。
それを克服したのが英雄・藤堂黎次。【焔苑狐・九尾】は体の熱を放出する技である。閃弾とは生命エネルギーの具現化、体に蓄積した熱すら生命エネルギーと捉え運用する発想と技術で革命をもたらした。当然、生命エネルギーを操る最大量にも限界があるため、【一閃】から【八雲】までをワンセットとし、体に溜まる熱を一定量にすることで、【九尾】で放出するという戦闘サイクルを組み上げた。
発露されたのは、九つの超高密度の青白い火炎。まるで幽澱帝国に虐げられたものたちの怒りが顕現した人魂のように妖しく揺らめく。
黎次はその怒りをぶつける。
ドドドドドドドドド!!!
勢いよく飛んで行った人魂は【竜襲咆哮】を巻き込み巨大な爆発を起こした。砂塵混じりの煙と熱風が巻き起こる。
「ちくしょうがっ……!!!」
ディートは直接的な被弾は避けたものの、突風によりその煙の中で落馬した。続く幽澱帝国の騎馬隊も次々に落馬する。
追撃を退けたことに胸を撫でおろす黎次。
だが。
灰色の煙の中を颯爽と飛びぬける騎馬がいた。風穴を抜け爆心地から抜け出したのは白馬。
それに騎乗するは、深紅の軍服に特徴的な青いニット帽子。
「クライネ! ここまで息を潜めていたのはこの瞬間のため……!」
黎次はそう呟いた。クライネの指揮した別動隊の閃弾と落馬の衝撃で黎次の身体は限界に近い。動けない。
「今だ」
双眼鏡を覗いていた錆丸中尉は静馬に言った。
静馬は狙いを定める。英雄のピンチに額から汗が滑り落ちるが、腕はぶれない。心は熱い、だが、体は冷静。バルトへの狙撃成功体験が、静馬を狙撃手として一段階上へと導いていた。
静馬の眼に映るのは、仲間のため孤立する英雄。だが。
「俺なら、届く。【夜天穿】!」
夜空を切り裂く流星が、白馬に乗る男を撃ち抜く。
「……!!」
英雄は驚くとともに援軍が来たことを確信した。
───【竜襲咆哮】と【九尾】が巻き起こした爆発。ディートの背後で落馬したとある幽澱帝国の兵士は見た、駆け抜けていく白馬を。特徴的な青い帽子から、すぐにその騎手がクライネであると理解した。
灰色の煙に包まれていたが、白馬が通りぬけたことで風穴が開き、外の様子が一瞬見える。
そして見た。クライネが撃ち抜かれ倒れたところを。彼は咄嗟に声が出た。
「ク、クライネ様……!!!」
「何か言ったかい」
兵士は背後からの声に驚いた。バッと勢いよく振り返る。そこに居たのは金髪の飄々とした男。その男の名はクライネ。トレードマークである青いニット帽を被っていない。
「え!? クライネ様が二人?」
「いいや、さっきの彼は僕の影武者。彼には申し訳ないことをしたけど、美しい馬術だった。そしてなにより最後に良い仕事をしてくれた……」
そしてクライネは、粉塵と煙の中、遠くに見える小高い丘を見上げる。そして、小さく口角を上げた。
「くくっ、やはりいたか……狙撃手!」
彼は見抜いていた。バルト小隊の敗走兵からのわずかな情報から、狙撃手の存在の可能性を。
大陸の帝国といえど、狙撃手という概念は空想上のものであり、その存在は都市伝説である。しかしバルトの不可解な死から狙撃手の存在を結びつけていた。そして今、確信に変わる。
クライネは全軍退却の笛をならした。
「ちょ、クライネ様! 敵の英雄はすぐそこにいます、ですのに……!」
「いいや、よく見るんだ、ゲームオーバーさ」
煙が落ち着いて遠くが良く見える。その時、林道、英雄の背後から閃弾が何百発も発射された。久世原少佐率いる天照国の大軍である。
「……英雄もだが、早めにつぶさないといけないな。狙撃手を」
クライネはそう呟いて、馬に乗ると勢いよく走らせた。
英雄を倒せなかったこと。そして、狙撃手の存在が知られてしまったこと。これらの事が今後、両軍の運命を変えることになる。
「……藤堂黎次大佐」
鎌松砦に撤退した黎次を久世原少佐は呼び止めた。そして横の夜鳥羽静馬の肩を押す。
「夜鳥羽がどうやら、あなたの大ファンだそうで」
憧れの人を目の前に、目をキラキラと輝かせる静馬。その高揚から声を発することができないほど緊張している。
「おや、君はもしかして……あの時の少年かい? 岩田町の」
「お、覚えていてくれたんですかっ!? 夜鳥羽静馬です!」
静馬は、緊張より喜びが勝り大きな声で話した。
「ああ、やっぱり。大きくなったな。まさか軍に入るとは……ね」
黎次は目を伏せながらつぶやいた。そんな曇った表情を気にすることなく静馬は続ける。
「俺っ……! あの助けてくれた瞬間から決めたんです、英雄みたいになりたいって!」
「英雄……か。ついておいで」
黎次は静馬と久世原少佐を誘導した。連れていかれたのは医務室。
そこで静馬は絶句した。負傷者で溢れ返る医務室を目にして。
いや、医務室と呼ばれるその場所は、もはや部屋とは言えなかった。床にも、廊下にも、担ぎ込まれた兵が並べられている。
血の匂いが湿った空気が重く沈んでいるようだった。乾いた土と消毒液の匂いに混じり、鉄のような生臭さが鼻の奥に張り付く。慌ただしく戸板や扉を外して、その上に兵を乗せて運び込む。中には自分で歩こうとして、その場に崩れ落ちる者もいる。
久世原少佐は、静かに話し出した。
「今回は、多少被害を抑えることができましたね。大佐がディートを押さえてくださったのが大きい」
「……これで、抑えた……?」
静馬は呟く。それを見て黎次は静馬に語り掛けた。
「あぁだが、少なくとも彼らの倍以上、ここに帰ってこれなかった者もいる。英雄とは彼らの屍の上に立ち続け、全てを守り、希望を与え続けていく責任がある。決して倒れることは許されない。そしてその責任を果たすことは、何よりも難しいんだ。静馬君、君にその覚悟はあるかな」
よく見ると、彼には包帯が巻き付いており、所々血が滲んでいた。でも倒れない、倒れるわけにはいかない。英雄の姿はボロボロで、偉大だった。
「……ないです。今は、まだ」
そう言って静馬は医務室の方へと歩き出した。
「何かできることを、探してきます……!」
「ふ、そうだな」
久世原少佐はそう呟き、英雄と共に静馬の後に続く。
彼らの熱心な手当は夜が明けても続いた。




