第六話 鶴崎平野撤退戦②
数多の閃弾が空気を裂き、風を切る音が兵士の耳を掠める。そして、大地を抉り、木が倒れる音が仕切りに響いていることから、その威力の高さが窺い知れた。
「足を止めるな! 走れ! 後ろに蹴っ飛ばされたくなけりゃあな!」
それと同じ位の大きさで、天照国陸軍の将の声も響き渡る。
天照国本陣が撤退する準備を整えたのは夕日が沈み始めてからだった。
英雄・藤堂黎次は夕闇に紛れ撤退することを決定。全軍に指示が飛ぶ。
追撃は予想の範囲内だった。藤堂黎次は殿として全て止める腹積もりであった。
予想外だったのは───
鶴崎城を守る幽澱帝国の【六幽魔】が二人も追手として進軍してきたことだった。
ドドドドドドと、とてつもない勢いで平野をかける黒い馬。その上に騎乗するは、【六幽魔】の一人、【竜閃】のディート。白い軍服に黒いマントがなびく。
「おらおらぁ! アマテルのサルどもが! 逃げ足だけは速いなぁ!?」
「なんだその馬の乗り方は、美しくない。ディート」
クライネの乗る白馬はディートの黒い馬と並走している。
「うるせぇ、珍しく外に出たかと思えば文句か、クライネ? この体勢が一番盛り上がんだよ!」
ディートは馬の上に立ち上がると、両手に力を籠める。50を超える大きな閃弾を顕現させ放った。
「くらいやがれ!! 【竜襲隕星】!!!」
閃弾は全て一気に夜空へと高く飛び上がると、ギュンと急降下し、まるで隕石のように天照国陸軍へと降り注いだ。
「はぁっ!!」
英雄は巧みな馬術で降り注ぐ閃弾と倒れる味方を躱す。
耳に入ってくるのは、地響きと悲鳴。それに耐えきれず英雄は馬を止めた。
「藤堂大佐!? 何を!」
部下は驚いたが、英雄は顔をしかめて答える。
「君たちは先にいくんだ。私は残る」
「藤堂大佐……!」
「見つけたぜぇ、活きの良いおサルさん」
夜。三日月。背の高い草が生い茂る草原。英雄と200mほどの距離を開けてディートとクライネは止まった。そこが互いの射程の限界、両者は理解していた。
クライネの手信号により、後ろの軍も止まった。
馬に乗ったまま、英雄は口を開く。
「ディート、それにクライネだな」
ディートはおどけた口調でクライネに話しかけた。
「こりゃ驚いた、俺らの言語を話せるなんてな、なぁ?」
クライネが返事をする。
「あぁ、だが発音が美しくない」
そしてクライネは英雄に向き直る。
「お前が英雄……藤堂黎次、そうだろう?」
「いかにも」
英雄の堂々たる返事にディートは話し出す。
「ムカつくなぁ……お前がアマテルの最高戦力だろ? 仲間のためにお前が犠牲になってどうする、そこまで考えられないほど馬鹿じゃないだろ?」
「なんで俺が英雄と呼ばれているか知っているか?」
それを無視して黎次は話し出した。その神経がディートを逆撫でする。
「知るかボケ」
「生き残ってきたからこそだ。そして今も死ぬ気なんてさらさらない。勝算のない勝負をする人間がどこにいる?」
ピキッっと、ディートの眉間に血管が浮かんだ。
黎次はニヤリと笑うと馬の腹を蹴り、前進する。互いの射程圏内への侵入、それは開戦を意味する。
両手に力を籠めるとそれを合わせ強大なエネルギーへと変貌させた。そして放つ。
「【焔苑狐・一閃】!」
火焔を纏う閃弾が真っすぐにディートへと向かう。
一閃は英雄の持つテクニックの中で最速を誇る技である。
「──! 速ぇな」
ディートは閃弾を放つ。【焔苑狐・一閃】に対しその閃弾をぶつけることで、その火焔の閃弾を弾いた。
「はぁっ!」
黎次は踵を返すと、ディートらの反対方向・鎌松砦方向に馬を走らせる。ディートとクライネは理解した。幽澱の大軍を相手取り、逃げつつ戦う、持久戦を行う腹積もりであると。
「舐めやがって……逃がすかよ!」
ディートとクライネは馬を走らせる。幽澱帝国軍がそれに続いた。その時。
「【焔苑狐・二雫】」
黎次は続けて二発の閃弾を斜め下に放った。草原に火が燃え移る。
「おらぁっ!」
ディートらはその火炎の海を強引に渡り黎次を追いかける。
「【焔苑狐・三啼】」
黎次は三発の火炎弾を放った。それは上から猛獣の爪のように振り下ろされる鋭い一撃。下は火の海、上からは火焔の閃弾。強かに相手の動きを制限する。が、それでは止まらないのが幽澱軍。ディートを追い越したのは四頭の牙。それに騎乗する四人の精鋭のうち、二人が三啼に対して閃弾を放ち相殺する。そして残りの二頭は、ディートの黒馬の踏み台となった。
高く跳びあがるディート。そして叫んだ。
「【竜襲隕星】!!!」
再び舞い上がる50を超える竜の閃弾。黎次に容赦なく降り注ぐ。
「【焔苑狐・四翠】【五櫻】!!!」
まず四発の閃弾を打ち上げた。それは高密度の火炎、さしずめ爆弾。そしてその後すぐに打ち上げられたのは五発の閃弾、桜の花びらが舞い散るように爆ぜる火焔である。打ち上げられた四翠がその後の五櫻により起爆。黎次の上空に爆発が巻き起こった。それにより【竜襲隕星】の流星群を撃ち落とす。
そして黎次は手を緩めない。馬上で後ろを振り返りながら、次の手を打つ。
「【焔苑狐・六霧】【七星】」
火の粉を撒き散らす六発の閃弾・六霧。そして高火力の七発の閃弾・七星を放つ。火の粉の霧の中を貫く七つ星、これにより幽澱軍の足を遅めることに成功する。
その隙。黎次は前方、林道に入る道を一瞬見た。それは鎌松砦へと続く林道、その丘の上に鎌松砦は構えられているのだ。ゴールが近づいていることを確信する英雄。だが。
ドシュシュシュシュ!!!
黎次は前方から、閃弾を浴びた。馬から転げ落ちる。
「っ……!?」
それは林道が既に幽澱に抑えられていたことを意味する。恐らくはこれも奇襲……クライネの策であると黎次は直感した。そう、クライネの得意戦術、別動隊による隠密作戦である。
「【焔苑狐・八雲】!!!」
黎次が振り絞ったのは、八発の巨大な閃弾。折り重なる雲のような豪火が林道を占拠する別動隊を蹴散らした。
バッと振り返る黎次。ドドドドドドと迫る蹄の音、その先頭にいるのは黒い馬、それに騎乗するのは【竜閃】のディート。両手にありったけの力を籠める。
「ははっ! 藤堂黎次! 終わりだ!」
「───いた」
それを小高い丘から見ていたのは、夜鳥羽静馬、そして錆丸中尉。
静馬は望遠単眼鏡を覗き、伸ばした腕の指先でディートを捕らえる。
「待て」
錆丸中尉は静馬を制止した。
「え……?」
「英雄は、まだ終わっちゃいない」




