第五話 鶴崎平野撤退戦①
「俺の戦功にならないってどういうことですか! 久世原少佐!」
静馬の声が部屋に響いた。
鶴崎城より南にある天照国領・鎌松砦。バルト小隊の後方支援部隊襲撃の例から、天照国の本陣の背後に幽澱軍が潜り込めることが判明した現在、天照国本陣とその後方支援部隊は天照国最前線である鎌松砦まで、一度後退することが決まった。
本陣はその規模の大きさから退却に手間取っており、朝人らをはじめとする新入隊生は一足先に鎌松砦まで到着していた。そこで静馬は目撃したのだ、先のバルト小隊の撃破、その手柄は朝人や三太夫ら、あの森の中にいた新入隊生のものとなっているのを。もちろん朝人らの活躍もあり、バルト小隊の兵を敗走に追い込んでいる。だが、静馬の活躍、それが反撃のきっかけとなったのは間違いないのであった。
静馬は煮え切らず、鎌松砦の少佐室を訪ね、久世原少佐に直談判をしていた。少佐の事務机越しに静馬は迫る。
「俺があの敵将を撃ち抜いたのは錆丸中尉も見ています! 俺の手柄なんです!」
「あぁ、知ってるよ。よくやった、夜鳥羽。だが言ったはずだ、狙撃手の存在は公にはできない」
「天照国側なら問題ないじゃないですか!」
「──問題なら、ある」
久世原少佐は冷たい声で言った。そのまま続ける。
「いいか夜鳥羽。お前は〝強すぎる切り札〟なんだ。いつ、どこでも対象を消すことができる究極の暗殺者。その力を無制限に開放すれば、お前を巡って最悪内乱が起こりうる」
「……! で、でも俺は英雄になりたいんです! 遠くから敵を撃ち抜ける狙撃手がいるってことが皆に知れれば志気はもっと上がる! 幽澱帝国にも勝てるかもしれない! それに隠し続けることなんて……いずれどこかにバレると思います!」
「それはわかっている。だからこそ、最初の狙撃は大物を撃ち抜かなければならない。敵に大打撃を与えられるほどの大物をな」
「……大物!?」
「ああ、狙うは【六幽魔】の一人、〝クライネ〟!!
若くして敵の参謀長官を担う男だ。恐らく先の後方支援部隊急襲も奴の策だろう。戦場で相対したこともあるが、閃弾の腕も確かだった。だが、クライネを失えば幽澱は大きな損失なのは間違いない」
「クライネ……!」
コンコンコン
その時、久世原少佐の部屋の扉がノックされた。
「入れ」
ガラリと引き戸が開き、男が入ってくる。藤堂朝人である。
「朝人か、どうした」
久世原少佐は朝人に話しかける。朝人は教官室にいた静馬に気づいてから話し出した。
「お話し中でしたか、失礼しました」
「いい、続けろ」
「先の戦いにおける幽澱帝国の急襲、敵将を討ち取ったのは私ではありません! 我々後方部隊の指揮もとっていた久世原少佐にはお伝えしたく参りました!」
「そうか、承知した」
そっけない返事に朝人は戸惑う。
「いえ……ですので私ではない誰かが戦功をあげたのです。他に賞賛を浴びるべき人物がいます!」
緊張と高揚で静馬の心臓が跳ね上がる。久世原は表情一つ変えることなく続けた。
「……相討ちと私は見ている。誰も功を主張しないのであれば、その現場にいた教官の誰かがバルトを討ち取り、またバルトの弾で息耐えたのだろう。閃弾戦闘ではよくあることだ」
「そう……ですね。……失礼しました」
腑に落ちきっていない表情で朝人は退出した。
扉を閉めてから、彼は考える。
(俺は見た、斜め上からの閃弾。あれは相討ちの弾だったのか? くそ、記憶が曖昧だ。 ……にしても夜鳥羽静馬、なぜ彼が少佐と話を……?)
部屋の中、久世原少佐は静馬に向き直る。
「夜鳥羽、お前の正体はいずれ明るみになる、その時、民はお前を英雄と称えるだろう。だが、お前はもう既に英雄なんだ。朝人にとっても、俺にとってもな。
クライネを頼んだぞ」
そう言って、久世原少佐は静馬の肩に手を置いた。
「は、はい!」
静馬は頼られたことが嬉しく元気よく返事をする。少佐の話術によって話がすり替えられたことにも気づかずに。
「で、伝令っ───!!」
その時、砦の廊下を走り回り、男の兵が部屋に入ってきた。
「久世原少佐殿っ!! 伝令にございます! 先刻、退陣を進めた天照国本陣ですが、鶴崎城からの幽澱帝国軍の追撃されております! この鎌松砦まで撤退できるかどうか」
「何だと……!」
「それと恐らくなのですが、それを率いているのは【六幽魔】の一人、〝クライネ〟だそうです!!」
「……! そうきたか。どうやら幽澱……いやクライネは英雄を狙ってるようだな」
久世原少佐の一言に、静馬は驚く。
「そんなっ……!」
「奴の狙いは最初からこちらを撤退させること……! バルト小隊の急襲により撤退を促し、鶴崎城を出て陣を敷いていたのは、追撃を行いやすくするためか。追われる側は当然不利……英雄の性格を考えると殿を買って出てそうだな」
「しんがり……?」
「撤退軍の最後尾で、敵を食い止める部隊のことだ。少人数で猛攻を凌がなければならない、当然、犠牲も大きい。英雄は自己犠牲思想の持主だ、恐らく殿に英雄はいる」
「助けに行きましょう、久世原少佐! クライネが来てるなら好都合です。俺が撃ち抜く……!」
「あぁもちろんだ。頼りにしているぞ」
久世原少佐はすぐに行動に移した。といえども居るのは、先に帰ってきた後方支援部隊のみ。一部の新入隊生は先の急襲により怯えている者も多かった。
「錆丸!」
「あいあい、久世原少佐」
久世原少佐は、錆丸中尉を呼んだ。紫色で眼帯をしている彼は気だるげに返事をする。久世原少佐が信頼している数少ない部下である。だからこそ、先の狙撃では錆丸に静馬を任せたのだ。
そのため錆丸は静馬と共に、先に鎌松砦まで帰還していた。久世原少佐は支持をだす。
「早馬を頼む。部下数人を連れて先に援護に行ってくれ。あと、こいつもな」
そう言って久世原少佐は、静馬を親指で差した。
「少佐の悪だくみにはいつも驚かされますよ、全く。夜鳥羽を使って敵を食い止めればいいんですね」
そう言って錆丸は静馬に向き直る。
「俺ぁ、久世原少佐の一番弟子! 錆丸 銀だ! 夜鳥羽、お前、好きなモンと苦手なモンは何だ!
?」
錆丸の突然の問に、困惑しながら静馬は答えた。
「え!? 好きなものは英雄! 嫌いなのは納豆……ですかね。それがなにか……?」
「あん? そりゃ決まってるだろ、お前が俺に歯向かったら納豆まみれの計だ」
「えぇ……?」
「冗談だ。『好きなものを聞けば、そいつの原動力がわかる、嫌いなものを聞けばそいつの人間性がわかる。』俺の好きな言葉だ。
おっしゃ行くぞ、英雄を助けにな」
「はい!」




