第四話 夜天穿
天照国・煉斎歴19年7月。
白嶺地方の南部にある鶴崎城。大陸の侵略国家・幽澱帝国の最前線である。ゆえにその城の価値は重大。
かつて難攻不落と謳われた城には、幽澱帝国の老将・ベイル、そして幽澱帝国を代表する6人の将、【六幽魔】の内、二人が占領している。幽澱帝国陸軍の暴君中佐・【竜閃】のディート、陸軍参謀・【鳳閃】のクライネである。
だが、天照国陸軍も黙ってはいなかった。各地に拠点を構えた幽澱帝国の中隊を各個撃破。鶴崎城を望める地点まで領地を取り返す。
鶴崎城天守から見えるのは鶴崎平野。その地平線に、軍が敷かれた。掲げられた旗には天照の文字。
それを率いるは英雄、藤堂黎次 。鶴崎城奪還作戦が実行される。
戦争が始まる。
天照国軍の前線を務めるのは盾歩兵。閃弾は使用せず、身長ほどある巨大な鉄の盾を持ちジリジリと歩みを進める。盾歩兵の列が数列続いたあと、本隊が姿を現す。本隊を牽引するのは閃弾使いの精鋭たち、この国の運命を握る者。
新入隊生、およほ1000名は後方で、補助・観察の任務に当てられることになった。鶴崎平野を目指し、森の中の細い道を2列で、落ち葉を踏み締めながら前進する。彼らの初任務、体にのし掛かる重圧は初めて体験するものであった。
その時、前方から上官の声が響き渡る。
「里美隊! 全軍停止!」
それに呼応して、ザッと足並みが揃い入隊生の歩みが止まった。
「あん? 停止? どういうことだ?」
「妙だな」
隊列の中で不審に思うのは鉄鎖谷 三太夫。そして英雄の息子・藤堂朝人。
その後、周囲を木々に囲まれた森の中の小さな草原に部隊は案内され待機することとなった。
朝人は立ち上がり、その疑問を上官にぶつける。
「里美軍曹、少しいいですか」
「どうした、藤堂」
「なぜここで待機なのですか、予定では森を抜けた先の丘から前線部隊を支援するはずでは」
「あぁ、その通りだ。だがその前線部隊も森を出た所で停止したんだ。それにより俺たちも予定より後方で待機せざるを得ない。伝令によれば、幽澱帝国の奴ら、城を出て鶴崎平野に陣を敷いたそうだ。前線同士、平野を挟んで睨み合ってる状態だ」
「──!?
堅牢な鶴崎城をわざわざ出陣して……ですか?」
「あぁ。策略か判断ミスか、ともかく不気味だ」
「そう……ですね」
「ははは、さすがは英雄の息子さん、良い警戒心だ。だが安心しろ、俺たちは強い」
大将の息子。その呼び方に朝人は顔をしかめた。
それを感じ取った里美軍曹は切り替える。
「……ま、俺たち後方支援部隊もあらゆる事態に備えておこう。より一層気を引き締めて─────」
その時。
バシュシュシュ!!!
「──!?」
ドサッ!
余りの出来事に藤堂朝人の脳は一瞬思考停止した。が、即座に我に帰る。里美軍曹が地に倒れたのだ。
(───血! 顳顬、胴、脚を撃ち抜かれて───暗殺! 部隊の隊長を狙い撃ちに──!)
この間0.5秒。異常事態への対応力、彼の優秀さを際立てる。そして藤堂は叫んだ。
「敵襲!!! 10時の方向っ!!!」
木々に囲まれた空地に朝人の声が響き渡ると同時に、そばの森から無数の弾幕が飛ぶ。
バラバラバラバラ!!!
藤堂は即座に茂みの裏に隠れる。が、彼の声に反応しきれなかった新入隊生が次々に撃ち抜かれた。
「がっはっはっは! 奇襲、成功ぉう!」
豪快に笑いながら茂みから出てきたのは、高い鼻に碧眼の、灰色の顎鬚の巨漢。幽澱帝国のバルト中尉とその部隊。
「いいか、新入隊生を狙うのも大事だが、その教官も狙ってけよぉ! それで天照国の育成は死ぬ!」
「「「アイサー!!!」」」
バルト中尉の部下の声が野太く響いた。朝人は茂みの隙間からそっと伺う。その景色は悲惨なものだった。
植物の緑に映える血の赤。
横たわる味方のものだ。誰も立ち上がらない。運悪くバルトの登場場所近くに居た兵士はなすすべもなく全滅してしまった。
(急襲……! クソ、少なくとも50人はやられた……!
敵は森を掻き分け進んできた隠密行動別動隊、的確な指揮を飛ばそうと思ったらせいぜい30人程度……俺ならやれる……!)
ザッザッと歩み進めるバルト小隊。じわじわと茂みの朝人に迫る。
(……小隊長は盾兵に囲まれてる、厳重だな。
ここに居ても死ぬだけ、生き残る道はバルトを撃ち、部隊を混乱させ逃走する……正念場だ。だが英雄に……親父を超えるなら何度も超えなきゃいけない壁!)
藤堂朝人は覚悟を決める。その時。
「【蜂怒羅】!!!」
朝人の後方100m。5発の誘導弾がバルト隊長に迫る。鉄鎖谷三太夫である。
「ユーデンのカス野郎ども!!! こっちだ、おら!」
バシュシュシュシュ!
三太夫ら急襲を回避した新入隊生が援護射撃を開始した。
「……ナイスだ」
朝人は笑う。盾兵がバルトを守るも、その盾により彼の視界は奪われた。その隙を朝人は見逃さない。
物資の裏から飛び出し、弓を引くように左腕を前に出し、右手を引く。
「……【焔苑狐】!」
ボォッと火炎を纏う閃弾16発がバルト小隊を襲う。鉄鎖谷の攻撃によりバルトに盾が集中し全体の護りが薄くなった所を的確に撃った。
藤堂の閃弾の【性質変化】は火炎。威力、火力はもちろんのこと、燃え広がるそれは、温度と見た目により威力以上に戦場に大きな恐怖をもたらす。初陣にして、敵の弱点と心理を見抜き即座に利用する才、これが英雄の血。
火炎に慌てふためく帝国の小隊。だがそれを物ともしない男がいた。
「ヌゥン! この程度の火で怖気着くとでも?
逃げ道はないぞ、少年よ! 【無尽蔵】!!!」
バルトである。彼がそう唱えると百を超える閃弾が発生した。彼の性質は超連射散弾、多く長く閃弾を放つ事ができる。
急いで駆ける朝人。だが。
「ぐッ…!」
躱わしきれない朝人の足に2、3発命中した。奥歯を噛み締める。
(脚を取られた…!)
「よぉし、仔鹿捉えたり」
バルトは笑う。彼の散弾は低威力。だがそれは獲物を弱らせるための攻撃。二撃目で確実に仕留めるための。
「くく、悪いがこれは戦争だ。未来ある少年よ、さらば」
そう言い、閃弾を出現させるバルト。不条理、これが戦争、これが帝国。
朝人は唇を噛み締める。
「くそ……親父を超えるために!! まだ死ぬわけには───!」
それはまさしく、夜空を裂き、雲を抜け貫く流星。
───────バシュン!
バルトの脳天を、一発の閃弾がぶち抜いた。
重力に引っ張られ無情にも倒れるバルト。
(な、何が……起きた……?)
朝人は目の前のあり得ない光景に目を見開いた。
今際の際、バルトが見たのは高台。森を抜け、険しい岩場を登った先───
夜鳥羽静馬がそこにいた。
「命中だ、夜鳥羽。……ほんとに当てやがった」
久世原少佐直下特殊部隊・中尉の錆丸が、双眼鏡を覗き込みながら驚愕する。
「はい! 錆丸中尉」
静馬は装着している望遠モノクルの視界の中で倒れるバルトを見て胸を撫で下ろす。
そんな夜鳥羽を見て錆丸は気づいた。
「夜鳥羽、体ァ震えてんぞ。人を抜いたのは初めてか?
それとも武者震いか、自分の狙撃に」
静馬は自分の腕が痺れているを感じた。そして答える。
「……どちらもです……!」
数分前。
錆丸ら、士官5名は高台の岩場に到着した。
紫髪の眼帯の男、錆丸中尉は毒を吐く。
「おいおい、本当にここであってんのかなぁ、久世原少佐」
錆丸小隊が指示された持ち場は、眺めの良い高台。両軍が衝突するであろう鶴崎平野が一望できる。だが当然閃弾は届かない。
「は、はい。でもたしかにここへ行けと…」
耳当てをしている黒髪の小柄な女性、雪代少尉がオドオドしながら錆丸に話す。
「あぁ悪い。キレてるわけじゃないんだ。
ただ人使いの粗い久世原少佐に腹が立ってるだけなんだ」
(錆丸さん…キレてる)
雪代はそう思ったが口には出さない。
「んで、久世原少佐は言ってたワケよ。全てこいつに任せろってな。なぁ、夜鳥羽!」
「…! はい!」
静馬は強張る体から精一杯の声を出した。
その右目には、望遠モノクルを装着している。
「一体どういうことなんだよ」
「はい、俺は───」
「ちょ、ちょっとアレ!!」
その時、雪代少尉が後方を指差した。
自陣側が騒がしくなっている。後方部隊の待機する森中の小草原、バルトの奇襲が始まったのだ。
「雪代! 伝令だ、本陣に状況を伝えてこい!
九重! 鳴波矢! お前ら援護にいってやれ! 間に合うかどうかは二の次だ!」
「「「はい!!!」」」
錆丸は素早く指示を出した。部下がそれに素早く呼応する。
「夜鳥羽は───」
錆丸が指示を出すその前に、静馬はその後方部隊の方を見ていた。左目を瞑り、右手を突き出して固定する。
(おいおいまさか………ここから狙うつもりか?)
錆丸は驚愕する。
高鳴る胸。震える右腕。奪わんとするのは敵の命。
撃てるのは一発、外せば被害は甚大。心が揺らぐ。
そんな雑念を振り払う。英雄になる、ただそれだけ。彼の心は撃ち抜くことだけに徹した。
狙うは敵将。彼の右目がバルトを捉えた時、火炎の中堂々たる姿に、彼が排除するべき将であると確信する。
細く放たれた閃弾、それは狙撃専用に改良・訓練したもの。空気を裂きながら勢い良く飛んでゆき、バルトを撃ち抜いた。
まさしく夜空を切り裂く流星。夜鳥羽は呟いた。
「【夜天穿】……!」




