第三十三話 笹良木誠一
──────紅羽大戦、数日前。紅羽支部・士官食堂にて。
「おい、笹良木」
「……侑」
久世原は、食堂の机に座って昼食を食べている笹良木誠一少佐の真正面に座った。
笹良木からすれば、久世原の方から絡んでくることなど、槍が降ることよりも珍しいこと。笹良木の眼は丸くなる。
「……」
久世原は何も話さない。
食堂の喧騒の中、二人の沈黙は続く。
「おい、久世原、自分から座っておいて何も──────」
「夜鳥羽静馬は連続で一発しか閃弾が撃てない」
久世原は急に話しだした。
「は!?」
笹良木はさらに驚愕する。それは、自らが資料室に忍び込みやっとの思いで見つけ出した〝狙撃手の弱点〟。それを久世原はあっさりと話し出した。
「お前、何を──────」
そこまで口に出して、笹良木は口を閉ざす。久世原の顔の真剣さに気づいたからだ。
「頼み事があってきた」
「何だ」
「今度の大戦、夜鳥羽の狙撃が必ず必要になる。一発じゃだめだ。少なくとも二発、敵将を狙撃してもらわなければ、こちらは一気に崩れるだろう。だが」
「〝夜鳥羽静馬は連続で一発しか閃弾が撃てない〟。二回目の狙撃まで回復を待たなきゃならねぇ……と」
笹良木はたくあんを口へと運んだ。久世原は食事に手を付けず、握り拳にさらに力を加える。
「……その間、夜鳥羽を護衛してくれ」
「……は? 誰に頼んでるかわかってんのか? 俺は夜鳥羽を捕らえて自分のために利用しようとした男だぞ」
「わかってるさ。お前は笹良木誠一、俺と同じ白嶺地方の同期で、性格はねちっこく、いやらしい」
「お前な──────」
「だが」
久世原は顔を上げた。
「最も信頼に足る男だ」
「……!」
笹良木は頭を横に振り、息を大きく吐く。
「……上手いように言うな。夜鳥羽の秘密を知ってて、ある程度地位があるのが俺ってだけだろうが」
「そうとも言える」
「……誰がやるかよそんなこと。夜鳥羽を守ったところでお前が得をするだけだ。
俺に利が無いだろうが」
「利ならあるだろう」
「はぁ!? どこに!?」
「天照国を守れる」
「…………!」
笹良木は立ち上がる。そして、久世原を睨んだ
「いいか、俺はお前を好敵手だと思っている!
今は、俺が少佐で、お前が中佐。その差は夜鳥羽を部下に置けたか、置けてないかだ!
お前に負けてるなんざ思っちゃいねぇ!
……国が滅びようが、地球が消えようが、お前にゃ協力しねぇ!」
そう言って、笹良木はトレーを持ち上げ、踵を返す。その背中に久世原は語り掛けた。
「頼んだぞ、誠一」
「黙れ、侑。俺は俺のやり方で動く」
──────現在。紅羽支部北門棟・4階。
バルボラと対峙したのは、笹良木。
「俺が夜鳥羽の御守り……侑の野郎、舐めやがって……!」
笹良木は苦虫を嚙み潰したような顔でバルボラを見る。
「俺はお前の想い通りには動ねぇぞ、侑」
(このままバルボラをぶっ殺して、夜鳥羽を連れて逃げてやる。そんで、侑の背中ぶち抜かせたら、俺の天下だ)
「……そう思ってたのによ」
笹良木の耳に残るのは、この北門に潜伏していた時に戦場の方から聞こえてきた爆発音。
それは、11年前、白嶺地方で聞いた悪夢のようなメルクリウスの爆発。
当時の同僚は、内から膨れ上がるメルクリウスの閃弾によってはじけ飛んだ、その光景がフラッシュバックする。
笹良木は久世原同様、いや、戦場に出ていたからこそ、久世原以上に怒りが込み上げている。
「メルクリウス……あいつを潰せず死んだら、白嶺の奴らに顔向けできねぇ。そのためにゃ、夜鳥羽の狙撃は必要だ」
笹良木は、視界の右側、廊下でよろよろと立ち上がる静馬を見た。
「それまで、手ェ組んでやるよ。侑」
「笹良木少佐……」
静馬は呟いた。
笹良木は静馬の横の鳴波矢を見る。
「おいそこのチビ」
鳴波矢は自分自身に指を向け、『俺?』と言わんばかりの顔をする。
「そうだ、お前だ。援護頼んだぜ。
【磊落】!」
そう言って、目の前のバルボラに五発の閃弾を撃ち込む。
だが、それは全てバルボラによって正確に相殺された。
「へへへ、援軍かい。1人でか?
強そうには見えないねぇ」
流暢な天照語でバルボラは語りかけた。
笹良木はそれを無視して考え込む。
(天照語……ここまで異国語を流暢に話せるのは、それ専門に今まで訓練してきた証拠。幽澱の特殊情報部隊……すなわちこいつらはこの紅羽支部に潜入してきたってことだ)
「紅羽支部周辺の監視はヌルくねぇ。どうやって入ってきやがった」
「いやいや、お前たちの警備は優秀だったさ。おかげで〝5人〟しか潜入出来なかったよ」
「……!」
笹良木は目を動かして把握する。
(夜鳥羽の近くに横たわってるカイとガロウラ!
俺がさっきふっとばしたビーダップ!
目の前のバルボラ!
あともう1人! いや────)
「ハッタリだろ」
結論までわずか1秒。笹良木は閃弾を顕現させた。
バルボラは笑う。
「へへへ、御名答。だが俺が欲しかったのはお前の迷いじゃない。時間だ」
バルボラの両手は空いている。だが彼の広い背中、笹良木と鳴波矢の死角で二発の閃弾を顕現させていた。それに一瞬早く気づいた鳴波矢が声を上げる。
「おい笹良木! バルボラの後ろだ!」
「……!」
気づいたとて遅い、と言わんばかりに笑みを浮かべるバルボラは叫ぶ。
「お前を一撃で屠るためのチャージの時間さぁ!」
【豹変撃劇・6速】!」
ひらりを身をかわしたバルボラ。圧縮された二つの閃弾はそれぞれ別方向へと真っすぐ飛ぶ。
ひとつは廊下に横たわる静馬の方へ。もうひとつは正面の笹良木の方へ。
そこで初めて隠されていた閃弾を笹良木は目にする。
(─────来る)
そう笹良木は思った次の瞬間には、その閃弾は笹良木の右わき腹を貫いていた。
「ぐふっ……」
(速い────どころじゃねぇ……!)
同時。鳴波矢は覚悟を決める。閃弾を使う覚悟を。
痛む体に鞭を打ち、叫ぶ。
「【渦波】!!!」
顕現されたのは液体状の閃弾。それは渦を巻き静馬の周りを取り囲む。
笹良木よりもバルボラとの距離があったことが功を奏しギリギリで鳴波矢は反応した。
激しく渦巻くそれは、バルボラの鋭い一撃を弾く。
だが、その次の瞬間。鳴波矢は地面に倒れこんだ。
彼の閃弾【渦波】は、体内の水分を自らの閃弾に混ぜることでその液体状を再現している。
脱水症状。彼はここで倒れることを覚悟してでも、静馬を守った。
床に臥す鳴波矢、脇腹を貫かれた笹良木。
バルボラは笑みを浮かべながら追撃の閃弾を顕現させる。
「心臓を狙ったんだけどなぁ。やっぱ、見えないところで閃弾出すと狙いがいまいちだ。
ま、いいか。へへへ、終わりだ」
──────ゴトリ
その時。笹良木の軍服から鉄板が数枚落ちてきた。
「あ?」
「【磊落】!」
笹良木が先ほど発現させた、大砲のような閃弾を一発放った。
バルボラはギリギリで躱すも、その大きな閃弾はバルボラの準備していた閃弾をかき消した。
「へへへ、鉄板を仕込んでたのか」
笹良木は貫かれた脇腹を摩りながら話す。
「……げほっ。……何も準備してねぇわけねぇだろ。貫かれたのは予想外だったけどよ」
「初撃は受けるつもりのカウンター狙いだったというわけか。へへへ、良い胆力だ。
だがよ、お前は攻撃の選択肢をもう全て晒した! 違うか?」
「……さぁね」
笹良木は、廊下の奥の夜鳥羽と鳴波矢に目を向けた。
それは〝逃げろ〟という意味の目配せである。だが、二人はそれ以上動く様子もない。
(夜鳥羽と鳴波矢は動けねぇか、くそガキどもめ)
「……ならよ」
笹良木は閃弾を再度生み出した。
と、同時。敢えて大立ち回りしたことで、バルボラも夜鳥羽と鳴波矢の2人が動けないことを悟る。
「へへへ、決めてやるぜ。【豹変撃劇】!」
「……見せてやるよ、俺の奥の手」




