第三十二話 北門棟内乱戦
紅羽支部北門棟屋上へ続く階段。その踊り場で、クライネ私設兵隊長・バルボラは不気味に笑った。屈強な体に金の辮髪が揺れる。
「へへへ、狙撃手が屋上に居なかった、ということは……なぁ、ビーダップ」
バルボラの部下、骨ばった顔の細長い男ビーダップは顎に細い指をあてる。
「えぇえぇえぇ。我ら幽澱隠密部隊〝黒豹〟がこの建物に潜入してから4分と23秒。
その間に屋上から我らと遭遇せずに、対象が建物外に逃げるには3分ほど足りないでしょう。現在いるのは、屋上の5階の間の階段。いかに早く我らに気づいたとしても──────」
「端的に言え、ビーダップ」
黒髪の美形の男が、ビーダップを止める。
「えぇえぇ、すいません、カイ殿。私の見解では、隠し通路の可能性などありますが──────」
「端的に」
カイは強い眼力でビーダップに詰め寄る。
「狙撃手は5階、もしくは4階に逃げ込むのが精いっぱいでしょう」
バルボラはそれに頷いた。
「へへへ、そうだろうな。
ここからは二組で動く。カイとガロウラで組んで動け。ビーダップは俺と来い……用心しろよ。狙撃手は結果だけを見ればクライネ様から逃げ出しているのだからなぁ」
「サーイェッサ」
───階段を降りる音が聞こえた。
5階の捜索を終えたバルボラ率いる〝黒豹〟が4階へと降り立ったのである。
廊下の一番奥の物置部屋、そこに潜んでいる鳴波矢と静馬の元に、コツコツと木造の床に響く足音が近づく。
その足音から、鳴波矢はバルボラ達4名の位置を何となく把握していた。
(こちらに向かってくるのは2人……もう一組は恐らく階段を見張っている……!)
そして、座っている静馬にに小さな声で話しかける。
「夜鳥羽さんは、ここで待っててくださいね」
「そんな……俺も、戦います……!」
一発撃った影響で、体力の限界がきている静馬は絶え絶えにそう返事する。が、鳴波矢は首を横に振った。
「俺に任しといてください」
そう言って、扉の方を睨んだ。
「────俺たちは奥から調べるぞ、ガロウラ」
「……」
カイの指示に、坊主の男・ガロウラは無言で頷く。二人は廊下を進むと、静馬と鳴波矢が潜む部屋の前へと立った。
ガロウラが手で合図をしてから、ドアノブに手をかける。そしてそれを捻った。
その瞬間。
音を立て勢い良く扉が開く。
「……!」
鳴波矢は腰につけた剣を抜くと、扉を出た先にあった、ガロウラの左手首を一閃する。
「ガロウラ!」
カイが叫ぶ。当然、廊下の階段付近にいるビーダップとバルボラも反応した。
(やっぱり手前には二人!)
鳴波矢は目の前の、閃弾を放とうとして突き出したガロウラの右手の平も一瞬で掻っ切る。
部屋から見ていた静馬は驚愕した。
(なんだ、この……鳴波矢の動きは)
閃弾戦争が主流となった近年では近接戦闘を行う機会は少ない。それでもこのような狭い空間では、剣が抜かれることがある。そして、対閃弾使いと剣で相対する場合、致命傷を与えるのが難しいのなら、閃弾を操る手を狙うのがセオリーなのだ。
(ガロウラは無効化した!
このままこの坊主を盾に、カイを斬る!)
鳴波矢は敢えて、ガロウラを殺さなかった。生かしておくことで盾としての価値を高めるためだ。
だが。
──────ドッ!
ガロウラの腹部。そこから剣が飛び出てくる。
その切っ先は、鳴波矢の目の前ギリギリで止まった。
「ありゃ、惜しい」
カイは自身の剣を抜き、ガロウラの剣を貫いたのである。
ガロウラを盾として使うことを即座に見抜く洞察力と経験、無情に味方を切る判断。
(……! これが幽澱っ!)
「くそ野郎が」
鳴波矢は怒りを滲ませた。
ガロウラから剣を抜いたカイは、一振りして血を飛ばす。
「くそ野郎? 結構、これは戦争だよ」
カイはそう呟き、剣を鳴波矢に向けて振り下ろす。
それを鳴波矢は弾いた。
「お~やるじゃん」
カイは続けて二撃、三撃と繰り出していく。
鳴波矢はそれをさらに斬り返す。その視界、カイの奥に幽澱軍服を見た。
瘦せこけた頬の男、バーダップである。
そして、彼が、閃弾を放つのが見えた。
(またカイごと撃つつもりか……!)
バーダップは叫ぶ。
「えぇえぇ、行きますよぉ!
夜空の彫像! 神代の天啓! 我が手を離れ喧めけ!
【星座の煌めき】ァ!」
放たれたのは、10発ほどの星のような輝く小さな閃弾。それは、カイの背中に向かう。
「ったく、端的に言え」
カイは呟いた。
『奴に当たる』そう鳴波矢が思った瞬間、その星々は、カイの首の横、脇の下、股をそれぞれすり抜ける。
「……まじか」
鳴波矢は驚愕する。そしてその【星座の煌めき】は斜めに曲がり鳴波矢に襲い掛かる。腕や足に鋭く貫通した。
「……うぐっ……」
狭い廊下、そのさらに狭い所、カイの隙間を通す腕前。見えなくても適切な所で閃弾を曲げる経験値。
(やっぱ無茶か……)
【星座の煌めき】の威力は低い。だがこの状況、互角の剣戟を繰り広げていたカイへの援護として最適だった。
「お前は狙撃手……じゃ、ないよな」
カイは、怯んだ鳴波矢目掛けて剣を振り下ろす。
「──────!」
鳴波矢は咄嗟に身体を捻った。そして歯でその剣を止める。
「なっ……」
「|はひはめふわへ、へーはほ《諦めるわけ、ねーだろ》!」
唇の横から血が滲んだ。だが、そんなのは意に介しないように首を振る。
剣はカイの手元を離れた。
「こいつ……! イカれてんのか!」
カイは閃弾を放とうと右手を構える。が。
「あぁぁああぁあ!」
鳴波矢の背後。駆け出してきたのは静馬。
前のめりになってカイに突撃する。その勢いで二人は廊下の床に倒れる
「夜鳥羽さん! どいて!」
鳴波矢は痛む腕を振り上げ、迷わずカイの頭に剣を突き刺した。
そして振り返り、静馬に語り掛ける。
「助かりました。でも、もう無理はしないでください。
あと二人……俺が対処します」
そう言って、鳴波矢は奥の2人、バルボラとバーダップを睨む。
「へへへ、情けねぇなあの2人は」
「えぇえぇえぇ、ですがすでに満身創痍。問題ありません」
「護衛は鳴波矢だけだな。狙撃手は天照でも重要機密らしい、ちょうどいいな、へへへ」
鳴波矢は長く息を吐いた。両腕両足に走る激痛は消えるわけではない。
(これが……夜鳥羽さんを守り抜くことが……!
俺の〝使命〟なんだっ……!)
「──────【磊落】」
その時、階段で大きな音ともに閃弾が爆ぜた。
「なぁっ──────!」
不意を突かれたバーダップは【磊落】を真正面から喰らい、廊下の壁にぶつかると地面に倒れ込んだ。
バルボラは階段の方、下から上がってきたその筋肉質の男を見て呟いた。
「へ、まだ護衛が居たか……」
その男は、苦虫を嚙み潰したような顔で喋り出す。
「俺が夜鳥羽の御守り……侑の野郎、舐めやがって……!」




