第三十一話 未来の英雄
「夜鳥羽さん!? 夜鳥羽さん!」
不安から固まった静馬に、鳴波矢 夕は叫び続ける。
「あなたが撃たなきゃ! 誰がこの戦場を救うんだ!」
その時。戦場で動きがあった。
「……!」
静馬には、それが光に見えた。
◾️戦場東側
「待て!!!」
幽澱の援軍兵に担がれて下がっていくルカに、藤堂朝人は叫んだ。
ルカは、援軍の肩の上で、目を覚ます。状況を理解し、笑う。
「……勝負はお預けだな、未来の英雄!」
朝人は想像していた。奴の異常なポテンシャル、異端の閃弾特性、ルカを生かして返してはこの先脅威になる。それこそ、【六幽魔】級の───
「させねぇよ……」
朝人は呟いた。そして近くにいる指示を出す。
「今村部隊! 坂口部隊! 一斉掃射!」
それは朝人の指揮権外の部隊。だが、朝人の勢いに応えるように、彼らは幽澱援軍に閃弾を放つ。
幽澱の大盾兵は地面に盾をつき、耐える姿勢を見せた。その隙に、ルカを担いだ士官と、その近衛兵を逃がす腹づもりだ。
そんなこと、朝人はわかっていた。
「うおおおああ!」
朝人は駆け出す。落ちていた味方の盾を拾い上げ、幽澱の盾兵のバリケードへと突っ込んでいく。
「【焔苑狐・四翠】!」
超高密度の火炎を幽澱軍の盾に当て、その衝撃で盾を揺らす。朝人は自らの盾を捨て、その斜めになった敵の盾に飛び乗り、空へ舞う。
「【焔苑狐・八雲】」
折り重なる雲のような、広範囲の八発の火炎を上から叩き込む。盾兵たちは這いつくばるしかない。
地面に着地し、すぐにルカが担がれていく方を見た。20名ほどの別働隊、その中央に敵の士官。奴に担がれているのがルカ!
「【焔苑狐・一閃】」
狙い澄ます鋭い火炎。だがそれは士官の側近の盾に阻まれる。
「お、やるじゃーん!
でも、お前じゃ届かないよ? ざんねーん」
幽澱の士官が振り返り、朝人を煽る。
「……そうかもな。
でも、俺たちなら……!
【焔苑狐・九尾】!」
朝人の捨て身の猛攻。青白い火炎が敵の防御を撃ち崩し、隊列に乱れが生まれた───────
────それを遠くから、静馬は見ていた。
そして、朝人の言葉を思い出す。
『気負いすぎるなよ。戦場には俺がいる。狙撃手のことを知ってる俺がな』
「朝人…………!」
静馬は見えた。朝人が切り拓いた、狙撃の道筋が。そして迷わず腕を構える。不安はとっくに晴れていた。
捨て身の特攻で勢い余り、地に伏していた朝人は叫ぶ。
「いるんだろ? 静馬ァ!」
「朝人、ありがとう……
【夜天穿】!」
静馬の渾身の一撃。それは今まで放ったどの狙撃弾よりも、速く、鋭く研ぎ澄まされていた。
夜天穿は、空気を裂き、戦場を駆け、盾兵の隙間を抜ける。
そして、ルカの胴体を撃ち抜いた。
「……がぁっ……!!」
「ルカ!」
担いでいた士官は、ルカを貫通した夜天穿を肩に喰らいながら、彼を慮る。が、やがて彼の力が無くなっていくのがわかった。
「おのれ……! そいつを殺せ!」
士官は朝人を見た。
ルカを討ち倒すため、突撃した代償は大きい。朝人の前方には士官とその側近。背後には炎熱から抜け出した盾兵たち。
「……ここまでか」
朝人は静かに目を瞑る。生き残った上で英雄と名乗れるのはほんの一握り、と朝人は悟った。
だが〝ルカという将来の脅威を排除した〟その功績はまさに、未来の英雄。
「静馬、あとは頼んだぞ」
朝人は呟いた。士官が腕に力を込め、閃弾を顕現させる。その時。
「───目を開けろ。朝人」
低い声。聞き慣れたその声に反射的に朝人は目を開ける。
「【焔苑狐】」
左方から飛んできた爆炎が、幽澱軍を蹴散らした。
「……!?」
朝人はその飛んできた方をを見る。
「……親父……!」
そこに居たのは、英雄・藤堂黎次率いる第一大隊。桐野中将の命により来た援軍である。
藤堂大佐は朝人の腕を掴んで言い放つ。
「俺を超えたくば、生きることを諦めるな」
「……」
「そして、俺より早く死ぬことは許さん。いいな」
「……はい」
藤堂大佐は火焔をさらに生み出すと、こちらを睨む幽澱軍に放った。
「……トウドウ……レイジ……!!!」
士官はそう叫び炎に包まれていく。
「行くぞ、朝人。久世原の部隊に続く。この戦は俺たち東側が担っているんだ」
そう言ってから藤堂黎次は、横たわるルカを見た。
「………………」
「親父……?」
朝人は不審がる。
「……いや。なんでもない。……良くやったな、朝人」
「は、はい……!」
■紅羽支部北門屋上
「鳴波矢さん、朝人は……朝人は大丈夫ですか?」
静馬は、一発放った影響で膝に手をつき、顔を上げれないでいた。
「朝人さんは無事っぽいです! 英雄の援軍が間に合いました!」
「……よかった」
「夜鳥羽さんこそ大丈夫ですか?」
「は、はい……」
いつもより動悸が激しい静馬は座り込む。
「……ま、一旦休みましょ。
体力が回復したら二発目、期待してますから──────
───!」
そこまで言って、鳴波矢は何かに敏感に反応した。
「どうしました、鳴波矢さん」
「いや……下の階で人の気配が」
「……え? 気配?」
「えぇ、まぁ。
にしても、今、部隊は出払っているはずですが……まさか──────!」
鳴波矢は、その小さな身体でいきなり静馬の身体を持ち上げて、無理やり担いた。
「え? ちょ、ちょっと!?」
「夜鳥羽さん、失礼しますよ。逃げます!」
鳴波矢は、静馬を担いだまま、屋上の入り口へと駆け出す。鉄の扉を開け、階下へと続く無機質な階段を駆け下りた。
「──────こっちはだめだ! この気配、何人居るんだ……!?」
鳴波矢はそう呟いて階段を下りるのを止め、4階の廊下へと出る。
左右を素早く見渡すと、足音を殺しながら薄暗い廊下を右に進んだ。
「ちょ、鳴波矢さん?」
鳴波矢は、廊下の突き当り。鍵の開いていた物置部屋の扉を開けて、そっと静馬を床に降ろした。
「しっ! 静かにしてください」
「……!? 一体、何が──────」
「──────屋上、目標はいません」
小さい声が階段に響く。
「馬鹿、もっと小さい声で話しやがれ。屋上にいないのなら、この建物の中に隠れているということだ。狙撃手ちゃんがな、へへへ」
天照軍の青い軍服を着た、金の弁髪が左目にかかる不気味な男は、そう静かに部下を諫めた。幽澱語で。
「隊列を整えろ。潜入は終わりだ」
そしてその青い軍服を脱ぐ。顕わになるのは、深紅の軍服。幽澱軍の証。そして彼の部下3人もそれに続く。
「狙撃手を探せ。そして首を持ち帰るのだ。首から下は自由にしていいそうだぜぇ、どうしてやろうか、楽しみだなぁ」
彼は幽澱軍・クライネ私設兵隊長・バルボラ。豪快さと繊細さを兼ね備えたクライネの側近は、不気味に口角を上げる。
「我ら4人で、クライネ様を御支えするぞ。メルクリウス殿から参謀の座を取り返すのだ、へへへ」
「は!」




