第三十話 不自由な三択
西側手前の黄泉沢大佐と戦っているレグルス、
中央の音の鳴る閃弾を撃つセルロート、
東側奥の、藤堂朝人と戦っているルカ。
撃てるのは一発。狙撃するべきは誰だ。
静馬は考える。
■戦場中央
「今だ、戦線を立て直せいぃぃ! 騎馬隊は我について来い、今こそ蹴散らしてくれる!」
【幽澱七新将】の巨漢、褐色肌のルドンケは、大声を出した。
「待ちなさい」
それを同じく【幽澱七新将】の薄緑色の長髪の男、セルロートが静止する。
「なぜ止める!?
メルクリウス様の爆発閃弾・【寄り添う死】が発動した今、ここで攻めれば相手の軍は壊滅状態だろう!」
「その通り、今はチャンスです。だが命が惜しいなら自重なさい」
「何だと?」
「いるのでしょう、狙撃手が。あまり暴れると狙われますよ。常に、四方を盾兵が囲んでくれるよう位置取りを心掛けなさい」
「……そ、そうだな。さすがは頭脳派セルロート」
「こんなものは、狙撃手の情報さえあれば猿でも思いつくこと」
「な、猿!?」
イラつくルドンケをよそにセルロートは続ける。
「重要なのは、この猿でも思いつく狙撃対策をメルクリウス様が我々に講じなかった点にある」
「……! おいおい、メルクリウス様は俺たちが死んでも構わないと考えているとでも言いたいのか!?」
「それだけだと、良いんですがねぇ」
セルロートは護衛盾兵に囲まれつつ、長い髪をいじりながら、本陣の方を見上げた。
■戦場北側・幽澱帝国本陣
「メルクリウス様」
一人の兵士がメルクリウスの巨大なテントに入ってくる。そして、メルクリウスに耳打ちをした。
「くくく、そうかそうか、やっぱりか。覚醒したか、ルカが」
彼は戦術机の前に立つ。そこには、紅羽支部北部のジオラマとチェスの駒。メルクリウスは東側にあるポーンの駒を持ち上げると、それをクイーンに置き換えた。
「東側は現在、攻め込まれている……率いているのはクゼハラという男か、厄介だな」
クイーンの近くに、ルークの駒を二つ置く。
「今すぐ援軍を送れ! ルカを死なせるな!」
「は!」
部下は勢いよく飛び出していった。
■戦場西側 黄泉沢大佐 VS レグルス
黒衣を纏うレグルスは、黄泉沢大佐に近距離戦を挑む。通常の閃弾戦闘ではありえないほどの距離感に黄泉沢大佐は驚きを隠せない。
「【怒呉】!」
貯めたストレスだけ強化される炸裂弾を放つ。わずか3メートルの距離、レグルスは軽い身のこなしでそれを躱す。
(この距離で躱すだとおおお!?……レグルス一体何者だ!?)
地獄突進行軍で培った死の匂いをかぎ分ける力によって、体をのけぞりながらレグルスの右フックを躱した。
(特に匂うのは、レグルスの両手! 恐らくは射程距離の極端に短い閃弾! 触ってはいけない! それに、この近距離での戦闘……味方の援護射撃は期待できない、この私が──────)
「潰す! 潰す! 潰す!」
「やるな……お前」
拳を往なすのではなく、躱したことで、自分の閃弾の特性が読まれていることを悟り、レグルスは素直に賞賛を送る。
「だがな、俺の拳を見切った気になるなよ!
【獅迅刃拳】!」
「な……──────!!!」
【獅迅刃拳】は黄泉沢の読み通り、射程30cmに満たないほどの短距離閃弾。それを拳に纏うように使用し、打撃を強化する。
レグルスは特性は静馬の真逆、生まれつき射程が短い。撃とうとしてもすぐに閃弾は消失してしまう。だが軍に入隊することを諦めず、優秀な弟と比較されながらも、頭脳と武術を中心に鍛え大佐まで成り上がった叩き上げの男である。しかし、天照国との戦争では活躍の機会はなく、幽澱領岩宛県の統治のサポートをしていた。
レグルスの特性・〝超短射程〟を知るものは勝手に勘違いする。
『閃弾能力が低い』と。
黄泉沢も例外ではなかった。だから不意を突かれてしまった。
彼の眼前に広がったのは30発を超える閃弾。
(ぬかった……!!!)
【獅迅刃拳】は射程こそ短いが、同時に閃弾複数出すことの出来る点においては優秀な軍人と大差ないのだ。
「躱してみろや」
黄泉沢に30発もの閃弾が、近距離から撃ち込まれる。
「がはっ……!」
吹き飛ばされ地面に倒れ込む黄泉沢。レグルスは笑う。
「舐めたろ、俺を。知らしめてやる、俺が【獅閃】を継ぐものだということを」
と言ったところで、レグルスの眼は丸くなる。
「驚いたな」
黄泉原はよろよろと立ち上がる。死線を最もくぐった男は伊達ではない。
「これくらいの怪我ァ、いくらでも負ったことあるわ! これからだろうが、勝負はよォ!」
「……おもしれぇ」
■戦場東側 藤堂朝人 VS ルカ
「お前が未来の英雄……!? 馬鹿馬鹿しい」
ルカはそう吐き捨てるも、目の前の藤堂朝人のポテンシャルに慄く。
「藤堂朝人……かなりできるな……。くそが……」
前線で孤立しているルカは周囲を見る。
それでも前線で生き残っているのはルカの認知できない閃弾【暗黒凪風】により、天照軍の兵が迂闊に近づけないために過ぎない。
朝人の火の粉の閃弾【焔苑狐・六霧】により、【暗黒凪風】は可視化されてしまった今、守るものがないのだ。
「もっとだ……もっと……!!!」
ルカは気を貯める。だが、一手早いのは朝人。
「させるかよ。
【焔苑狐・九尾】」
熱のチャージが完了した朝人の白い爆炎が放たれる。それはルカに迫る──────
「──────あぁぁああ!!!!」
ルカは叫んだ。
その時。突如として現れた黒い竜巻がルカを包み込む。
「……何だと」
朝人は戦慄した。今まで見た閃弾の中でもっとも禍々しい渦。それに九尾は吸い込まれ塵となって消えたからだ。
収まった黒い竜巻の中心で、ルカはニヤリと笑う。
「……っ一斉掃射!!!」
朝人の背後、別の隊の中尉がルカを取り囲んでいた兵に命じた。だが。
「これだ……! 俺にはもう一段階上があった……!
【暗黒暴風】!」
再度渦巻く黒い旋風。この黒い閃弾はまさしく、かつてディートが命の間際に発した【黒い閃弾】そのもの。閃弾の極致である。
「くっ……まずい。
何とかしないと、ルカだけで天照軍は負けうる……!」
朝人は荒れ狂う風に耐えながら前を苦し紛れに見る。
「これは最強だ、アハハ、アハハ、アハアハアハ!」
高らかに笑うルカ。
「アハハ……アレ?」
眩暈、吐き気、体に走る激痛。足元が揺らぐ。そして竜巻の中心で、膝をつき、手をつく。
朝人は確かにみた。ルカが倒れているのを。
「……! 自爆? いや、限界が来たんだ。 当然だ、久世原中佐と正面から戦闘し、体に閃弾を喰らっているはず! 今なら……!」
主が気を失ったことで黒い竜巻が解除される。朝人は一歩踏み出しチャンスとばかりに距離を詰める。
だが。
眼前に広がるのは、幽澱の援軍。真紅の鎧に、大の大人が隠れるほどの巨大な盾。それを携えた屈強な男たち、少なく見積もっても100人はいる。
メルクリウスの指示した援軍が間に合ってしまったのだ。
朝人は黒い旋風に遮られ近づく彼らに気づくことが出来なかった。しかし、逆に援軍からすればすぐにルカの位置が把握できてしまったのである。
大盾兵がルカを取り囲み、幽澱の士官が、こちらに一斉掃射をする。
「待て!!!」
朝人は叫ぶ。だが、ルカは士官の肩に担がれ、奥へと下がろうとしていた。
■戦場南側・紅羽支部北門棟屋上 狙撃部隊 夜鳥羽静馬・鳴波矢夕
「夜鳥羽さん……これって……!」
鳴波矢が焦った声で静馬に話しかける。
西側手前のレグルスは近距離で細かいステップを踏みながら黄泉沢大佐と戦っており外す可能性が極めて高い。
中央の音の鳴る閃弾を撃つセルロートは、常に味方の盾兵の影に隠れている。
東側奥の、藤堂朝人と戦っているルカは、到着した援軍に四方を囲まれ守られている。
警戒するべき3人が、狙撃できない。
西、中央、東、どの盤面も予断ならない状況なのに、何も出来ない。
その無力感が静馬の鼓動を早くする。
「………夜鳥羽さん! 無理にでも西側手前のレグルスを撃ちましょう!」
鳴波矢が声をあげて静馬の肩を掴む。
────当たるのか?
そう、静馬はそう思ってしまった。
────もし、外したら?
────黄泉沢大佐に当たったら?
────俺の存在価値は?
無力感は不安を生む。不安は良くない思考を加速させる。
「夜鳥羽さん!? 夜鳥羽さん!」
鳴波矢の声は、届かない。




