第二十九話 天地にて火花は爆ぜる
■戦場中央
西側では、第二大隊隊長・黄泉沢大佐 VS レグルスが。
東側では、第三大隊・藤堂朝人上等兵 VS ルカが勃発する最中。
中央では──────
「我は、【幽澱七新将】のルドンケ! アマテルの民よ、恐れ慄くがいい!」
メルクリウスの人間爆弾が中央で炸裂したあと、戦況は加速していた。【幽澱七新将】を名乗る、褐色肌のルドンケ少佐が猛威を振るう。
【幽澱七新将】とはメルクリウスが有望な少佐7名に与えた呼び名である。自陣営の士気を高める意図があり、ルカを始めとする一般兵を少佐相当官に仕立て上げた策と発想は近い。
異なる点は、【幽澱七新将】に選ばれた彼らは紛れもない実力者であるという点。
天照国民に呼ばれ始めた【六幽魔】という呼称は所詮〝戦争で偶然功績を上げただけ〟、そう考えている他の実力者達の自尊心をメルクリウスは見抜いていた。
そして夜鳥羽によって【六幽魔】が討たれはじめた今、その自尊心を利用しない手はなかった。
新たに編成された【幽澱七新将】は【六幽魔】を支え、影に隠れ、抑圧されてきた実力者たちの想いを体現するかの如く、暴れ出す。
ディートやグリフォイアが戦死した事実と、それによる下がる士気を、逆に向上に繋げる策と手腕は見事。メルクリウスは言っているのだ、『次はお前の出番だ』と。
一方。中央を担当するは、紅羽支部長・桐野中将。
彼らもまた、士気は十二分。紅羽支部が堕ちるようなことがあれば、天照の侵略は大きく進んでしまう。兵の一人ひとりに、自らが最後の砦である、という想いがある。
戦場の中央で互角にぶつかり合う。
褐色で筋肉質の【幽澱七新将】ルドンケは、戦場で現れた隙を的確に突くような采配を魅せる。が、それを桐野中将は適切な指示でカバーする。
こうなれば苦しいのは互いの戦線を張る鉄盾兵のバリケード。
それは徐々に綻び始め──────
決壊した。同時に。
「今や」
ニッと笑ったのは、桐野中将と共に、戦場中央に配備していた第四大隊隊長・神谷泰介。天下の台所〝紺西地方〟から来た最年少大佐である。
「行くで、自分ら! 【大輪花】!!!」
神谷の放った一発は風を切る音と共に空高く飛んでいく。そして、ドンという音を放ち昼の空に大きな花を咲かせた。
神谷泰介の閃弾【大輪花】は花火の閃弾。汎用閃弾である信号弾【彩色】から独自に派生させ、花火を再現したものである。
「まだまだ止まらんでぇ!」
彼は次々に閃弾を生み出すと、生み出したそばから空へ撃ち上げていく。赤、橙、白、様々な色の花を咲かせる。
紺西地方からの援軍である第四大隊の特徴は、悪く言えば荒っぽく、よく言えばはねっ返りが良い気質。ルドンケが発した【幽澱七新将】という新たな名称に対しても、むしろ強気になっている。
「おおおお!!!」
天照国に伝わるの夏の風物詩〝花火〟は、文化の象徴。夜空を彩る美しき花。
それは異国人の眼を奪い、また自陣を鼓舞した。
衝突する両軍。確実に、天照軍に戦況は傾き始めた。
「……うぐっ」
幽澱帝国の前線を崩さんとする天照軍の勢いに気圧されるルドンケ。悔しそうに拳を握りしめる。
「落ち着きなさい、ルドンケ」
「セルロート……」
話しかけたのは、同じく【幽澱七新将】であるセルロート。細目の彼は、薄緑の長髪を靡かせて、低い声で助言をする。
「メルクリウス様は常々仰っているでしょう、冷徹になれ、と」
「だがな、セルロート。それは……」
「甘いのです。我はメルクリウス様から指揮権を任された身、その想いに答えねば。託されたのは、ルドンケ、貴殿も同じでしょう」
「……あぁ」
「負けは許されません。ただでさえ、天照国を侵略するのに11年もの月日を労してしまっているのですから」
セルロートは目を開く。そして4発の閃弾を顕現させた。
「【指揮者】!」
その4発の閃弾は、奇しくも神谷のものと同様、空へと高く飛んでいく。それらはピィィィと笛のような高い音を発していた。
「……!? 何や?」
それを怪訝そうに見上げる神谷大佐。
「───────はいはい、わかったわかった」
メルクリウスはそれを見て呟いた。
──────カッ
神谷大佐の両目に次に入ったのは、閃光、そして激しく立ち上る黒煙だった。爆発したのだ、倒したはずの幽澱軍の盾兵が。
「また爆発やと……!? さっきの音が鳴る閃弾は起爆の合図……!」
メルクリウスの寄生爆弾は二種ある。
人間に植え付け、死亡時に爆発する【寄生する卵】。
そして、人間に植え付け、遠隔で爆発を操作する【寄り添う死】。
今回は後者。メルクリウスが鉄盾兵何人かに寄生爆弾を仕込み、セルロートは前線近くで適切な鉄盾兵と、爆破タイミングを音で知らせる役割。
「そんなんアリか……?」
神谷大佐は、眼前に広がる爆発跡を見て言葉を失う。天照軍の把握する、メルクリウスの情報は【寄生する卵】のみ、この惨状は不可避であった。が、神谷大佐にとってそこは重要ではなかった。
「仲間を何やと思っとるんや、屑が……!」
神谷大佐の眼は、指揮棒を振るうセルロートをまっすぐ睨んでいた。
紅羽支部長を務める天照軍総大将・桐野中将は、その戦場を俯瞰していた。
(西側は黄泉沢が苦戦しておる。東側は久世原が上手くやっているようだが、張り切りすぎだ。そして中央は互角だったが、いつ地面に転がっている敵の兵が爆発するともわからない状況、兵が怯えてしまっている)
次の手を思案している時、あることに気づく。
「前線が斜めになっている……?」
(西側は思ったよりも前線が上がっていない、一方で東側は久世原が攻め上がっているようで前線は高い。中央は互角だが、下がり気味だ)
「このままでは久世原のいる第三大隊が孤立する! 横の部隊である第一大隊隊長・藤堂大佐に補助に行くよう伝えろ!」
「はっ!」
命令された部下は迅速に駆け出す。
(久世原は誘い込まれた? いや、久世原の威勢が良いのは事実、下手に誘い込めばそのまま部隊が壊滅するほどだ。だが、何か意図を感じる。この絵を描きたかった何者かが作用しているように思える粘っこい違和感……何を見落としている?)
◇◇◇
「誰を狙うべきっスかね、夜鳥羽さん」
「そうですね……」
戦場南部。紅羽支部の北門棟。扇形に並んでいた天照軍の陣形の中心にある紅羽支部の高くそびえる門、その屋上に静馬はいた。
錆丸は怪我を負っているため、特殊狙撃部隊は、夜鳥羽静馬と鳴波矢夕の2人。
異常な視力を持つ鳴波矢は静馬に話しかける。
「先ほども言った通り、俺の〝眼〟で見えた幽澱軍のやばい奴は3人です。
西側手前の黄泉沢大佐と戦っているレグルス、
中央の音の鳴る閃弾を撃つセルロート、
東側奥の、今は藤堂朝人と戦っているルカ……」
「……わかってます」
「この先誰が最も危険か、ですね。僕なら───っ」
鳴波矢はそこまで言って口をつぐんだ。余計なことは言ってはいけないと、そう感じたのだ。静寂とも言っていいほどの、静馬の集中力に。
静馬が久世原から命じられたのは、二つ。
『序盤に一回狙撃すること』
『体力が回復したあとの二発目は慎重を期すこと』。
意図はわかっていた。狙撃を早いうちに行うことで、幽澱軍に狙撃の圧をかけるため。
狙撃対象は、もちろん天照軍に最も脅威となる人間。静馬は右手を構えた。
「狙撃するのは────」




