第二十三話 綺麗事
「夜鳥羽静馬、今度は俺の下に付け! 侑が信用できないんだろ? なぁ!?」
笹良木少佐の勧誘が倉庫に響く。
「……っ」
静馬は耐えきれず、倉庫の二階部の柱の裏から二人の前に姿を現した。
そして静馬は右腕を突き出す。
その指の先に居るのは、久世原中佐。姿を現した静馬に久世原は呟いた。
「夜鳥羽……」
静馬は静かに口を開く。
「久世原中佐、俺と初めて出会った日。俺を拾ってくれたのは国のためですか、それとも、自分自身のためですか」
「……俺自身のためだ。帝国に反旗を翻し、また、この国の軍をより良くするために使えると思った」
久世原の言葉に、笹良木少佐は鬼の首を取ったように反応する。
「そらみろ、夜鳥羽!」
笹良木をよそに、久世原は続けた。
「俺は紅羽支部に逃げ込んできた人間だ。筒軽の仲間の犠牲があって、今がある。
……俺は彼らに報いなければならない責任がある、全力でだ。そうでなければ、生き延びた意味がない」
「……責任」
「はっ、綺麗事だな」
「生き延びたのならば、全てを使って、仲間の無念を晴らせ。
『英雄とは屍の上に立ち続け、全てを守り、希望を与え続けていく責任がある。』……藤堂大佐はそう言っていたな。これが屍の上に立つということだ」
「今度は仲間の亡霊のせいかよ!
自分の家族が恋しいだけじゃねぇのか!?」
笹良木少佐は厳しく追求する。
「妻と娘の件について私情が混じっているのは認めよう。だが、彼女たちもまた、彼らの犠牲の上で逃げることの出来た民だ。救わぬ道理などない」
久世原は、突きつけられた静馬の右腕を真っ直ぐと見た。
「夜鳥羽……お前の力を貸してくれ、頼む」
静馬はその時初めて久世原中佐の眼を見たような感覚に落ちた。初めて対等に接した、と。
静馬は少し遅れて返事をする。
「……わかりました」
「待て! 待て待て待て待て!」
笹良木少佐は当然黙っていられず騒ぎ出す。
「いいか、侑はお前の才能を天照軍に公表することだってできたはずだ。そうすりゃお前はとっくに英雄になって持て囃されてるだろ!」
そこに鋭く久世原中佐が刺す。
「詭弁だな。公表した所で、すぐに箝口令が敷かれるだろう。狙撃手の特性上、隠しておいたほうが都合がいいからな。軍の腐った上層部に利用されるのがオチだ」
「っ……」
静馬はまた口を開く。
「久世原中佐、俺の力を貸すには条件があります」
「──! ……なんだ」
静馬は思い出していた。
狙撃手であることがバレた後の、朝人との会話を。
(等々力大佐の暗殺に対し、自分の意思で行ったと即答できなかった。
『もし、中佐が間違ってると思ったら、中佐を撃ってやればいい』という考えに対し、甘いと指摘され、その通りだと思った。
自分の意思でいるつもりで、久世原中佐の言いなりだ。意識していなかったけど、きっとそれが楽なんだ。どこかでまだ俺は子供だった、でも……──)
「俺の狙撃対象に味方を入れないことを約束してください。でなければ俺が久世原中佐を暗殺します」
「……! ……本気か」
「はい、これが俺の狙撃の使い方です」
再度、力強く右腕の先端を久世原に向ける。
(──等々力大佐の暗殺を命じられた時、こうするべきだったんだ。
英雄になるという目的のために自分が行うこと……それには自分で責任を持たなくちゃいけないんだ。
力が、あるからこそ……!)
「久世原中佐なら、その腐った上層部を説き伏せることだって出来ますよね。時間はかかるかもしれませんが」
「…………わかった、条件を飲もう」
──────ギィィィン!
金属音が倉庫内に響き渡る。
それは、笹良木少佐が錆びた金属棒で倉庫の壁を叩いた後だった。
「ふざけんなよ……!」
笹良木少佐は金属棒を振り回して、久世原中佐に向ける。
「そんな私的なことで、夜鳥羽の才能を食い潰すってのか! 俺の方が上手く使える! 使ってみせる!」
「……貴様には任せられん。
それより、いいのか? お前の背後にいるのは、【暗中飛躍の狙撃手】だぞ」
────バシュッ!
「ガッ……!」
静馬は笹良木少佐の金属棒目掛けて閃弾を放った。
笹良木少佐は右手を押さえる。ガランと笹良木の手を離れて落ちた金属棒を久世原は拾い上げた。
「よくやった、夜鳥羽。この棒で叩いて、外でこの倉庫を今頃包囲している仲間に合図を送る算段だったのだろう? さぁ笹良木、教えて貰おうか、包囲解除の合図を」
「気づいてたってか……くそったれが……!」
笹良木は起き上がると、すぐそこにあった一斗缶を思い切り蹴り飛ばした。そして倉庫の出口へとヨロヨロと歩いてゆく。
そして振り返り、静馬を指差して言い放つ。
「『味方を狙撃しない』……秘密を知った俺を撃たないのはそういうことなのだろうがよ……甘いぜ!
いいか、いつかきっとまた何かを切り捨てなきゃいけねぇ時が必ずくる!」
笹良木少佐は薄ら笑いを浮かべた。
「筒軽を切り捨てたこの国のようにだ! 俺を生かしたこと、後悔するといい……」
そう言って笹良木少佐は重い扉を鈍い金属音を出しながら開ける。
「信用してますから。笹良木少佐を。
西門少佐に天照国を託された笹良木少佐を!
俺の狙撃は……この国を救うこと以外に使わないことを約束します」
静馬はそう口にした。
「クソが……少しぐらいは期待しといてやる。せいぜい足掻いてみせろや」
そう言い放つと、舌打ちしながら、笹良木少佐は倉庫を後にした。
◇◇◇
「クライネよ、全く君には失望したよ」
幽澱帝国領・鶴崎城。幽澱帝国の老将、ベイルは目の前に跪くクライネを見て、ねちっこく話す。
「独断先行!
天照の狙撃手を取り逃して成果なし!
挙げ句の果てに、【獅閃】のグリフォイアを戦死させた!」
「は、返す言葉もございません」
クライネは深々と頭を下げる。
「以前にはディートを死地送りにしていたのぉ。
……わかっているだろうな、クライネ。
貴様には、一度、指揮を降りてもらう」
「……は」
「まぁまぁ、そのくらいで良いじゃないですか。ベイル殿」
クライネの背後から声がした。クライネは振り向く。
「……お久しぶりです。メルクリウス殿」
そこにいたのは【蟲閃】のメルクリウス。かつて幽澱帝国軍を率い、天照の防衛線をこじ開けた偉人。
ベイルは髭をいじりながら話す。
「引退したのに呼び戻して済まなかったのぉメルクリウス。だが、お前は愛弟子に甘すぎる」
「くくく、甘くても、自分自身の仕事は果たしますよ。隠居していても、筒軽の雑魚兵どもにやられた爆発の傷が、疼いて疼いて仕方がないのですから」
「頼もしいのぉ。しばらくは参謀を勤めてもらう、任せたぞ」
メルクリウスはニヤリも笑う。
「ええ、また戦場に爆音を奏でられること嬉しく思います」




