第二十四話 紅羽蠢動
紅羽支部の会議室。依然として窮地の紅羽支部では怒号が飛び交う。
「どうなっているんだね! 篠田大佐!」
顎髭ともみあげが繋がっている第五大隊長・宗像大佐が追求した。
それに対し、白髪混じりの第三大隊長・篠田大佐は、とぼけた顔で応対する。
「はて、何のことか」
「お前の隊の、久世原中佐と笹良木少佐のことに決まっておろう! 紅羽港戦線で勝手に動き犠牲を出した! 統率の取れない部隊はいずれ混乱を招く! 自重してもらわねば困る!」
「六幽魔の1人、グリフォイアを討伐した。何か問題でも。それとも悔しいのかね、出世のライバルが功績をあげたのが」
篠田大佐の煽りに宗像大佐は激昂する。
「何をっ……! 貴様───」
「そこまでだ」
低い声が響き、会議室に緊張が走る。
声の主は、桐野中将。第四師団長であり、この紅羽支部の全指揮権を担う男。鋭い眼光と右頬の大きな古傷は過去の戦場を生き延びてきた証である。
「結果が出ているのなら何も問題はない。過程は当然重要だが、結果に勝るものはない」
その声は会議室を支配した。
現在の紅羽支部はいわば、寄せ集めの軍。幽澱帝国との最前線を保つために国中から援軍が集った軍である。そのため個性がぶつかり合うことも当然ある。
だが、それを纏め上げ、現在まで耐え抜いてきた紅羽支部の長が、元白嶺支部の長・桐野中将なのだ。白嶺支部の上層部唯一の生き残り、彼は幽澱の怖さも手の内も知り尽くしている。
「しっ……しかし桐野中将! 幽澱帝国には、等々力大佐を暗殺した狙撃手もいます! 単独行動を繰り返せばこちらの将が次第に削られていくのは明白……!」
「その通り。だが、その話をする前に狙撃手の前提について言っておかねばならぬことがある」
「は……?」
「藤堂大佐、例の話を」
困惑する宗像大佐をよそに桐野中将は話を進める。指名された第一大隊長・藤堂黎次大佐は口を開く。
「は。時は遡り、鶴崎平野撤退戦の時です。クライネに追い詰められた私を救ったのは、夜空を切り裂く流星のような閃弾でした。この閃弾特徴は、元第二大隊長等々力大佐暗殺時、第二大隊の兵による多数の目撃情報と合致しています。そしてそれは今回の紅羽港防衛戦でも、グリフォイア討伐時に目撃されました」
桐野中将は立ち上がり、話し始める。
「藤堂君、ありがとう。
つまり。長距離射撃使いはこれまで歴史上発見されていないことから、この3回の狙撃が同一人物であると仮定しよう。そしてそれが幽澱軍の人物とも仮定する。
クライネという幽澱の絶対的参謀の作戦に反するだろうか? いやない。
少なくとも、幽澱側ではない。天照側、あるいは中立と考えるのは自然だ」
「しかし等々力大佐を狙撃しているのですよ……!?」
「そう、なぜ狙撃手は等々力大佐を狙撃したか。考えられる可能性は3つ。想像つくかな」
「……え? ……私怨……ですか。」
「うむ。それが一つ目。等々力君を内心快く思っていない者がいたかもしれんな」
「狙撃手は幽澱軍籍だが、クライネ・あるいは幽澱軍そのものに思うところがあり裏切った。中立となった狙撃手に不運にも見つかり狙撃された可能性もあります」
藤堂大佐が発言した。
「その通り。二つ目は、元幽澱軍である可能性だ。潜伏中、天照側に見つかるわけにもいかず狙撃を選択した、というのは自然だろう」
「三つ目は……?」
宗像大佐は髭を拵えた顎を触り考える。桐野中将は口を開いた。
「〝偽善者〟だ。等々力大佐の部隊は犠牲者が最も多い部隊だった。『消した方が軍の為』と行動した者がいてもおかしくない」
「……!」
「厄介なのは偽善者である場合だ。『必要ない』と判断すれば、彼はまだ味方の暗殺を続けるかもしれない。ともかくだ、各人、これらの可能性を頭に入れ、少しでも妙な所、気づいたことがあればすぐ私に報告すること! いいな!」
「「「はい!!」」」
規律のある返事が響き渡る会議室。その端で、久世原中佐は顔をしかめていた。
(〝偽善者〟だと……ふざけるな)
◇◇◇
「よっと、よいしょっと」
錆丸は松葉杖をつきながら、廊下を歩く。彼はクライネとグリフォイアの急襲を久世原に報告したあと、保護されていた。そして治療を受け、包帯を体中に巻きながらも復帰を果たしていた。
その復帰初日。錆丸は久世原中佐の部屋に呼ばれていた。
「ふーーっ、全く一苦労だぜ」
中佐の居室の前にたどり着くと、松葉杖を小脇に抱え、ドアノブを捻る。
「お疲れ様で──────」
──────ゾッ
錆丸は部屋に入るなり違和感を感じ取る。その違和感の正体は、すでに部屋の中にいた夜鳥羽。
(……? 夜鳥羽……なんか変わったな)
「あ、錆丸中尉、ご無事でよかったです」
静馬を見つめていた錆丸は慌てて返答する。
「あ、よ、夜鳥羽こそ無事でよかったぜ。俺ぁ死んだかと思ったよ」
(何かあったな? 肝が据わったっつーか、一皮剥けたっつーか)
「揃ったな」
久世原中尉は、机に手をついて話し始める。
「夜鳥羽の狙撃の目撃情報が増えてきている。その正体を掴まれるわけにはいかない。そこで、狙撃部隊を増員することにした」
物陰からひょこっと現れたのは、髪の毛が尖った背の小さい兵。
「鳴波矢夕 と申します!
年は19、階級は二等兵です!
よろしくお願いします!」
「お前は!」
錆丸は驚いた。無理もない、彼は錆丸の部下の1人であるのだ。錆丸は問う
「しかし、なぜ鳴波矢を狙撃部隊に」
「それは、見た方が早いな」
久世原中佐は窓の外を親指で差した。
「夜鳥羽、外に何が見える?」
「え……?
訓練用の運動場と……その奥に何本も木が生えていて……くらいですかね」
困惑する錆丸と静馬。続いて久世原中佐は鳴波矢に問う。
「鳴波矢、お前は?」
「えーと、今挙げてもらったの以外だと、蟻が数匹、木の所に黄色い蝶、枯れ落ちた赤い花、その上を這いずるダンゴムシに……」
「……!」
驚く錆丸と静馬に、久世原中佐は補足する。
「要するに視力が異常に良いのさ」
「な……! 鳴波矢お前なんで言わねぇんだっ」
錆丸は鳴波矢に問い詰める。
「すいません! 久世原中佐に口止めされていたもので! この視力のことは内緒にしとけって、入隊時に!」
「……どこまで秘密主義なんですか、中佐は」
錆丸は呆れる。
「あのっ」
鳴波矢は静馬に近づいた。
「貴方が狙撃手なんですよね! ディートやグリフォイアを撃ち抜いた……! 僕、光栄です! 夜鳥羽さんと共に働けて!」
上目遣いで目を輝かせる鳴波矢に、静馬の上半身はのけぞる。
「あっ……いや……け、敬語やめて下さいよ。
俺16なんで、鳴波矢さんのほうが年上じゃないですか」
「いやいや、僕は二等兵、夜鳥羽さんは一等兵じゃないですか!」
「いや……まぁそうですけど、うーん」
目の前にいるのは敬語を使う背丈の低い、後輩感の強い青年。だがその実は年上。静馬はやりにくいことこの上なかった。
「任せて下さい、僕が夜鳥羽さんの〝眼〟になりますから」
錆丸は久世原に問いかける。
「でもなんで今部隊を強化したんです?」
「今だからこそだ。お前たち三人には独立した〝特殊狙撃部隊〟になってもらう」
「!!!」
驚く3人。久世原中佐は続ける。
「軍に狙撃手の情報が出回り始めている。そして今回の一見で、幽澱帝国側も狙撃手を完全に把握していることがわかった。笹良木の件もある。誰に邪魔されるかわかったものではない。だからこそ、狙撃部隊を編成し、戦場で暗躍する必要がある」
「なるほど……」
「俺たちは誰も届かない影の部隊となるんだ。全員、気を引き締めろ」
久世原中佐は、鋭い目で、3人を見た。そして珍しく声を張り上げる。
「錆丸 銀 中尉!」
「……! はい!」
「鳴波矢 夕 二等兵!」
「はいっ!」
「夜鳥羽 静馬 一等兵!」
「はい……!」
「特殊狙撃部隊の本格始動だ。
暗躍するぞ、この国の未来のために」
「はい!」
◇◇◇
───満月の夜。紅羽支部・資料室。
月明かりの差す小部屋に蠢く人影が一つ。
彼は電気もつけずに、棚の資料を端から端まで漁る。
「……! これだ」
彼が棚から取り出したのは、〝第38期入隊生・閃弾能力測定〟。文字通り、入隊時の閃弾の能力測定の結果が記載された資料である。
ベラベラとページを捲る。そして、とあるページで捲る手を止めた。
それは夜鳥羽静馬のページ。その備考欄の文字を見て目を見張る。
〝正確性検査時、閃弾の射出限界を迎える〟
〝そのため威力、射程、連射力検査は未実施〟
〝体力が著しく低い体質の模様。そのため各検査の再実施の必要なし〟
「……そういうカラクリか。奴は一発しか閃弾を撃つことができない」
彼は顔を上げた。その横顔が月明かりに照らされる。
「上手くやったな、侑の野郎は。
だが見つけた、狙撃手……いや、夜鳥羽静馬の弱点!」
その横顔は、笹良木少佐。彼はまだ諦めていなかった。笹良木は口角を上げる。
「くくく、待ってろよ。侑、夜鳥羽」




