第二十話 宣戦の狂詩曲
幽澱帝国の宣戦布告から、一日。
天照国の北の窓口である巨大港・筒軽港は駐屯陸軍の抵抗虚しく火の海に飲まれる。
一言で表すならば蹂躙。幽澱帝国は兵士だろうが市民だろうが関係なく閃弾をまき散らす。
その夜。幽澱軍は占領した筒軽港で一晩を明かそうとしていた。交代で周囲を警戒する。
その港から目と鼻の先にある、白嶺地方の要、天照国陸軍筒軽支部は真夜中にも関わらず対応に追われていた。
「戦線を張れ! とにかく先に進ませるな!」
「数の優位と地の利は我々にある……! 何としても食い止めるんだ!」
「援軍はまだか? 岩宛支部や、秋間支部は何やってる!」
筒軽支部の上官が議論を重ねる中で、久世原中尉は答える。
「岩宛支部は援軍を送った所だそうです! 秋間支部からは連絡がありません……!」
久世原の上司は下唇を噛んだ。
「くそ……!」
筒軽支部の会議室に激震が走る。
筒軽県と隣接する県は二つ。筒軽県の南西方向・大陸側にあるのが秋間県、筒軽県の南東方向に位置するのが岩宛県である。
「落ち着いてください」
そう言って声を上げたのは西門少佐。湯呑に淹れた白湯をすする。そして話し出した。
「岩宛支部の援軍が届くのは4~5日。それまで耐え抜くしかありません。
続いて紅羽支部からの大量の増援も10日もすれば辿り着くでしょう。
そうやって耐えていれば、我が国の都、天都にある本部からの軍艦が到着します」
「し、しかし西門少佐、幽澱帝国は、兵の質が違います。一人ひとりが上士官クラス……人間兵器です……! 我が国が束になったとしても……!」
一人の士官が意見した。だが西門少佐は冷静であった。
「鎖国していた我々が、無理やり開国した。その際に引き換えに手に入れたのはなんですか?」
「え……?」
「条約ですよ。霊煉合衆国とのね。幽澱帝国と霊煉合衆国は仲が良くない。
霊煉が黒船来航からわずか一年で我々が結ばされた不平等条約の意図は、幽澱帝国と霊煉合衆国の間に位置するこの天照国を利用して、幽澱に牽制をしているのです」
「まさか、幽澱はそれを嫌って我が国に侵攻を……?」
「どうでしょうね。ただ私が言いたいのは、我々天照国が攻められているのは霊煉合衆国にとっても都合が悪いということです」
「じゃ、じゃあ、もしかして」
「えぇ、一か月もしたら来るでしょう。東の大陸を統べる軍事大国・霊煉合衆国の増援が、外交官の交渉力次第じゃもっと早く」
筒軽支部で歓喜の声が上がる。それとは裏腹に西門少佐の顔は一瞬暗がりを見せる。その顔色を久世原中尉は見逃さなかった。
パンパンと手を叩き、西門少佐は鼓舞する。
「まずは、岩宛支部の援軍が届く4、5日を耐え抜きましょう!」
「おおおお!」
「おーイ、久世原!」
その時、外から声がした。その声の持主に心当たりのある兵はこぞって外出る。
午前2時、冷たい夜風が肌を刺す。
「プレリュード!」
久世原中尉は白い息を吐きながら、その男に駆け寄る。
「お前、大丈夫か? 寒いだろう、とりあえず中に入れよ」
「いヤ……ここでイい」
「え?」
「キ、聞いてくレ、皆。オ、俺が約束ヲ取り付けタ……い、一度話し合いの場を設ケルから代表者を連れテキてくれ……と。まダわかりアエるはずだ」
プレリュードは震える声でそう話した。その声色はただ寒さからくる震えではなく、何かに怯えているようだと、久世原は直感する。
「待てよ、プレリュード。話が見えてこない。誰に約束を取り付けたというんだ」
「それは──────」
「プレリュードさん」
彼の話を遮るように話し出したのは西門少佐。
「あなた、靴はどうしたんです?」
久世原たちは一斉にプレリュードの足元を見る。確かに裸足であった。
「……」
黙り込むプレリュードに西門少佐は追い打ちをかける。
「それに服に隠れて見づらいですが……右手首の打撲痕、左足首のは火傷の傷でしょうか?」
西門少佐は歩いてプレリュードに近づいた。そして彼の上着を一気にめくった。顕わになるプレリュードの腹、そこには痛みを想像するのすら憚る傷の跡があった。
「プレリュードさん、あなた拷問されましたね。そして逃げ出した、違います?」
「……俺ハ、抵抗したンダ。今すぐ戦争ヲ止めろ、ト」
ズズズ……
プレリュードに嫌な気が集まる。
「ケド、無理だっタ。すまナイ。──────【奇想天外】」
顕現したのは3発の閃弾。
「────!」
プレリュードは手を突き出し、放つ。そばにいた久世原中尉と西門少佐は一斉に離れ躱した。
「くそ、プレリュード……! お前、どうして……!」
「……初めハ天照国の諜報員ダト疑わレ拷問を受けタ。そして、疑いは晴レるも、次は母国にいル家族ヲ人質に取ラレた……久世原、わかるだろう。家族が大事なンダ、何よリモ……!
【奇想天外】!」
再度放つ3発の閃弾。プレリュードの閃弾【奇想天外】はその名の通り、何が起こるか読めない弾丸である。
先ほど放った閃弾は変化なし。そして今回は─────。
「何……!」
地面に着弾した閃弾は分裂し跳ねる。言うなれば広範囲散弾。分裂後は低威力ながら躱すのは困難である。
「異国ノ地で、笑顔ヲ見たカッタ。俺ノ力を試したかッタ。デモ、もう軍に逆らえナイ……!」
「くそ……! それでいいのかよ、プレリュード!」
久世原は覚悟を決めて閃弾を構える。他の兵も同様に。
それに対しプレリュードは続けて【奇想天外】を放とうとした。
その時。
「オエッッ!」
プレリュードが嗚咽する。
「……ゲホッ! あイつ……〝メルクリウス〟のやツ……! オエッ……何か仕込ミやがったな……!」
苦しそうによろめくプレリュードに久世原中尉は構えた閃弾を消し、近づく。
「おい、大丈夫か!」
「離れロ!」
プレリュードは喉を押さえてながら久世原中尉を指差した。
「ありがとナ。……ゲホッ! 十分トハ言えないが、楽しカッタ……」
「おい!」
「ガハッ!」
プレリュードは口を大きく広げ上を向いた。久世原たちが見たのは、閃弾。
プレリュードの口から今にも溢れだしそうな閃弾である。
「──────!」
カッと放たれる閃光と熱波。少し遅れて熱風が爆ぜる。辺りの雪は解け、体は風で吹き飛び、破壊音が轟いた────
──────夜が明けた。
幽澱の宣戦布告から二日。筒軽戦線耐久戦・一日目。
大雪の降る日。久世原は筒軽支部の医務室に居た。昨晩の爆発を、西門少佐はプレリュードの体内に仕込まれた他者の閃弾によるものと分析した。
その爆発の中心部に最も近かった久世原は全身に重い火傷を負ってしまう。皮膚は爛れ全身に包帯を巻くほどに。だが、侵略の危機感によるものか、プレリュードの死によるものか、彼の意識はたしかにあった。
一方、幽澱の陣の筒軽港を包囲する天照国軍は優勢だった。地の利と環境の練度を活かして天照国筒軽支部兵は奮闘する。
プレリュードの爆発により、士官数名が重症となり統率力が弱まるかと思われたが、兵の志気は一層高く、幽澱軍を筒軽港に封じることに成功する。
───しかし、犠牲は付き物である。
「くそ……!」
次々と運ばれてくる死体に近い怪我人。それを医務室から眺めることしかできない久世原は歯を強く噛み締める。
そして幽澱の宣戦布告から三日。筒軽戦線耐久戦・二日目。
久世原はさらなる惨劇を目の当たりにすることになる。
「───……なんですか、これは」
その日、前線に出ていた西門少佐は戦慄した。




