第二十一話 魂の円舞曲
幽澱の宣戦布告から三日。筒軽戦線耐久戦・二日目。
筒軽支部は、部隊を大きく5つに分け、筒軽港を包囲していた。
その中央、前線にて指揮を取る西門少佐。筒軽港を睨む。港という閉鎖的空間から突破されないことが、増援を待つ上で鍵になることを西門少佐は直感していた。
その時。部下が北の方を指差して叫ぶ。
「敵襲! 北の方角! 数名がこちらへと駆けてきます!」
西門少佐は目を細めてその走ってくる人影を見た。
「待ちなさい! あれは……天照人です!」
「!?」
部下たちは撃とうとする手を引っ込め、天照人5名を受け入れた。彼らの衣服はボロボロで、唇は乾燥し、衰弱しているようだった。
「もう大丈夫だ!」
「何があった!」
部下たちは保護すると同時に口々に問いただす。
すると、若い女性が口を開いた。
「わ、私たちは、港の従業員で……捕えられていました……でも、て、敵は私たちのことを舐めていたのか、警備はそこまで厳しくなくて……」
西門少佐は顎に手を当て考える。
(妙ですね。捕虜を逃せば最悪、兵の数、配置を共有される恐れがあるのに。素人だからと、油断したのでしょうか……)
女性は涙ながらに続ける。
「そ、それで、見つけたんです。隙を。縛られていた縄も一晩かけて解きました。兵士の方がいなく時があって、逃げ出せる、と思ったんです。」
(そうだ、プレリュードの一件もそうてす。軍に反旗を翻した人間を逃すことなど考えられません)
西門少佐は閃く。
(待ってください。プレリュードって……!)
西門少佐は、振り向き、大声で叫ぶ。それは脱走してきた市民を保護する部下たちに向けられてのものである。
「逃げてください! 彼女らは人間爆弾です!」
「オエッ」
女性が嗚咽する。続いて他の4人も。
────閃光。爆音。熱風。
爆ぜた五つの閃弾により、市民と西門少佐の部下は肉塊となって飛び散った。
「……くそっ……!!!」
西門少佐は強く地面を叩く。爆発の際咄嗟に後ろへと飛んだことが功を奏し、間一髪五体満足で危機を脱する。
しかし。
ドォォォン……
ドォォォン……
ドォォォン……
寒空を爆音が響き渡る。何発も。
「なんですか……これは。
まさか……他の部隊も……!」
同時刻。
「んん~良い音だ♪」
細身の男は、筒軽港の灯台の上で耳を澄ませていた。身に纏うのは、金の装飾のついた深紅の軍服。それは幽澱帝国軍の少将であることを示す。
「天照国は思いやりの強い民族だそうじゃないか。互いが互いを助け支え合う、美しき自己犠牲の文化……だがそこに……ドォン!」
男は手のひらを爆発させるかのように、上方向に一気に広げてみせた。
「そこに私の爆発っ!
……ククク、最高だ」
彼は強い海風にその長い金髪を靡かせながら振り向いた。
「そう思わないかね? クライネよ?」
灯台上の柵の内側。そこには背筋を伸ばした、青いニット帽を被る青年がいた。彼は呟く。
「……おっしゃる通りです。メルクリウス少将殿」
「ククク、そうだろう。私はまさに指揮者!
この【蟲閃】のメルクリウス様による演奏会だ。鎮魂歌だがな」
天照国侵攻、その先陣を切ったのはメルクリウス。そして、彼の愛弟子、若き日のクライネはそこにいた。
【蟲閃】のメルクリウスは、まるで寄生虫のように閃弾を体内に寄生させる【特性】を持つ。
彼によって主戦力に決定的なダメージを負った天照軍筒軽支部は、この日、筒軽港包囲を突破された。
──────二日後。幽澱の宣戦布告から五日。筒軽戦線耐久戦・四日目。
「……」
静かな医務室。血と消毒液と死臭が立ち込める。
久世原は一言も発さず目を瞑る。
負傷者が誰1人として運ばれてこない。
それは負傷者が出ないほど大勝しているか、
負傷者を運び込む余裕がないほど大敗しているかの二択。
ひたすら、ひたすらに前者を願う。
唯一の救いは、家族の無事だった。筒軽港付近の市民を除いて、筒軽の市民は、ここから南東の山間部への避難が進められているからだ。
久世原は重症のため避難前に会うことはできなかったが、無事避難していることを知らせる手紙が届いてた。
必ず再会することを希望にして、奥歯を噛み締めていた。
一方。
降り続ける雪。帝国軍に筒軽港からの突破を許し、周辺地域を占領される。部隊は崩壊し各地で撃破される事態が続いた。
西門少佐は前線に立ち、鼓舞し続ける。
「この一日! この一日を耐えてください!
岩宛支部からの援軍を待つのです! 必ず明日、助けがきます!」
──────幽澱の宣戦布告から八日。筒軽戦線耐久戦・七日目。
「おい! 起きろ! 侑!」
慌ただしい声が耳元で響く。久世原は目をゆっくりと開いた。
「……笹良木」
久世原の目に入った同期・笹良木中尉の服は土に塗れボロボロだった。
「逃げるぞ、特別に肩貸してやるから」
笹良木に支えられ、よろよろと筒軽支部を出る。
外はすでに日が落ちていた。風は鋭く冷たい。溶けかけの雪は再度凍っており、足元を揺らつかせる。
その背後。
「あ、久世原中尉! ご無事でしたかっ!
あの……助けてください……!」
声がした。振り向いた先にいるのは、天照国の兵・山崎少尉であった。
「どうした、何があった!」
久世原は応える。だが。
バシュッ────!
笹良木中尉は、山崎少尉を撃ち抜いた。
久世原は笹良木を睨みつける。
「お前! 何やって─────」
爆発。熱風と爆音が身体を通り抜けた。
「……な!」
驚く久世原に、笹良木は苦しそうに話す。
「……あの手の兵はもう助かんねぇよ。体に閃弾を仕込まれててな……寄生爆弾の巻き添えをくらいたくなければ、ああするしかねぇ」
「……!
……下衆な能力だな、ではその使い手を倒すしかないということか」
「……そいつは無理だな」
「何だと!? 今、その爆発使いを止めなければ被害はさらに拡大する! 違うか!?」
遠くからの爆発音が響く静寂。笹良木は語気を強めた。
「無理だっつってんだろ」
「だがやるしかないだろ! 岩宛支部からの援軍と協力すれば……!」
「その援軍が来ねぇんだよ……俺たちは見捨てられたのさ」
「──────!?」
「俺たち筒軽支部に増援が来る予定だったのが、近隣県の岩宛支部と秋間支部だったのは覚えてるだろ? その秋間支部から連絡がないというのもな……」
「あぁ」
「だが秋間県にも、幽澱帝国は現れたらしい。秋間県は大陸側だからよ、上陸もしやすい」
「……見捨てられたって……まさか岩宛支部は」
「はい、あのクソどもは秋間支部に向かったってよ。秋間支部の方が都に近い……つまり、俺たちは切り捨て、秋間県で前線を保つという陸軍本部の作戦だそうだ」
「……! ……ありえない」
「だから、逃げんぞ。ここから岩宛県まで。これ以上やってらんねぇ。だが、重体のお前を見捨てちゃ本部のクソ共と同じだからよ、感謝しろよ」
笹良木の肩にかけた右腕に引っ張られるように、久世原は歩き出す。
「……皆は、軍はどうなった」
「崩壊したよ。援軍がこないと知れ渡った時点で生き残ってた奴らは脱走したはずさ。そして、帝国に捕まった奴は……人間爆弾に成り下がった」
「……そうか」
久世原は歯を強く噛み締めた。そして、家族の事を思い出す。
筒軽の南部に避難している妻と娘、多くの筒軽市民はこのことを知らない。このまま、秋間県で戦線を張るということは、彼女たちすら見捨てられるということ。そして、筒軽支部が崩壊した今、彼女たちが岩宛に避難するよりも早く、帝国の侵攻は進んでしまうだろうということである、と。
「違うだろ、笹良木」
「あ?」
「俺たちのやることは、逃げることじゃない」
久世原は笹良木の肩にかけていた腕を振りほどいた。
「おい久世原!?」
「俺たち軍人は民のために命を張る。俺だけのうのうと休養してたんだ、死んでいった仲間に顔向けできない……!」
「馬鹿野郎、その体で何が出来る……犬死にだぞ!」
「少しでも進軍を遅らせる……!
民の……家族のためなら、やってやるさ」
「───待ちなさい。笹良木中尉の言うとおりです」
久世原と笹良木の目線にいたのは西門少佐と、生き残った数少ない兵。
「……西門少佐」
「聞いてください、最期の命令です」




