第二話 初撃
新入隊生の朝は早い。寮の二段ベッドに起床ラッパが鳴り響く朝5時。わずか5分で、布団の整頓・着替えを完了させグラウンドに集合しなければならない。一部屋4人、足並みをそろえる必要がある。
慣れた手つきで、一番に着替えと布団の整頓を終わらせたのは藤堂朝人。
「朝人、はっや」
「さすがは英雄の息子……細かいとこまで仕込まれてんな」
同部屋の二人がそう呟く中、二段ベッドの上、すでに整頓された布団があったことに朝人は気づいた。
その場所は、夜鳥羽静馬のベッドである。
「夜鳥羽がいない……?」
同時刻。
「おい、夜鳥羽。腕がブレてる。真っ直ぐだ。
どんなに疲弊しようとも狙いを定めろ」
「は、はいっ! 久世原少佐……!」
久世原少佐は横で懐中時計を見る。
静馬が右腕を前に出し、ピンと張ってから1時間が経った。暗かった空は、すでに白み始めていた。
プルプルと静馬の腕は震えている。
「よし、撃て」
静馬は腕に力を込めて一発の閃弾を放った。それは800m先の的の縁を掠める。
「ッハァ! ゼェ、ゼェ……」
陸軍訓練場、第八グラウンド。早朝。入隊してから毎朝行われている久世原少佐による秘密訓練である。
久世原は双眼鏡を覗いて的を確認した。
「惜しいな。いいか、【閃弾】は重力の影響を受けにくい。腕が真っ直ぐであれば、狙ったところに着弾する。どんな時も腕を固定するよう意識しろ」
「はい!」
「……楽しそうだな、夜鳥羽」
そう久世原がいうと、静馬は恥ずかしそうに答える。
「は、はい、英雄への一歩が始まってるって考えたら、どんな訓練でも乗り越えることができます!」
「……そうか」
久世原少佐は一瞬だけ暗い顔になってから、話を切り替えるように続けた。
「さぁ、そろそろ早朝の点呼だろう、遅れるなよ」
「ありがとうございました!」
「あ、待て」
急いで寮に帰宅しようとする静馬を久世原少佐は呼び止めた。
「お前が狙撃手候補であることは重要機密だ。敵軍にバレたら元も子もないからな。くれぐれもバラすなよ」
「わ、わかりました……!」
静馬が去ったあと、久世原少佐は静馬の閃弾が掠めた的を拾いあげた。
(早朝訓練を初めてわずか二週間……ついに遠距離で当て始めたか。
夜鳥羽は体力がないわけではなく、閃弾発射に対する体への負担が極端に大きい。
ゆえに今まで丁寧に練習を重ねてきたのだろう、集中力と狙いの補正力が高い。夜鳥羽はいずれ化け物に育つ……いや、育てる)
◇◇◇
開始した午前訓練。朝食を終えた新兵はグラウンドに整列していた。まず行われるのは基本教練。敬礼、行進、回れ右、一糸乱れぬ体捌きが求められる。
そして次に実技訓練。軍隊における集団閃弾戦の基礎を叩き込まれる。基本は〝一斉掃射〟、横並びに並んだ閃弾使いが号令と共に息を合わせて閃弾を放ち、敵軍に弾幕を浴びせるのだ。
「ゼェ、ゼェ……」
そんな中、グラウンドの端に静馬は居た。縦幅100cm、横幅60cm、厚さ5mm、重さにして23kgの鉄の盾を持ち、シャトルランを繰り返している30人。
「見ろよ、滑稽だぜ」
一斉掃射訓練を終えた新兵は、休憩中、そんな静馬たち30人を見ていた。
「はは、ありゃ罰ゲームだろ。終わるまで休憩時間にならないんだってよ」
「あいつらは四級評価以下の無能、盾を持って俺らの壁になってくれるのさ。感謝しないとな」
「南無阿弥陀仏の間違いじゃなくてか? はは」
当然、閃弾の扱いに長けていない者も軍には所属している。戦場では彼らは鉄の盾を持ち、前線に並ぶ。そして敵陣へと盾を構えながら突進し、一斉に止まることでバリケードを築き上げ戦線を押し上げる重要な役割がある。が、その役割は、命に、また訓練も厳しいうえに地味な役回りのため、見下されがちなのが現状であった。
ドサッ
静馬は鉄の盾を勢いよく土の上に落とし、叫ぶ。
「うしっ……! 100回、終わりっ……!」
その時、静馬の前で、小柄な男が倒れ込んだ。
「おい、大丈夫か、真桑っ!」
駆け寄る静馬。倒れた背の小さい青年、真桑雄介に手を差し伸べる。
「うう、ありがとう夜鳥羽君。……でも大丈夫、ボクはどうせこの先短いんだから気にしないで」
「おい、何言ってんだ」
「等々力大佐の部隊に配属になったんだ……。あそこは前線の被害も他の部隊の倍以上だって、聞いたんだ。とてもじゃないけど生き残れないよ。僕は幽澱帝国の屑野郎どもに一泡吹かせて国のために散るんだ、それが僕の英雄の道さ」
「……! そんなの間違ってるだろ、生き残って、皆を鼓舞するのが英雄だ!」
「かぁーやっぱ、言うことは違うね! 〝一番君〟は!」
背後から声がした。拍手しながら歩いてきたのは金色の長髪で背の高い細男。四級評価の訓練を嘲笑していた内の一人である。
「何……? 誰だアンタ」
「同じ38期生の鉄鎖谷 三太夫。よろしく、一番君」
三太夫は長い金髪をなびかせて握手を求めた。が、それを無視する静馬。
「なんだよ、それ」
「仮入隊番号〝一番〟で、〝一番〟威勢があり〝一番〟無能だからだよ、君が。なぁ夜鳥羽静馬」
「なんだと、てめぇ……!」
「おいおい仲良くしてくれよぉ? 同じ篠田大佐直轄、久世原少佐の部隊所属なんだから」
「え……?」
真桑雄介は驚いた。同じ四級評価であるのに、死地確定の等々力大佐の部隊ではないところに配属されている事実に。三太夫は雄介に指を差し話を続ける。
「そ、よく気づいたチビッ子。なぁ、一番君、どうやって久世原少佐の部隊に入った? どうせコネなんだろ?
俺、許せないんだわ、ズルする奴が」
「……知るか」
静馬は直感していた、自分が入れたのは狙撃手を期待されての、久世原少佐のコネであると。だが言うわけにもいかない。
「試してやるよ、お前が久世原少佐の部隊にふさわしいかどうかな」
「あん? やってやるよ」
誘いに乗る静馬。煽りを受け流せるほど、大人ではない。
「勝負だ。ルールは単純、〝先に相手に閃弾を命中させた方の勝ち〟。もちろん威力を抑えた閃弾で、だ。今は休憩時間、止める教官もいない」
「いいぜ」
「ちょ、ちょっと静馬君……!」
雄介が静馬の肩を掴んで怯えた声で話しかけた。
「鉄鎖谷 三太夫君は一級評価! 僕らじゃ太刀打ちできっこないよ……!」
「誰が決めたんだよ、それ」
静馬は呟いた。
「え?」
「迫りくる幽澱帝国軍に、最初は侵略されるだけって皆思ってた。でも藤堂大佐は……英雄は常識をひっくり返したんだ。皆に、『帝国に勝てるかも』って希望を抱かせたんだ、そんな男に俺はなりたい」
静馬は三太夫を睨みつけて続けた。
「見てろよ真桑、四級評価が一級評価に勝つところを」
「ふん、粋がってろよ、一番君。負けたら俺の下僕にしてあげる、君が戦死するまでね」
「じゃあ、お前が負けたら鉄盾シャトルラン100回な」
「あぁ、いくらでもやってやる。試合開始するから、ホラ、もっと離れろよ」
だだっ広いグラウンド。100mほど空けて睨み合う夜鳥羽 静馬と鉄鎖谷 三太夫。それを何事か、と周囲の新入隊生は遠くから見ている。三太夫は叫んだ。
「試合開始だっ!」
それと同時に三太夫は力を両手に込める。5つの閃弾が彼の周りに顕現した。
鉄鎖谷三太夫。同時射出弾数は5。
一般人で2つ以上の閃弾を同時に放つのは困難を極める。が、全閃弾使いでは平凡的な値である。
しかし、閃弾の才を決めるのはそれだけではない。
「せいぜい逃げ回れ、夜鳥羽!
行くぜ、【蜂怒羅】!!!」
ギュギュギュギュギュン!!!
放たれた閃弾5つは、それぞれ弧を描くように静馬に飛んで行く。
「何っ……!」
閃弾の【特性】。先天的に得られる才能、あるいは後天的に得る技術のことを指す。が、前者であるケースが多く、閃弾の個人戦闘力に差ができる大きな要因の一つでもある。それは戦場を支配するほどの力を持つこともある、閃弾使いの奥義。
三太夫の【蜂怒羅】は巣を突かれ怒り狂う大雀蜂のように、敵を認識しては追尾する性質を持つ。
「避けれるかなぁ!? なぁ! 夜鳥羽!」
「……」
静馬は振り返り、全速力で走り出した。囲まれない方向へ走り出したこの行為は正しい。
だが、静馬は止まらない。ひたすら三太夫とは離れて駆けて行く。
「おいおい逃げるつもりかぁ? 腰抜けが!
無理だよ、お前の足よりも閃弾の方が早いに決まってるだろ!」
叫ぶ三太夫。彼の蜂怒羅は確実に静馬への距離を詰めている。
が、その時。突如として蜂怒羅は消えた。閃弾の射程の限界、空気との摩擦によりエネルギーは空中分解したのだ。
「チッ……めんどくせぇ。おい、試合放棄か!? 夜鳥羽! そんなに離れちゃ勝負にならないぜ」
「どんなときでも……腕はまっすぐに……!」
早朝訓練、基本教練、鉄盾シャトルラン……静馬の体は限界だった。しかし彼の腕はしっかりと三太夫を捉える。
『お前が狙撃手候補であることは重要機密だ』、久世原の言葉が静馬の脳裏をよぎる。
「でも……英雄は勝負で手を抜いたりしないっ……!」
三太夫は周囲の新入隊生に語りかける。
「お前ら見たろ? 夜鳥羽は腰抜けの雑魚! あんな奴には等々力大佐の部隊がお似合い! そう思うだろ──っっっ!!!」
油断。三太夫の視界に映ったのは速く鋭い閃弾だった。
バシュンッ!
自分の閃弾の射程外だから、夜鳥羽のが届くはずもないだろうという傲慢。避けるまもなく、彼の額に閃弾が命中し、三太夫はゆっくりと尻もちをついた。静馬はニヤリと笑う。
「俺なら……届く!」
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ちなみに、鉄砲の類は大陸で開発自体はされましたが、閃弾の発達時期と被ったことで、製造にコストと技術を必要とし、尚且つ性能が低い前者は天照国に伝来する前に廃れました。




