第一話 夜鳥羽静馬
「探せ、探すんだ! 【夜鳥羽 静馬】を──!」
夜の雪山で、とある男は部下に叫んだ。息が白く凍る。
「夜鳥羽は唯一無二の長射程を持つ! 奴が動けば、帝国の大将も、醜い権力者も射程圏内だ! これがどういうことかわかるか!?」
彼はそばの木に右手をつき、息を整える。
「あらゆる命が奴の掌の上なんだよ……!
戦場だけじゃない、もはやこの国すら支配できる力……!」
シュンと夜空を切り裂く音が乾いた空気に響いた。
それは彼の右足を掠める。男は雪の上に尻餅をついた。
「くそっ……【暗中飛躍の狙撃手】……!」
────後にそう呼ばれるその男は、まだ何者でもない少年だった。
雪降る白昼。獣のような男の咆哮と劈く女の悲鳴が寒空に響く。
片田舎の村で、夜鳥羽 静馬は木製の家屋の奥の押し入れの中で布団に包まり怯えていた。
ガラリと勢いよく引き戸が開く。その音は外の様子を見に行ったきり帰ってこない母のものではないことは明白だ。
であれば、敵。
〝大陸から襲来した侵略者〟に違いないと静馬は悟った。
ひたり、と足音が近づく。土間の方、押し入れの扉の隙間から見えたのは、見慣れない深紅の鎧に、高い鼻と金髪。その時。
ぐるり。
その男の顔がこちらを向いた。近づいてくる──
──────バシュン!
飛んできた閃光に倒れたのは、深紅鎧の金髪の男だった。そして勢いよく押し入れの扉が開き、静馬は、そこに居た男に抱きかかえられる。
「よく頑張ったな!」
この国の陸軍を象徴する群青の隊服、それを着た筋肉質の男が眩しく笑った。
「……遅い……よ……!」
静馬は彼の隊服に顔をうずめた。
そんな静馬に、その男は優しく語り掛けた。
「すまない。
だが、辛くても顔を上げるしかないんだ。俺たちに残されたものを大切にして、明日を生きるんだ。
我々はそれを守るために戦っている……!」
彼は静馬を抱きかかえて外に出る。
その男が右腕を掲げると、そこに居た彼の仲間が一斉に叫ぶ。
「よし! この地域は我らが取り返した! この列島から帝国の侵略者を追い出すぞ!」
「「「うおおおお! 英雄! 英雄!──────」」」
「英雄……?」
静馬はそう呟いて、自身を抱きかかえる男の顔を見上げた。
時は1888年。
大陸の東にある島国・天照国は、大陸最大の国家【幽澱帝国】との戦争の最中にあった。
四年前、帝国軍は本州北部の白嶺地方へ上陸。以来、天照国は国土を取り戻すため戦い続けている。
その反攻の先頭に立つ男こそ、英雄・藤堂黎次であった。
雪山に轟く歓声。
白い雪に輝く光。
その中心に立つ英雄に静馬の眼は釘付けになった──────
────────7年後。
「これより、第38期、入隊式を行うっっ!!」
そう軍の教官が叫んだ。
天照国陸軍、訓練学校のだだっ広いグラウンドに集められたのは総勢1000名を超える16歳の青年たち。
「いいか、貴様らに課せられた任務は白嶺地方の奪還! そのために全身全霊をかけて戦うことっ!
いいな!?」
「「「はい!」」」
「そこ! 仮入隊番号1番! お前は軍に入り何を志す!?」
教官は目の前に居た青年を睨みつけ、問う。
仮入隊番号1番、それは満16歳を超え、徴兵に応じることの出来た世代において、最も早く軍に入ることを決意した者の証。
「はい! 仮入隊番号1番、夜鳥羽 静馬!
俺は英雄になります! 彼のように国を奪還する嵐の中心になることをここに誓いますっ!!」
教官はニカッと笑った。
「ようし、その意気だっ新人! それではまず、貴様らヒヨッコの【能力】を審査するっ! 番号順に訓練室へ来いっ!」
仮入隊番号1番から100名が呼ばれ、訓練場へ向かった。その先頭に立つのは夜鳥羽静馬である。
「測定項目は【閃弾】の
正確性! 威力! 射程! 連射力! 以上の4つだっ!」
【閃弾】とは。
人の生命エネルギーを光の弾丸として撃ち出す能力であり、兵士なら誰もが扱う武器である。
戦場では無数の閃弾が飛び交い、その性能が兵士の価値を決める。
「まずは正確性の審査だ! 150m先にある、あの的を狙ってもらう!」
そう言って教官は、指を差した。その先にあるのは白と黒の的。
「当然、中心に当てれば当てるほど高評価だ!
それでは仮入隊番号1番! 前へ出ろ!」
「はい! 白嶺地方岩田町出身! 夜鳥羽 静馬ァ!」
静馬は一歩前へ出る。
「よし、構えぇぇい!」
教官の号令と共に、静馬は手を突き出す。
人差し指と中指をまっすぐ伸ばし、親指を標準として狙いを定めた。
指先に体中の力を込める。
数秒後、野球ボールほどの光の弾丸が一つ、具現化された。
「撃ぇぇい!」
「はぁぁっ!」
教官の号令と共に放たれた閃弾は、風を切り、すさまじい速度で的へと向かう。
パカァンッ!
中心に見事命中。的が割れ飛び散る。
「よしっ……!」
ガッツポーズをする静馬。
「よし続いて、威力の審査だ! 並べられた木の板を何枚貫通するかで評価を──────む?」
教官は説明を止め静馬を見た。
「ハァ、ハァ……」
静馬の体中から汗が吹き出し、足が震える。膝に手を突き息を切らした。
「おい、夜鳥羽よ。もう終わりか?」
「……くそ……」
静馬はわかっていた。自分の身体は閃弾を長く扱えないことを。
だからこそ、日ごろの練習は貴重だった。狙ったものは外さないようイメージトレーニングを繰り返し、少ない練習で閃弾をモノにしていたのだ。
だが現実は残酷である。
「少しっ……ハァッ……少し休めば……! 行けますっ!」
「いいや、いい」
教官は冷たく言い放った。
「そんな……」
「戦場において重要なのは息の合った弾幕だ、一発しか撃てないお前が居てもいなくても変わらない。
審査は終了だ、夜鳥羽静馬……5級評価だな」
「……っまだやれます! 威力審査、やらせてください!」
「終了と言っているだろう!」
教官は手元のノートに評価を書き留める。
静馬の背後、他の新入隊生達から声が聞こえた。
「よかったのは威勢だけか、〝一番君〟」
「あーあ、あいつ終わったな、きっと配属は等々力大佐の部隊だぜ」
「あの〝地獄突進行軍〟のだろ? 使えない奴は激しい死地で弾避けとして使われるって噂の」
〝無能は死地行き〟
新入隊生の間でまことしやかに囁かれていた噂である。静馬はわかっていた、この能力審査で結果を出さなければ、死地行き。英雄への道は閉ざされることを。
「仮入隊番号2番。紅羽地方天都出身、藤堂朝人。
教官、次を始めましょう」
黒髪の鋭い目の青年。藤堂を名乗る彼に聴衆は釘付けになる。
そう彼は、誰しもが知る〝英雄の息子〟なのだ。
「うむ……それでは構えっ!」
ズズズ……!!!
彼は静馬の5倍ほどの大きさの閃弾を顕現させる。
それは勢いよく飛ぶと、白と黒の的を粉々に砕いた。
続く威力審査、射程審査、連射力審査─────その全てを好成績で終えた彼に教官は叫んだ。
「───よし!
藤堂朝人! 特級評価!」
会場がざわめいた。規格外の結果だからである。
朝人に感化された他の新入隊生も、続々と即戦力級の結果を残していく。
「くそ……くそっ……」
静馬は膝に手をついたまま、彼らとの圧倒的な差を見ていた。
何もかもが足りない。
自分が戦えると、英雄になれると少しでも錯覚していたことに恥ずかしさすら覚えた。
静馬は居ても立っても居られなくなり、その場から逃げ出した。
大粒の涙を零しながら静馬は駆ける。その時。
「おい、お前だな? 夜鳥羽 静馬って奴は」
訓練場の門、静馬の目の前に立ちはだかるのは、一人の男。
「え?」
群青色の軍部の制服。肩のラインに刻まれているのは一つ星。つまり───
「少佐っ!?」
上ずった声で答える。
「天照国、少佐。久世原だ。
夜鳥羽、お前で間違いないな。能力審査で一番最初に撃ったって奴は」
「は、はい、そうですが」
「どうなってる」
久世原少佐は食い気味に詰めた。
「……はい?」
「どういう原理だと聞いているんだ。陸軍運動場の敷地の端にある倉庫。それを突き破ったその原理を」
「え?」
「近くにいた兵が倉庫の破壊音を聞いた時刻と、能力審査が始まった時刻が一致した。
俺もまさかとは思ったが、お前なんだよ、夜鳥羽 静馬。
射的審査の的からおよそ800mも離れた倉庫の壁に穴を開けたのは」
静馬はまだ困惑している。だが話は見えてきた。
「俺の閃弾が届いた…? 800m先まで?」
「あぁ、速度と威力を保ったままな。実際の射程はさらに長いだろう。
はっきり言って異常だ。通常閃弾の射程は100~200m、軍の最高記録でも216m。それ以上は空気との摩擦で閃弾は消失する」
「そんな……気づかなかった」
久世原少佐は、静馬が自分の射程の長さに気づいていないことを不審に思い問う。
「お前、射程審査はどうだった?」
「う、受けずに終わりました。自分は……その……一発しか撃つことが出来ないというか……一発撃つと、一気に体力を消耗してしまって……」
「なるほどな。直径10cmほどの閃弾を肉眼で観測できるのは精々250m。そしてお前は撃った後、その弾丸の行く末を確認するほどの余裕がないと言うわけか」
「は、はい……」
「全く見る目がないな、教育担当の連中は」
その言葉に顔を上げる静馬。久世原少佐は続ける。
「俺の部隊に来い。諦めきれないのだろう? その涙が物語ってる」
「──!
でもどうやって……休み無しじゃ弾も一発しか撃てないんですよ」
「まだ理解してないようだな。想像してみろ。
戦場、犇めく両軍、弾幕が飛び交う乱戦。幽澱帝国の将は才能にかまけて閃弾を乱射する。我が軍はそいつに苦戦を強いられる。
だがその意識の外────静馬、そいつをお前が撃ち抜くんだ、一撃でな」
「──────!!!」
「お前は【暗中飛躍の狙撃手】になれ。英雄なんてあっという間さ」
一度閉ざされた英雄への道は、久世原少佐によって再び開かれた。
夜鳥羽 静馬は、この弾幕戦争の世で初の狙撃手となる。
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