第一話 夜鳥羽静馬
「探せ、探すんだ! 【夜鳥羽 静馬】を──!」
夜の雪山で、とある男は部下に叫んだ。息が白く凍る。
「夜鳥羽は唯一無二の長射程を持つ! 奴が動けば、帝国の大将も、醜い権力者も射程圏内だ! これがどういうことかわかるか!?」
彼はそばの木に右手をつき、息を整える。
「あらゆる命が奴の掌の上なんだよ……!
戦場だけじゃない、もはやこの国すら支配できる力……!!」
シュンと夜空を切り裂く音がした。
それは彼の右足を掠める。男は雪の上に尻餅をついた。
「くそっ……【暗中飛躍の狙撃手】……!」
◇◇◇
雪降る白昼。獣のような男の咆哮と劈く女の悲鳴が寒空に響く。
少年は木製の家屋の奥の押し入れの中で、布団に包まり怯えていた。
ガラリと勢いよく引き戸が開く。その音は、外の様子を見に行ったきり帰ってこない母のものではないことは明白だ。であれば……敵。〝大陸から襲来した侵略者〟に違いないと少年は悟った。
ひたり、と足音が近づく。土間の方だ。押し入れの扉の隙間から見えたのは、見慣れない深紅の鎧に、金髪。その時。
ぐるりとその男の顔がこちらを向いた。近づいてくる──
バシュン!!
飛んできた閃光に倒れたのは、金髪の男だった。そして勢いよく押し入れの扉が開き、少年は、そこに居た男に抱きかかえられる。
「よく頑張ったな! この英雄が来たからには、もう大丈夫だ!」
群青の隊服を着た筋肉質の男が眩しく笑う。英雄を自称する彼は、少年を抱きかかえて外に出る。
雪に反射した日光が眩しかった。
少年は見た。英雄が右腕を掲げると、そこに居た彼の仲間が一斉に英雄と叫ぶ。
「よし! この地域は我らが取り返した! この列島から帝国の侵略者を追い出すぞ!!」
「「「おおおお!!!」」」
時は1888年。ここは大陸東にある列島、軍事国家・天照国。大陸からの接触により文明開化遂げた。鉄道、洋風建築、電信、太陽暦の導入など多くの文化が国中を取り巻き、国内は発展した。が現実は甘くなかった。
天照国はいわば文化的後進国、植民地化を狙い、大陸一の帝国・幽澱帝国は天照国の侵略を開始した。
およそ4年前、列島東北部の〝白嶺地方〟の列島最北端に幽澱帝国軍は上陸。天照国陸軍の抵抗虚しく、〝白嶺地方〟は陥落していった。
伝播する恐怖。下がる国内の志気。だが当然、陸軍は諦めない。白嶺地方の南部に全軍を投入。帝国と対抗するべく戦線を敷いた。そしてゆっくりと、だが確実に戦線を押し返していった。
その中心にいるのが英雄・藤堂黎次大佐である。
少年は、歓声に包まれた英雄の腕の中で思った。この人なら国を取り返すことができるかもしれない、と。そして英雄のように、人々にそう思わせる希望を与える人間になりたい、と。
少年の名は夜鳥羽 静馬。これは彼が英雄を目指す物語である。
──5年後。
「これより、第38期、入隊式を行うっっ!!」
そう軍の教官が叫んだ。天照国軍、訓練学校のだだっ広いグラウンドに集められたのは総勢1000名を超える18歳の青年たち。
「いいか、貴様らに課せられた任務は白嶺地方の奪還! そのために全身全霊をかけて戦うことっ!!! いいなっ!!?」
「「「はい!!!」」」
「そこ! 仮入隊番号1番! お前は軍に入り何を志す!?」
教官は目の前に居た青年を睨みつけ、問う。
仮入隊番号1番、それは満18歳を超え、徴兵に応じることの出来た世代において、最も早く軍に入ることを決意した者の証。
「はい! 仮入隊番号1番、【夜鳥羽 静馬】!! 俺の目標は英雄です! 彼のように国を奪還する嵐の中心になることをここに誓いますっ!!」
教官はニカッと笑った。
「ようし、その意気だっ新人!! それではまず、貴様らヒヨッコの【能力】を審査するっ! 番号順に訓練室へ来いっ!!」
仮入隊番号1番から100名が呼ばれ、訓練室へ向かった。
「測定項目は【閃弾】の
〝威力〟〝弾速〟〝正確性〟〝同時射出弾数〟〝連射力〟であるっ!!」
【閃弾】とは。
人の生命エネルギーを光の弾丸として具現化したものであり、誰にでも備わっている短中距離弾である。その昔、仙術と呼ばれており、ごく一部の人間のみ使用していた記録が残されているが、人類の進化により多くの人間がその技術を生まれながらに体得、戦争兵器として【閃弾】と呼ばれるようになる。戦場には、無数の閃弾が飛び交うのだ。
「それでは! 仮入隊番号1番! 前へ出ろ!」
「はい! 白嶺地方岩田町出身! 夜鳥羽 静馬ァ!」
静馬は一歩前へでる。200mほど先にあるのは白と黒の的。
「よし、構えぇぇい!」
教官の号令と共に、手を突き出す。人差し指と中指をまっすぐ伸ばし、親指を標準として狙いを定めた。指先に体中の力を込める。数秒後、野球ボールほどの光の弾丸が一つ、具現化された。
「撃ぇぇい!」
「はぁっ!!!」
放たれた閃弾は、風を切り、すさまじい速度で的へと向かう。
パカァンッ!
命中。的が割れ飛び散る。
「よしっ……!」
ガッツポーズをする静馬。
「次弾、構えぇぇい!」
教官が次を要求する。だが、静馬の体中から汗が吹き出し、足が震える。膝に手を突き息を切らした。
「おい、夜鳥羽 静馬よ。終わりか?」
「ハァ、ハァ……くそ……」
静馬はわかっていた。自分の身体は閃弾を長く扱えないことを。
だからこそ、日ごろの訓練は貴重だった。狙ったものは外さないようイメージトレーニングを繰り返し、少ない練習で閃弾をモノにしていたのだ。
だが現実は残酷である。
「少しっ……ハァッ……少し休めば……! 行けますっ!」
「いいや、いい」
「そんな……」
「戦場において重要なのは息の合った弾幕だ、要はお前が居てもいなくても変わらない。
さて夜鳥羽静馬……〝同時射出弾数〟〝連射弾数〟共に1発。五級評価だな。
〝威力〟〝弾速〟〝正確性〟一級評価…いや1発のみでは公平性に欠けるな。二級評価といったところか。 総合して…四級評価だな」
教官は手元のノートに評価を書き留める。
静馬の背後、他の新入隊生らから声が聞こえた。
「よかったのは威勢だけか、〝一番君〟」
「あーあ、あいつ終わったな、きっと配属は等々力大佐の部隊だぜ」
「あの〝地獄突進行軍〟のだろ? 使えない奴は激しい死地で弾避けとして使われるって噂の」
〝無能は死地行き〟新入隊生の間でまことしやかに囁かれていた噂である。静馬はわかっていた、この能力審査で結果を出さなければ、死地行き。英雄への道は閉ざされることを。
嘲笑の目と憐憫の声が静馬へと向けられる。その声は大きくなり静馬の中で反芻された。
その時、新入隊生の話声を遮るように、前に出た青年が居た。
「仮入隊番号2番。紅羽地方天都出身、藤堂朝人。
教官、次を始めましょう」
黒髪の鋭い目の青年。藤堂を名乗る彼に聴衆は釘付けになる。誰しもが知る〝英雄の息子〟なのだ。
「構えっ!」
ズズズ……!!!
彼が構えると20数発の閃弾が具現化し、一斉に的へと飛んで行った。
「まだまだ、行けます」
朝人は次々に閃弾を発射していく。彼が息切れしてきたころ教官は声を張り上げた。
「───よし!
藤堂朝人! 〝同時射出弾数〟22発、〝連射弾数〟359発! 総合特級評価!!」
会場がざわめいた。規格外の結果だからである。
朝人に感化された他の新入隊生も、続々と即戦力級の結果を残していく。
「くそ……くそっ……」
静馬はその差に絶望していた。〝威力〟〝弾速〟〝正確性〟があるのは大前提。
閃弾を複数生成する〝同時射出弾数〟、継戦能力を表す〝連射弾数〟、両方足りない。
自分が戦えると、英雄になれると少しでも錯覚していたことに恥ずかしさすら覚えた。
大粒の涙を零しながらそう呟き、とぼとぼと帰路につこうとする静馬。
「おい、お前だな? 夜鳥羽 静馬ってやつは」
その時。肩をガシッと捕まれ呼び止められた。
「え?」
振り返ると、軍部の制服。肩のラインに刻まれているのは一つ星。つまり───
「────少佐っ!? はい、夜鳥羽 静馬ですっ!」
上ずった声で答える。
「天照国、少佐。久世原だ。
夜鳥羽、お前で間違いないな。能力審査で一番最初に撃ったって奴は」
「は、はい、そうですが───」
「どうなってる」
久世原少佐は食い気味に詰めた。
「……はい?」
「どういう原理だと聞いているんだ。あの射的の、800m程先にある敷地の柵。それを突き破ったその原理を」
「──え?」
「近くの門番が柵の破壊音を聞いた時刻と、能力審査が始まった時刻が一致した。
……どうやら気づいていないようだが、お前なんだよ、夜鳥羽 静馬。柵を撃ち破ったのは」
静馬はまだ困惑している。だが話は見えてきた。
「俺の閃弾がそこまで届いた…? 800m先まで?」
「あぁ、速度と破壊力を保ったままな。はっきり言って異常だ。通常閃弾の射程は100~200m。普通は空気との摩擦で閃弾は消失する」
「まさか……気づかなかった」
「無理もない、直径10cmほどの閃弾を肉眼で観測できるのは精々250m。気づかないわけだ。
そんで、結果は?」
「四級評価……でした」
「全く見る目がないな、教育担当の連中は」
その言葉に顔を上げる静馬。久世原少佐は続ける。
「俺の部隊に来い。諦めきれないのだろう? その涙が物語ってる」
「──!
でもどうやって……休み無しじゃ弾も一発しか撃てないんですよ」
「まだ理解してないようだな。想像してみろ。
戦場、犇めく両軍、弾幕が飛び交う乱戦。幽澱帝国の将は才能にかまけて閃弾を乱射する。我が軍はそいつに苦戦を強いられる。
だがその意識の外────静馬、そいつをお前が撃ち抜くんだ、一撃でな」
「──────!!!」
「お前は【暗中飛躍の狙撃手】になれ。英雄なんてあっという間さ」
一度閉ざされた英雄への道は、久世原少佐によって再び開かれた。
夜鳥羽 静馬は、この弾幕戦争の世で初の狙撃手となる。
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