第十八話 久世原侑
静馬は、紅羽支部敷地内にある、旧天照陸軍、武器庫に座らされていた。すでに使用されていないその部屋は、空っぽの暗い部屋に木製の椅子が一つのみ。外の明かりは重厚な鉄の扉の隙間から漏れ出るものしかない。
目の前には不気味な男が、立っている。ガタイの良い大柄な男、天照国陸軍少佐、笹良木誠一である。
「悪いな、こんなところに閉じ込めて」
「……俺が狙撃手だから……ですか」
「まさしくその通り」
「……」
グリフォイアを撃ち抜いた後、静馬は朝人に連れられ本部へ帰還しようとしていた。だがその道中、笹良木少佐の部隊と合流してしまう。
そして現在。
「夜鳥羽、お前には聞かなければいけないことが沢山ある。正直に答えてもらおうか」
笹良木はコツコツの靴音を響かせ、倉庫内を彷徨く。静馬はチラリと光刺す扉の方を見た。笹良木が扉の方から離れた今なら、逃げ出せる、そう確信を得る。
「……何も話すつもりはありません」
「そうか、では何も話さなくて大丈夫だ。答えたくなったら話せば良い」
「……!?」
静馬は予想外の返答に顔を上げる。
「夜鳥羽、お前は現在、久世原の指示に従っているな。……その判断は本当に正しいか?」
「……はい」
「それは本心かな? いいや違うだろう。
なぜなら君は今すぐにでも、この倉庫から逃げ出せるからだ」
「……!」
そう、たしかに笹良木に静馬はここに連れてこられた。だが、笹良木は静馬を拘束はしなかった。
これは笹良木が後々静馬を懐柔したいため、強引な手を避けたことによるものだが、同時に静馬の心の内を知ることに繋がった。
「夜鳥羽、君が久世原を心から信頼しているならば、奴の元へ逃げ出せば良いだろう?
そうしないのは、君も久世原に疑念を抱いているからじゃないのかい?」
「……知りたいだけなんです。久世原中佐がここまでやる理由を」
「では推測になるが話してやろう。久世原とは士官学校時代からの親友だからな」
「信用できません、あなたは俺を利用したくて近づいている。そうですよね」
笹良木の眉がピクリと動く。その時。
倉庫の鉄扉がガラリと開いた。光が一気差し込む。
「笹良木少佐、久世原中佐がお呼びです」
軍帽を被った兵が笹良木にそう告げた。逆光でわかりにくかったが、その兵士は朝人だ、静馬はそう確信した。
笹良木は不機嫌そうに小さく舌打ちをしたが、少し考えてから閃いたような顔つきで静馬に話し出す。
「夜鳥羽、お前もついてこい。信用出来ないというのなら、本人の口から語ってもらう事としよう。久世原の過去を。そして狙撃手を我が物顔で振り回す、その野望の根本を」
◇◇◇
その日の夜。
天照陸軍、紅羽支部の使われていない巨大倉庫に久世原は呼び出される。
ギイイイと金属音を立てて久世原はその大きな両引き戸を開けた。
久世原は辺りを見回した。倉庫の中央は巨大な吹き抜けになっており、見上げると二階部分は建物の壁に沿うように細い通路が巡らされている。
赤く錆びた銅の香りと埃の匂いが久世原の鼻をつく。
「よぉ、侑」
ギィンという音が響くと同時に笹良木の太い声がした。
久世原は上を見上げる。鉄骨の梁が薄暗い天井を縦横に走っており、天窓から月明かりがわずかに差し込んでいた。
二階部のキャットウォーク。その狭い通路に笹良木は現れた。
「笹良木。……俺の部下が世話になってるらしいな。返してもらおうか」
「知らねぇなぁ! 俺はただお前が話があると聞いただけだ」
ガンガンと靴音を響かせながら、笹良木は階段を下る。
「……何だと」
睨む久世原。
「そうカッカするなよ。俺らの敵は幽澱帝国、仲良くしようぜ? それより──────」
「夜鳥羽はどこだ」
遮る久世原に、やれやれ、といったジェスチャーをして笹良木は煽る。
「ちゃんと保護してるさ」
「何が保護だ」
「保護だと言ってるだろぉが。俺は夜鳥羽に監禁はおろか、縄の一つも結んじゃいない。
飼い犬が逃げて、家に帰らないんだ。そういうことだろう?」
笹良木は、久世原の前にどかっと座り胡坐をかく。
「……」
「なぁ、侑。俺ら30年以上の仲だ。腹ぁ割って話そうや。
俺はもう知ってる、夜鳥羽は狙撃手だってよ。
狙撃手を使って何考えてる、お前の大事な大事な犬も気になってるぜ」
「……夜鳥羽は二階で隠れてる、そうだな、笹良木」
「……!」
二階部で柱を背に隠れ二人の会話を聞いていた静馬はドキリとする。
「チ……二階で待機してたのは失敗だったな」
「いいだろう。話してやるさ、俺の過去を。そしてこれからの野望を」
久世原は話し始めた。
「あれは11年半前。淡い雪が降る日のことだ──────」
◇◇◇
1884年1月・天照国白嶺地方。本州最北端に位置する筒軽県にて。
ザッザッと雪かきに励む音が響く、天照国筒軽支部前。
「ふぅ」
群青の隊服に白い雪が映えるその男は、大きなシャベルを雪に突き刺してから空を仰いだ。
その目に映るのはガス灯・洋風建築が広がる筒軽の町。
「だいぶ、変わったなぁ」
1854年の二度目の黒船来航で結ばれた条約で開港した5つの港を皮切りに、天照国は海外の圧力に押され次々に開港していった。筒軽の港は北回り航路から近い不凍港として重宝され、海外の文化が波のように押し寄せる街となる。
「おーい、こっちも手伝ってくれねぇか? 久世原中尉!」
「はい」
遠くからそう呼ばれた久世原は、シャベルを持って駆け出す。
「あがっ……!」
だが、走り始めて数秒、何かに躓き盛大に転んでしまった。
雪で滑ったわけではない。起き上がりしゃがんだまま久世原は振り返る。
雪が不自然に盛り上がった塊。久世原が躓いた部分の雪が欠けると、その奥に人の手が見えた。
「……人間だっ!」
久世原は急いで掘り起こす。雪かきしていた仲間も集まって、一気に掘り出す。
どんどんと顕わになるその姿は、金色の髪・髭、碧色の瞳。幽澱帝国民の特徴である。
「ガイジンだ」
その幽澱人は、大きなあくびをした。赤と白のストライプのボロボロのシャツに、シルクハットを被り、口ひげを長く生やした若い男だ。
彼は周りを見渡して驚いた顔をしたあと、天照語で話し出す。
「あァ、寝てシマってイたようダ。おハヨうごザイます。大道芸人ノ、プレリュードです。」




