第十六話 暗がりを照らす白炎
ふと目が覚めた。
(何が起こったんだっけ)
青く広がる空、柔らかい草の上、そして血に染まる軍服。自覚した瞬間激痛が体に走った。
錆丸は無理やり起き上がり、やがて走りだした。そのたびに体は悲鳴を上げる
「静馬……久世原中佐に伝えねぇと……!」
◇◇◇
同時刻。規則正しい揺れの中、静馬は目を覚ます。それが馬車の幌の中であると気づくのに少し遅れた。
起き上がり横を見ると居たのは青いニット帽、深紅の軍服の男。驚き身構えようとすると、背中に回された両手首の錠がジャランと音を立てる。
「おはよう、ヨトバ」
耳慣れぬ幽澱語にクライネを睨むだけの静馬。クライネは肩をすくめておどけてみせた。
「あぁそうだった。おはヨう、ヨトバ」
クライネはカタコトの天照語で言い直した。そして、指を静馬の額に押し付ける。
「いいかイ。今から質問をスル、正直に答えナけれバ、君の脳二穴が開ク」
(こいつらが……幽澱軍……!)
静馬は奥歯を噛み締めながらも頷くしかできなかった。
「狙撃手ハ君か? 君だケカ?」
「……そうだ」
「君の意志デ狙撃してイルのかい?」
静馬は首を横に振る。
「フむ、上官ノ指示か……。ではナゼ君は射程ガ長い?」
「……知らねぇよ」
静かにグっと強く額に指を押し当てるクライネ。
「っ! 本当だって!」
「じゃあ、天照ノ国の仲間を撃ッタこトはアルかい?」
「……!」
「あるンだナ」
頷く静馬。対照的に高笑いをするのはクライネ。
「アハハ! やっぱりアマテルにも同じことを考える強欲な奴がいるか! 話が合いそうだ」
そしてクライネは静馬に語り掛ける。
「ヨトバ、悪イことは言ワナイ、その上官に付イテイくのは止めテオケ。
オ前の力は、我々侵略者を撃チ抜く切リ札でもアルが、そレト同時に邪魔者ヲ消す死神の鎌でもアル」
「……」
「我々幽澱軍が攻め込ンデいる今、その死神の鎌を行使スルなんて君ノ上官は狂ってイルカ、計算づくカノ二択だろう」
「当然後者なンだろ? 君の上官は成り上がるつもりナンだロウ、軍も、我々幽澱も、ヨトバ、君でさえも利用シテ。どうだ、ヨトバ、僕の下に就かナイか、金と女、食事等君の望ムモノ全て僕ガ保証──────」
その時。静馬は額に突き付けられたクライネの指を押しやって立ち上がった。
「うるせぇ、もう引き返せないんだよっ……! 幽澱を撃とうが、味方を撃とうが、屍の上に俺は立つ! そんで俺は狙撃手として国を救う! それが俺の英雄への道だ……!!!」
「ヘェ……」
クライネは曲がった指を押さえながら、薄ら笑いを浮かべた。
その時、激しい閃弾の撃ち合う音が聞こえた。
「おっと……ぶつかったか。ちゃんと殺しておけばよかったかな、あの中尉君」
クライネはそう呟いた。
現在、静馬とクライネが乗る馬車は静馬の待機していた場所から北西方向に走っている。途中でグリフォイアは下車しており、この馬車が過ぎ去ったあと、その道を塞ぐように軍を率いていた。つまり、この閃弾の音は、グリフォイアの大隊と天照国が衝突したことを示していた。
「……! 抜けてきた軍がいるね……」
クライネの閃弾【鳳凰暁風】により彼は常に周囲の様子を把握している。その網に、数百名の天照国軍が掛かったのだ。
「──目標確認しました! 笹良木少佐!」
そう藤堂朝人上等兵は叫んだ。
「よしよし、あそこに久世原の隠し玉……狙撃手がいるに違いねぇ、行くぞお前ら!」
時刻は数十分前に遡る。錆丸からの情報を得た久世原中隊は静馬を取り戻すため迅速に行動を開始した。地の利と冴えわたる久世原の読みにより、クライネのおおよその逃走経路を推測し、軍を急転させ突き動かす。それに一早く呼応したのは笹良木少佐であった。
笹良木少佐は、久世原中佐の部隊の急激な行動に異常を感じ取る。それは久世原の必死さと焦り。そして直感する、久世原の部隊が進む方向に、何か重要なものがあると。そして、それが久世原の配下にいる狙撃手であると。
グリフォイアの軍とぶつかった久世原中佐の部隊の横をすり抜けるように、笹良木の騎馬隊は駆け抜けていったのだ。
そして現在。騎馬に乗ったまま、笹良木と朝人は叫ぶ。
「がはは、行くぜぇっ……!! 【磊落】ッ!!」
「【炎苑狐・九尾】!」
笹良木の閃弾【磊落】はいわば迫撃砲。閃弾を高く打ち上げ着弾地点に大きな衝撃をもたらす。
青白い九発の閃弾と、巨大な閃弾が天から降り注ぐ。
バサッと馬車の幌から飛び降りる者が一人。青いニット帽を押さえながら土煙を上げて着地する。
「【鳳凰月舞】」
輝く鳥が激しく舞い、全ての閃弾を撃ち落とした。【磊落】が空中で爆ぜ、爆風が巻き起こる。
「ふう、危ない危ない。まだ僕の想定内さ。僕たちが相手しよう、アマテルの騎馬隊よ」
草原の奥に潜んでいたのはクライネの私設兵100名、鍛え抜かれた精鋭兵たちである。
笹良木は気おされることなく叫んだ。
「行くぞ、野郎ども! 日が昇る国、天照の意地を見せるところだ!!!」
「うおおおおお!!!」
激しくぶつかる両軍、その中で一際輝く炎がいた。
藤堂朝人である。騎馬に乗り、縦横無尽に戦場を駆けるその姿はまさしく父・黎次の生き写し。
「【焔苑狐・一閃】!」
火焔の閃弾を放つと、そのまま【二雫】【三啼】【四翠】【五櫻】【六霧】【七星】【八雲】と続けて技を繋げる。一家相伝かつ英雄直伝の閃弾の奥義の手順である。
【焔苑狐】は使用していくと体に熱が溜まり体が焼けてしまう。その熱を逆にエネルギーとして利用し、その熱を一気に放出するというのが英雄がかつて編み出した奥義が【九尾】である。
「【焔苑狐・九尾】!!!」
朝人は9発の青白い炎を顕現させ、戦場に撃ち込まんとする。
「────それはもう見たよ、そこの君」
鶴崎平野で英雄と対峙したことのあるクライネは、当然その大技を警戒していた。
クライネの【鳳凰月舞】は自由に空を舞う鳥の閃弾、それらを操作し朝人を周囲を取り囲む。
「っ…!」
取り囲んできた輝く鳥に九尾を当て、防御せざるを得ない。激しい炎は空中に爆ぜ、白い煙が高く舞い上がる。
「ふう、危ない。朝人もまた危険因子、殺しておかないとな」
そう言って、クライネは白い煙の中に閃弾の鳥を飛ばす。【鳳凰暁風】は飛んだ先の状況をクライネと共有することができるため、白煙の中で、朝人を探し、そのままハチの巣にする算段であった。
だが、そこでクライネは鳥を介して予想外を感じとる。
「……熱い?」
「まだ終わっちゃいねーぞ、六幽魔」
朝人は白い煙の中呟いた。
「──────【焔苑狐・十禍黎霊】」
朝人は白い閃光を放つ。
彼は【九尾】を、体の熱を放出せず放った。それはただの青白い閃弾だったのだ。
言うなれば囮。【九尾】のもう一つの顔、化け狐の真髄である。
ただの青白い閃弾と言えど、青白い炎は当然高温、つまり限界を超えて熱を体にさらに溜めることになる超過熱の分水嶺。
それを解放するのが【焔苑狐・十禍黎霊】なのだ。より多くの熱を溜め込んで発露された閃弾はまさにレーザービーム。貫通する熱線である。
「うおおおお!!!」
焼け付く肌の痛みに堪えながら、十発の白い光線を放った。
「……これは驚いた」
クライネはそう呟いた。【十禍黎霊】は、クライネの軍服を掠めると、その部分は灰と化す。蹴散らされるクライネの私設兵軍。地面は黒く焦げ、灰色の粉塵が上がった。
「今だ、叩き込め!」
それに呼応する笹良木少佐。軍を前進させ戦線を崩壊させることに成功した。
「勝てる、勝てるぞぉ!」
幽澱軍を圧倒する天照軍の志気が上がる、その熱の籠った前線から一つの騎馬が離脱した。
藤堂朝人だ。クライネ軍を圧倒した立役者の興味はもはや戦場にはない。
馬を蹴り、加速させる。目標は、夜鳥羽静馬が囚われている幽澱の馬車。
(あそこに……狙撃手が……!
鶴崎平野の森で俺を助け、等々力大佐を暗殺した張本人!)
「ハァ!」
馬車の背中を捉えると、閃弾を飛ばし馬車の車輪と馬のハーネスを破壊する。
ヒヒーンと馬は逃げ、馬車は倒れ込む。朝人は追い付き馬を降りると、その荷台を包む幌を一気に取り去った。
狙撃手とは届かない脅威。ゆえに世界で唯一無二の狙撃手は人を支配し得る。
だからこそ、その力の所在は明るみになってはいけないのだ。
バサッと幕が上がる。馬車の中に光が差し込んだ。
朝人は目を丸くする。
「夜鳥羽……!?」




