第十三話 狙撃の使い方
そして三日後はやってくる。
鎌松砦が陥落してしまった天照陸軍の次の作戦はこうだ。
幽澱帝国とはいえ、戦力の集中している基地であり、尚且つ高い防御を誇る紅羽支部を落とすのはかなりの力を要すると予想される。つまり幽澱帝国軍が次にとる行動は、紅羽支部の周辺地域の占領。支部を孤立させ包囲網を形成し攻め込むだろうと考えられる。
そこで天照陸軍の考案した作戦は〝二重包囲網作戦〟である。
一部を残し、予め戦力を支部外に分散。帝国が基地を包囲したところを、挟み撃ちにするのだ。
等々力大佐率いる第二大隊は支部外に潜伏する部隊となった。そして紅羽支部を出立して山を一つ越えた先にある町に潜伏する手筈。
その道中。山間の細い道、幅は軍用馬車や歩兵隊がどうにかすれ違える程度。慣れない道を進むため時間を少し押して第二大隊は進んでいた。日は沈み始め、辺りは薄暗い。
その先頭で馬に乗るのは等々力大佐。振り返ると彼は叫んだ。
「遅い! 日が暮れてしまうではないか! 弛んでいる……弛み切っておる!!!」
そう言いながら等々力大佐の足元に立っている部下を蹴り飛ばした。鎌松砦の激しい戦いから生き残った部下たちの身体は限界であり、犠牲の分、新たに補充された兵たちの志気が下がり切っていることにまるで気づいていない。
静馬は森の中、木々の隙間から望遠単眼鏡にその姿を捉えた。極秘任務につき、山中には静馬一人。冷たい黄昏時の風が判断を鈍らせる。
「……」
まだ彼は迷っている。
これは国の為に行うこと。
否。
これは味方殺し。
静馬は思考が堂々巡りになる。
考える。こんなとき英雄なら───。
天秤の片方の皿の上に乗っているのは、上官の命。そしてもう一方には、その部隊の兵の命。
「……命」
静馬はそう呟いた。そして朝人と三太夫を思い出す。
朝人を救ったことと三太夫の死から感じたのは、〝狙撃で誰も死なせない英雄像〟と〝屍の上に立つという責任〟。
次に思い出しすのは英雄の言葉。
『英雄とは彼らの屍の上に立ち続け、全てを守り、希望を与え続けていく責任がある。決して倒れることは許されない。そしてその責任を果たすことは、何よりも難しいんだ。静馬君、君にその覚悟はあるかな』
「難しすぎますよ、藤堂大佐……!」
日が完全に沈むまであとわずか。頬に一滴の汗が垂れる。
最後に脳を過ったのは、真桑雄介の沈んだ顔。そして久世原少佐の言葉。
『これは俺たちにしかできない任務だ。この国の未来のため、暗殺するしかない』
「そうだ、これは俺にしかできない……。天秤を傾けるチカラが俺に今、あるんだ。
選ぶんだ。俺が」
そして静馬は右手を構える。その先には等々力大佐。
英雄とは屍の上に立つということ。でも、理不尽に屍になる者がいてはいけない。
(狙撃で誰も死なせないのも英雄なんだ、俺の手を汚すだけで多くの命を救えるという事実、それだけあればいい)
等々力大佐の後ろに行軍するのは、このままいけば失われてしまうであろう命。でも───
「まだ……俺なら、届く!」
放たれた静馬の【夜天穿】。それは静かに、等々力大佐の心臓を撃ち抜いた。
◇◇◇
それは雷鳴のように紅羽支部に走った。静馬の暗殺から一夜が明けた日のこと。
第二大隊隊長・等々力大佐が何者かに撃ち抜かれたことが知らされたのである。
幽澱軍によるものと推測され、静馬らによるものと予想する者はいなかった。
そしてもう一つ、稲妻が走った。
幽澱帝国の次の狙いは〝紅羽支部〟、天照国陸軍はそう考えていた。
しかし急転直下、鶴崎城の幽澱帝国の様子を監視していた兵から伝令が来たのだ。
「幽澱帝国が進軍したとのこと! 方向は南東! 予想される目的地は、紅羽港!」
今動くことのできる紅羽支部の中佐以上の階級、30名が集められ会議が繰り広げられた。
第五大隊隊長、顎鬚ともみあげの繋がった髭が特徴的な、宗像大佐は木の机を叩いて主張する。
「問題は等々力君が暗殺された場所だよ! すでに幽澱軍がそこまで来ているってことだろう!? なぜすぐに周辺調査に行かなかった!」
それに対して、クールな長髪の前島中佐が反論する。
「等々力大佐の兵は少々疲弊していたようですし、将を失ったばかりで判断力が麻痺していたのでしょう。それに幽澱軍は少数の隠密部隊、夕暮れの森の中では捜索は難しい」
「いいや、こちら側に地の利はあるはずだ! 捜索は難しくとも、まだそのあたりをうろついているはず、今すぐにでも───」
「そもそも真の問題は、等々力大佐の進軍予定の道が敵に筒抜けだったことです。考えたくはないですが、情報が洩れているようです。あるいはもう一つの可能性が」
「もう一つの可能性だと!?」
「内部犯ですよ、情報が洩れていないとするならば、等々力大佐に反感を持つ者の仕業でしょう。第二大隊が通る道を事前に知り得たのは、少佐以上の士官です」
「馬鹿馬鹿しい、そんな奴などわが軍にはいないっ!!!」
「あくまで、可能性の話ですよ」
その時。久世原少佐の直属の上司である第三大隊隊長・篠田大佐がパンパンと手を鳴らした。皆が彼に注目する。
「少々話が飛躍しすぎているようだ。どうだろう、ここで新しい風から話を聞いてみるのは───」
そう言って篠田大佐は横にいる男の肩を叩いた。
「───この久世原中佐に」
等々力大佐の殉職から、わずか半日での人事。等々力大佐の部下の中佐がそのまま第二大隊の新隊長・大佐の座に就き、その空いた席を久世原侑が担った。
久世原中佐は口を開いた。
「等々力大佐のことは残念です。ですが、今は前を見るべきでしょう。幽澱軍の向かっている先、紅羽港を押さえられては、こちらの流通が滞り文字通り孤立します」
「そんなことはわかっておる!」
「それだけではありません。今現在、幽澱軍は大陸から絶えず増員が白嶺地方へと渡ってきています。その兵は陸路で前線へと来ているわけですが……紅羽港ほど巨大な港が落ちれば、白嶺地方の港から海路で兵がやってくる、陸路の何倍も早い。当然、侵略のスピードも」
「……!」
「幽澱の兵がある一定量集まってしまえば、我々の二重包囲網作戦など崩壊します。今すぐに港の前で迎え撃ちましょう。鶴崎城からであれば、こちら側が先に到着します」
「……う、うむ」
久世原中佐の意見により急速に準備が進められ、部隊は紅羽支部を出立する運びとなった。
「見事だったよ、久世原君」
会議終わりに、篠田大佐は久世原中佐に話しかけた。
「篠田大佐、ありがとうございます。中佐にこの私を推薦してくださったおかげです」
「……気をつけたまえよ。等々力君のようにならないようにな」
「ええ、もちろん。十分に」
久世原中佐は顔色ひとつ変えずにそう言った。




