第十二話 狙撃手争奪戦
「何度も言わせるな。次の狙いは〝等々力大佐〟だ」
久世原少佐から告げられたのは、〝上官の暗殺〟。静馬の身体は硬直した。
「……何言っているんですか! 味方側じゃないですか!」
「あぁ、味方だ。無茶な指示で兵を疲弊させる無能な味方、だがな」
「……!?」
「これを見ろ」
久世原少佐は一枚の紙を静馬に差し出した。それは兵の損失率を計算した紙、部隊ごとに、配属人数に対する死亡人数と負傷人数が記載されている。他の大佐に比べて等々力大佐の損失率は郡を抜いて高かった。
「もちろん戦功を上げてきたからこその大佐の地位だ。だが、大佐のやり方は少々乱暴すぎる、今後の戦いでは兵を疲弊させるのみ。鎌松砦の戦いでそれはより顕著となった。
等々力大佐から地位を剥奪できればいいが、彼は名家の出身、軍内部における権力も強い」
「……」
静馬は廊下ですれ違った真桑雄介のことを思いだした。彼は運良く生き残った、その背景には多くの屍がいるのだ。そして生き残ろうとも、その部隊に所属し続けるということは、死を待つ人形に等しい。
「いいか夜鳥羽。これは俺たちにしかできない任務だ。この国の未来のため、暗殺するしかない。
決行のチャンスは三日後だ、期待しているぞ」
そういって久世原は静馬の肩に手をポンと置き、そのまますれ違うように部屋を出た。
残された静馬は考える。
(暗殺……それも上官の。これもまた、狙撃の使い道───)
そして気づいた。上の席が空いたことで、今回静馬が一等兵に昇格したように。
大佐の地位が空けば、中佐の中から誰かが大佐を担う。そして中佐の席が空く。
(本当に国の為? それともその席を、久世原少佐は狙っているのだろうか───)
◇◇◇
「ヨォ、久しぶりじゃねぇか、侑」
「……笹良木か。気安く下の名を呼ぶな、下衆が」
「数少ない同期なのに相変わらず冷たいねぇ。久世原は」
紅羽支部の士官食堂。そこで黙々と昼食を食べる久世原少佐にガタイの良い大男は話しかけた。久世原は無言を決め込む。
「……」
無視をされようと笹良木少佐は続ける。
「聞いたぜ、六幽魔の一角を落としたって。すげぇじゃねぇか、次に中佐に昇格するのはお前かもな」
「……」
「ま、上の席が空いたらだろうけどな。羨ましいよ、優秀な部下でもついたか?」
「……」
笹良木少佐は黙々と昼食を口に運ぶ久世原の横にどかっと座った。そして、ふーっと長い息をついてから低い声で改めて喋り出す。
「単刀直入に聞くぜ。どんな手を使いやがった、教えやがれ」
「だからお前は嫌いだ。下衆が」
「おいおいおい、あの六幽魔を討ち取ったその手法があるなら公開するべきだ。この国のために!」
「この国だと? 微塵も思っていないことを抜かすな。お前の出世のため、だろうが」
「フン、出世欲が高いのはお前もだろうが。
では聞くが、なぜあの天狗村とか言う廃村に小隊を送った?
そしてなぜディートは現れた?
そして小隊だけでなく、なぜお前も天狗村に向かう必要があった?」
「……随分と調べたようだな」
「『質問には答えられない』、そう判断するぜ?」
「まだまだ学生気分のようだな。質問すれば答えが必ず返ってくるとまだ思い込んでいる」
「バルト小隊長」
笹良木少佐はニヤリと笑ってその名を口にした。
「俺の部隊にいる、英雄の息子が話してくれたぜ。鶴崎平野近くの森でバルト小隊に襲撃された時、奴が突如撃ち抜かれたってよ。天から降ってきた閃弾に、だ」
「……それがどうした」
「特殊技能を備えた兵隊がいるようだな。お前はそれを独占し、手柄を上げ出世する腹積もりなんだろ?
させねぇよ、俺の下で有効活用してやるから、寄越せ」
「くだらん妄想だな」
昼食を終えた久世原はお盆を持って立ち上がった。そしてその場を立ち去ろうとする。その背中に、笹良木少佐は喋る。薄ら笑いを浮かべて。
「俺は徹底的な性格なもんでな。どこまでも調べ上げるぞ、侑」
狙撃手とは、対象を一方的に撃ち抜くことのできる異端の存在。
だからこそ容易に実行できるのだ。味方を窮地に追いやる無能を消すことも、欲望を妨げる邪魔者を消すことも。
戦場の救世主となるか、独裁者の右腕になるか、表裏一体である。
◇◇◇
───幽澱帝国支配下・鶴崎城。かつての城主の居住スペースは今や幽澱帝国の作戦室へと変貌していた。橙色に光る夕焼けが窓から差し込んでいる。
「そうか……ディートが討ち死にしたか」
クライネは部下からの報告を受け、外の夕日を見た。老獪な将軍・ベイルも俯いている。
「ディートが死んだ!? なんで!?」
血相を変えてクライネの部下の肩を掴んで捲し立てるのは、【六幽魔】が一人、【獅閃】のグリフォイア。髪の毛が獅子のように逆立った猫目の若い男である。
「おい、グリフォイア、落ち着きなさい」
ベイルが諫めるも、その耳には聞こえていない。
「ねぇ、なんで!? あんなに強いディートが負けるわけないよ! そうでしょ、クライネ!」
「……すまない、私の策が読まれたようだ」
クライネの部下は続ける。
「ディート隊の生き残りの証言ですと……あ、生き残りというのは、ディート殿の覚醒に巻き込まれないよう逃走した兵のことですが……ディートの攻撃後、アマテルの小隊長は教会の上へと叫んでいたそうです。『ヨトバ』と」
「───! 狙撃手の名か」
クライネは鋭く反応した。そしてグリフォイアは立ち上がって拳を握る。
「〝ヨトバ〟……!!」
そして作戦室を飛び出す。
数分後、帰ってきたグリフォイアは赤く染まっていた。
「やれやれ、困った男よのう」
ベイルは呟いた。グリフォイアの身体に付着しているのは血。
情報を持ってきたディート隊の逃走兵のものである。
【獅閃】のグリフォイアは薄ら笑いを浮かべる。
「ディートを見捨てた裏切り者は許さない。仇は討つよ、ディート。
……待ってろよ、ヨトバ」
◇◇◇
「おい、待てよ、夜鳥羽」
朝人は廊下ですれ違った静馬を呼びとめた。二人は廊下で話すほどの間柄じゃない。それでも朝人は呼びとめたのは静馬の顔が暗かったためだ。
「……朝人」
静馬は等々力大佐の暗殺を命じられたばかり。悩みから声が小さい。
「聞いたよ、そっちの部隊でディートを討ったって」
「あぁ」
「……どうした」
静馬のそっけない返事に朝人は問いかけた。
「いや、ごめん。何でもないよ」
そう言って立ち去ろうとする静馬の肩を朝人は掴む。
「何もないわけないがだろう」
「……」
「その状態で戦場に出るつもりか、悩んでたら死ぬぞ。打ち明けてみたらどうだ、俺に」
「……それはできない」
そう言って目を伏せる静馬に朝人は語り掛ける。
「……一回死んでるんだ、俺は」
「……?」
「鶴崎平野の森で、敵の急襲にあって、目の前には敵の将が居た。俺は足を削られて、あとはトドメを待つだけだったんだ。初の戦場だ、思い上がりもあったし、早く父に追い付きたいという焦りもあった」
「……!」
思い当たる話に静馬の眼は開く。
「誰かの一撃がなければ死んでいたんだ。雑念は行動を鈍くするぞ」
「誰かが……か」
静馬は全て吐き出したい気持ちになった。自分は狙撃手で、今、上官の暗殺を命じられてることを。
「あぁ、誰かを突き止めて礼を言わなくちゃいけない、命の恩人だからな。だけど、あの時森に居た兵に聞いても誰も該当しなかった。夜鳥羽、お前は心辺りはないか? 鋭い流星のような閃弾の使い手を」
「……いや、知らないな」
「そうか、すまないな、いきなり自分の話を」
「いや、ありがとう、朝人。心が少し軽くなったよ」
嘘だ。静馬の悩みは以前として消えていない。だが、目の前にいるのは、自分の行動がもたらし、救った命。彼の存在が静馬の狙撃手としての価値を証明してくれている、それを静馬は実感した。
(俺が狙撃手になった意味は、あった。たとえこれから、上官暗殺の罪を背負ったとしても)
そして三日後。暗殺の実行日がやってくる。




