やはりスーパーは全てを解決する その3
「なんか最近どこのスーパーもあのクソつまんねえ二重の意味で虚仮脅しな炭酸ばっか売ってるよな。あれ誰も幸せになんねえし、とっとと消えてほしんだけど」
「そっかー」
「うーん、やっぱりそんなおっきなスーパーじゃないからか、あんまりラインナップ良くないね。変わり映えもしないし」
「そっかー……」
スーパーに入店した途端、散ッ!と言わんばかりに超速で消えていった青仁と橙田は、しばらくした後こうして合流し、梅吉相手に各々好き勝手スーパーに対する感想を述べていた。頼むから巻き込まないでほしい。
いやまあ、二人だけで楽しく話されても、それはそれで嫉妬心が抑え切れなくなるのでやめてほしいのだが。恋心とは難儀なものである。
「……なんか忘れてるみたいだけどさ、お、あいやわたし達、学校抜けてきてるからね?」
「はっ!」
「あっ!」
なんとなくイラつくので、二人を別方向の現実へと引き戻してやった。事実、橙田の蘇生に成功した以上、必要以上にスーパーで時間を潰していると、クラスからサボり扱いを受けかねない。遅からず、こちらの意味での現実には戻らねばならないのだ。
「ど、どうしようあたしみんなに迷惑かけちゃったのに、連絡一個もしてない!あたしをスーパーに連れてってって言ってくれるぐらい、あたしのこと心配してくれてたみたいなのに……あたし、すっごくひどいことしちゃった……」
慌てて善性の塊こと橙田がスマホを取り出し、自らの無事を発信する。その言動から、心の底から自らの行いを恥じ、申し訳なく思っていることが伝わってきた。
「なあ梅き……梅。今スマホ見たら、グループL◯NEにどう考えても今飲みたいジュースを書いてるとしか思えない通知がめっちゃ溜まってんだけど」
「クラス費で建て替えんなら良いぞって送っとけ」
一方、おそらく男子のみのグループL◯NEを見ていると思わしき青仁の方には、ついでと言わんばかりにパシリ要請が届いていた。この落差よ。
「なんかクラス費が絡むならって女子がきちんと意見まとめ出したっぽくて、正式に一・五リットルで複数本買ってこいって指令が出たわ。出し物で使った紙コップが余ってるから、それで分けるらしい」
「マジぃ?クッソ重いじゃん、やりたくね〜。つかこっちの人数わかってんのか?物理的に限界があるぞ」
「それな。ま、物理的な限界に達した時に文句言えば良いだろ」
青仁のスマホを覗き込めば、きちんと希望を取って整理したと思わしき買い物リストが送られてきていた。流石の手腕である。
「その、元はと言えば、あたしが忘れ物しちゃったせいだから。個人的にはむしろ、買い出しってことにしてくれてありがたいかも。その、梅ちゃんと青伊ちゃんを巻き込んじゃうことになるから、そこはすっごく申し訳ないな〜って思うけど……どうしたの?二人とも」
きょとんとこちらを見つめる橙田の対面で、梅吉と青仁は天を仰いでいた。圧倒的な光属性を前に、浄化されゆくアンデッドの気持ちを味わっていただけである。性根が腐り果てて久しい男子高校生マインドを持つ二人には、橙田は眩しすぎるのだ。
「……な、なんでも、ない。行くぞー!」
「お、おー!」
「お、おー?」
ヤケクソ気味に、青仁と共に声をあげる。つられるように、橙田もそこに加わった。こうして正式に告白した方と告白された方、そしてその告白を阻害した方という、修羅場メンツによるイカれた買い出しパーティが組まれたのだった。
「てか金足りる?つかそもそもあんの?おっ……私、財布持ってないんだけど」
「あたしはP◯yPayやってるから大丈夫だよ!この前チャージしたばっかだし!」
「わたしもモバイルS◯icaあるから別に」
「えっ金ないの私だけ???もしかして仮になんか良いもの見つけたとしても、私なんも買えなかったのか?????」
「うん」
この場で唯一人だけ一文なしであったことに気がついた青仁が悲嘆の声をあげるが、適当にスルーする。橙田がお酢を買おうとしていた時は思い出せなかったが、そういえばこの世にはスマホ決済という便利なものがあるのだった。
「クッ……ちょっとぐらい私のおすすめ混ぜても許されないかな」
「お前の自腹なら……いや自腹でもやめろ」
「絶対だめだからね」
腹いせにフードテロを引き起こそうとしていた青仁を、橙田と共に引き留めた。
……こうしていっそ不気味な程に、いつも通りのやり取りが重ねられていくことが。何より恐ろしくて、異常だった。
「あ、てかこの量は流石にカゴないと無理じゃん。ちょっと取ってくるわ」
「いってらっしゃ〜い!」
「おー」
そう言って、青仁がパタパタとスーパーの入り口の方へと駆けていく。残された梅吉は、チラリと橙田の横顔を盗み見た。
「……梅ちゃん?」
不思議そうにこちらを見る橙田の顔には、邪気なんてカケラも感じ取れない。転校当初と同じ、完全無欠の純粋無垢な美少女のそれだ。だからこそ、わからないのだ。
何故彼女がここまで自然に、なんのわだかまりも感じさせず、梅吉と青仁相手にコミュニケーションが取れているのか。
「……」
「あっ、もしかして、昨日のこと気にしてるの?」
「ッ?!」
なんの前触れもなく、図星を突かれて心の臓がギュッと締まる心地を味わう。何ひとつ取り繕えないまま、露骨な動揺を橙田の前に露わにしてしまった。真昼間のスーパーに本来あるはずの喧騒が、遠く、遠くなっていく。
「ねえ。あたし、あの後青伊ちゃんに、絶対梅ちゃんのところに行ってねって無理矢理送り出したんだけど、きちんと来てくれた?」
「……へ?」
予想外の問いかけだった。間抜けな音が、口からこぼれる。こういう時の相場は、宣戦布告というやつではないのか。何故、敵に塩を送るような真似をしているのか。
梅吉が橙田の言動を何ひとつ理解できないまま、恋敵の女子という、梅吉からすればなんとも不可解な存在は、真意の読めない微笑みを浮かべる。
「やっぱり、来てくれたんだね。なら良かった。あのね、梅ちゃん。あたし、あなたに伝えたいことがあるの」
「は?」
良かった?何が良かっただ。彼女も恋する乙女ならば、好きになった人が己よりも別の人間を優先することは、悪夢に等しいだろうに。新手の煽りか何かか?
しかし、負の感情に支配された梅吉には、目が眩んでしまいそうになる程眩い善性を携えて。梅吉の心情を理解しているのか、していないのか──橙田はうっそりと、笑いかける。
「幸せにならないと、許さないから」
それは、今まで見てきた彼女の姿の中で、何よりも美しい、凄絶な笑みだった。平時より少しだけ低い声音が、梅吉の心臓に突き刺さる。相手に有無を言わさず言葉をのませる、ある意味、宣戦布告よりもタチの悪い代物だった。
梅吉にはまだ至れない領域から、彼女は恋から逃れる術を潰す。
「……っ、うる、さい」
喧騒にかき消されてしまいそうな程か細い抗議しかできなかった。その時点で今この時だけは、敗者は明確に梅吉の方であったのかもしれない。
「うるさくたっていいから、ぜーったい叶えてね!だって、このあたしの貴重なわがままなんだから!」
「……なにそれ」
「なにそれ、じゃないよ!友達の大切なお願いなんだから、本当の本当に、ちゃんと叶えてよね!」
おそらくは意図的に、橙田は俯く梅吉に対し、明るく振る舞う。その明るさが、余計に梅吉に重くのしかかる。
ズルい。敗者のくせに、選ばれないことを自覚して、想い人の背を押すだなんて。そんな綺麗なこと、梅吉にはできない。それどころか、どれだけ歪に成り果てようと、絶対に失うまいと決意した物を、他でもない自らの手で壊してしまったのに。そんな潔い真似をされてしまったら、己の立つ瀬がないじゃないか。試合に勝って勝負に負けたどころか、こちとらその試合にすら出るか出ないか悩んでいる有様なのに。
だがだからこそ、わからない事もある。橙田が、何故そこまでして梅吉と青仁に対し献身的に振る舞うのか。冷静に考えて、良くも悪くも性根が腐っている二人が、彼女のような人格者に好かれるとは思えない。しかもその片方には恋愛感情を向けていると来た。一体どのような思考の変遷を辿ればこうなるのか。皆目見当もつかないのだ。そしてわからないということは、何よりも恐ろしいものである。
「おーい。カゴ持ってきたぞー。つかお前、橙田さんと何楽しそうに話してんだ」
「てめえを仲間外れにする話」
カゴを抱えて戻ってきた青仁が通路から顔を出してきたので、適当に嘘をでっち上げておく。何も理解していないそのツラが──己の想い人の顔が、今は何よりも梅吉に安堵をもたらした。
「は???えっちょ、と、橙田さ、じょ、じょじょじょ冗談だよ、な?」
「……そうだったかも?」
「と、橙田さん……?」
珍しく、梅吉の悪ノリに橙田が加担する。突然の裏切りに、青仁がか細い声を挙げた。
こうなってしまうから。変わり映えのしないやり取りこそを、きっとお互い何よりも愛しているから。そう簡単には、踏み出せないのだ。そんな、何百回と繰り返した思考が、今日も己の内側に渦巻いて、消えていった。




