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来年死ぬ予定の僕ら  作者: グナル
第一巻 来年死ぬ予定の僕らの星占い相談室
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8/15

焼きそばパンの予言(7)

 その夜の十一時四十分、僕は洗面台の前に立っていた。


 歯をみがく前に、明日のことをひととおり考えた。遥の薬。朝、昼、夜。昼の分はもうピルケースに入れた。明日は金曜で、コンビニのシフトが五時から十時。トートバッグのカイロは残り二枚で、来週補充しなきゃいけない。古文のノートは戻ってきた。


 それから、スマホのカレンダーを開いて、予定を一つ作った。


 タイトルは少し考えて、「貸し出し」にした。繰り返し:毎週火曜、木曜。終了日を聞かれたので一年先までめくって、来年の四月、「桜」と書いてあるマスの手前を選んだ。その日にはもう予定があるからだ。カレンダーが計算して、最後の「貸し出し」は来年の四月八日、木曜だと教えてくれた。


 一年分の火曜と木曜を足すと、百日ちょっとになる。思っていたより多くて、思っていたより少なかった。それがたくさん貸し出したことになるのか、少ししか貸し出していないことになるのか、よくわからなかった。


 スマホを洗面台に置いて、歯みがき粉を出した。歯ブラシを口に入れたところで、画面が光った。


「お兄ちゃん、いる?」


「いる」


 歯ブラシをくわえたまま、片手で返した。壁の向こうの遥の部屋から、寝返りを打つ音がした。


「灯里さん、明日も来る?」


 少し考えた。


「僕が呼んだわけじゃない」


「じゃあ来るね」


 歯みがき粉を吐いて、口をゆすいで、その一行を見た。


「なんで」


「お兄ちゃんが呼んだんじゃない人は」遥が返してきた。「みんな自分で来たくて来てる人だから」


「お兄ちゃん」


「なんだ」


「あの人のこと、好き?」


 歯ブラシを洗面台に落としそうになった。


「契約で、だめって書いてある」


「へえ~」遥が返してきた。うしろに長い波線が続いていた。「契約ね~」


「その波線はなんだ」


「べつに」彼女は言った。「ただ、契約にわざわざ『だめ』って書いてあることって、だいたい起きそうなことなんだよね。じゃなきゃ書かないでしょ。契約期間中にキリンになってはいけません、って書いてある契約書、見たことある?」


 言い返そうとして、少し考えて、言い返せるところがないと気づいた。今週は負けが多すぎる。


「寝ろ」


「はいはい、寝ます」


 うしろに、あの膝をついたうさぎが続いた。うさぎが捧げ持っているものは、やっぱり潰れていて何かわからなかった。


 スマホを洗面台に伏せて、電気を消した。


 壁の向こうで、もう一度寝返りの音がした。それから何もなくなった。


 僕は暗闇の中にしばらく立っていて、その「何もない」が眠っているほうの「何もない」なのを確かめた。この技術は人に教えるのが難しい。母さんはできるし、僕もできる。僕は母さんから習った。ただ、母さんは病室で使って、僕は家で使う。


    *


 次の日の朝七時十分、僕らが玄関で靴をはいていると、ドアが開いた。


 母さんが帰ってきた。朝凪(あさなぎ)真澄(ますみ)。小田原中央病院の夜勤の看護助手で、四十四歳で、目の下のくまは勤続年数と同じくらい長い。彼女はドアのところに立っていて、僕らはドアの内側に立っていて、二人しか立てない玄関で全員が一度ぎゅうぎゅうになった。


 これがうちの引き継ぎだ。母さんは仕事終わり、僕らは登校、そのあいだの一分くらい、全員が同じ場所にいる。


「おはよう」母さんは言った。


「おはよう」


「おはよー、お母さん」


 母さんは僕らの頭ごしに、こたつの上の食べかけのういろうに目をとめた。


「ういろう? 誰が買ったの」


「お兄ちゃんの保証金」遥が言った。


「保証金?」


「お兄ちゃん、女の子に一年借りられたの」


 母さんは僕を見た。夜勤明けで、目つきが少しのんびりしていて、まだピントを合わせているカメラみたいだった。


「……保証金はいくら」


「ういろう一箱」と僕は言った。


「五箱まで交渉した」遥がつけ足した。


 母さんは少し考えた。


「安いわね」と言った。


 それから手を伸ばして、僕の頭をぽんと押さえた。なでたんじゃない。押さえたのだ。熱を測るみたいに。それか、何かがちゃんと元の場所にあるか確かめるみたいに。押さえ終わると、スリッパにはきかえて自分の部屋へ向かった。途中で振り返って言った。


「鍋のはカレー?」


「母さんの分、取ってある。塩は少なめ」


「先生がそう言ってるからね」


「先生がそう言ってる」


「知ってる」母さんは言った。「おいしいよ」


 ドアが閉まった。


 階段を下りるとき、遥は鉄の階段の二階で中継の休憩をとって、息を切らしながら言った。「お兄ちゃん、お母さん、食べる前においしいって言った」


「いつもはおつかれさまだよな」


「今日はおいしいだった」遥は手すりをつかんで、一段下りた。「この二日で二人がお兄ちゃんのカレーをおいしいって言ったの。しかも一人はまだ食べてない。自分で数えなよ」


    *


 その日の放課後、東雲が教室の入口に立って、僕を待っていた。手に入部届を二枚持って。


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