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来年死ぬ予定の僕ら  作者: グナル
第一巻 来年死ぬ予定の僕らの星占い相談室
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2/15

焼きそばパンの予言(1)

 遮断機はすっかり上がって、赤いランプも消えていた。踏切はまたただの廊下に戻った。七、八歩ぶんの長さで、ゴムの板が何枚か敷いてあって、両端に一人ずつ立っている。


 先に歩いてきたのは彼女だった。線路のちょうど真ん中まで来て、止まった。そこに彼女にしか見えない線でも引いてあるみたいに。


 僕も歩いていった。自分が死ぬと言った相手が目の前まで来るのを、その場でじっと待っているのは嫌だった。それだと、気にしているみたいに見える。


 それで僕らは線路の真ん中で顔を合わせた。近くで見ると、遮断機越しのときよりもう少し小さくて、前髪の下の丸い眼鏡を見るには、少しうつむかないといけなかった。


「さっき、何撮ったんだ」


「きみだよ」彼女はカメラをくるっと回して、レンズの向きを見せた。それで何かが証明できるみたいに。「きみが立ってたところ、光がすごくよかったの。太陽が後ろに沈んでいくから、輪郭がふちどりされて光るんだよ」


「逆光だろ」と僕は言った。「顔がアンダーになって、真っ黒につぶれる」


 彼女は目を上げて、ちらりと僕を見た。その目に何かが浮かんで、すぐに消えた。外国にいて、ふいに誰かが自分の母語をしゃべるのを聞いた人みたいな顔だった。


「わかるんだ」


「前に、ちょっとだけ」


「じゃあ、わかるでしょ」彼女はカメラを首にかけ直した。「わたしがほしいのは、顔がよく見えない一枚なの」


 僕はこの話を広げないことにした。顔のよく見えない男子高校生を六十円かけて撮るのは彼女の予算の問題で、僕の問題じゃない。


「さっきの言葉」と僕は言った。「どういう意味だ」


「どれ?」


「どれかはわかってるだろ」


「うそだよ、のほう?」彼女は少し考えた。「きみの顔を見ればわかるよ」


「顔はよく写らないって、今言ったばかりだろ」


「写らないのと」彼女は言った。「見えないのは、別だよ」


 彼女の視線が下がって、僕の手の紙袋に落ちた。紙袋にはあの古い店の名前が印刷してある。


「ケーキでしょ」彼女は言った。「早く行かないと、溶けちゃうよ」


 それから僕の横をすり抜けて、踏切を下りて、城山のほうへ歩いていった。すごく速かった。リュックが背中の上で跳ねていて、背中よりひとまわり大きい。振り返らなかった。首の後ろにカメラのストラップがのぞいていた。古い革のストラップで、すり切れてつやが出ていた。


 僕は線路の真ん中にしばらく立っていた。遠くでまた警報が鳴りはじめて、やっと自分がどこに立っているのか思い出した。


 駅へ戻る途中、僕はあの言葉のことを少し考えた。


 病院の大人たちは、未来について話すとき、ものすごく慎重だ。医者は「予後は良好です」と言うけれど、「長生きします」とは言わない。「経過観察が必要です」と言うけれど、「何か起きます」とは言わない。「可能性は高くありません」と言うけれど、「起きません」とは絶対に言わない。僕はそういう言葉の中で育った。だから、ある人がある日に死ぬと、あんなにはっきりした口調で言う人間は、僕に言わせれば「明日は絶対に雨」と言う人と同じで、素人だ。


 素人の言うことは、真に受けなくていい。


 僕はケーキを反対の手に持ちかえて、足を速めた。いちごが溶ける。


    *


 うちは小田原駅の東側にある古いアパートの三階だ。階段は外付けの鉄製で、雨の日には音が鳴る。遥はいつも二階でいったん止まる。


 ドアを開けたとき、リビングの電気は消えていた。


「電気つけちゃだめ!」


 暗闇から遥の声がした。僕は玄関でケーキを提げたまま待った。暗闇の中でしばらくごそごそ音がして、それからマッチが一本すられて、テーブルに近づいた。


 テーブルにガムテープで貼りつけてあったろうそくに、火がついた。ろうそくはテーブルの真ん中に一本だけぽつんと立っていて、横には皿が二枚、フォークが二本、それから細長く切った色紙が一枚。マジックで「あたし、誕生日おめでとう」と書いてある。


「自分で書いたのか」


「ほかに誰が書くの」遥はテーブルの向こうに座っていた。ろうそくの火が下から顔を照らしていて、怪談でもはじめそうに見える。「ケーキは? 早く早く、リハーサルのやつがもう燃えつきちゃう」


 僕はケーキをテーブルに置いて、箱を開けた。


 いちごのやつだ。丸ごとのいちごがたくさん、クリームの上にぎゅうぎゅうに乗っていて、ちょっと乱雑だった。チョコのプレートには「はるか 十五さい おめでとう」と書いてあって、「十五」がすごく大きく、うしろの「おめでとう」は端に押しやられて傾いていた。


「お兄ちゃん、なにぼーっとしてんの」


「してない」


「帰りに何かあった?」彼女は僕の顔を見た。「踏切でずーっと電車待ってた人みたいな顔してるよ」


「電車は時間どおりだった」


「ならいいけど」


「十五本のろうそくは? お店でもらったでしょ」


 もらっていた。カラフルな細いろうそくが一袋、十五本、一本も欠けずに。僕は一本ずつ刺していって、あまり丸くない丸にした。


 遥はろうそくの輪を見て、眉をひそめた。


「少なくない?」


「十五歳だから十五本」


「あたしの精神年齢は十八歳なの」彼女はテーブルのリハーサル用の一本も数に入れて、指を折って数えた。「あと二本足りない。お兄ちゃん、二本貸しね」


「精神年齢十八歳の人間は、ろうそくをガムテープでテーブルに貼らない」


「これは創意工夫っていうの。十八歳はいちばん創意工夫があるんだから」


「十八歳は受験勉強してる」


「だったらなおさら創意工夫がいるじゃん」彼女はリハーサル用のろうそくをガムテープごとテーブルからはがして、ケーキの真ん中に刺した。傾いていた。「はい、十六本。残りの二本は来年まとめて返してね」


「来年は十六歳なんだから、十六本だろ」


「来年のあたしの精神年齢は十九歳だから」遥は言った。「お兄ちゃんは二十一本返すの。利子つきだよ」


 僕は遥の精神年齢についてこれ以上話さないことにした。この話題を続けると、最後に借金を背負うのは必ず僕だ。


 彼女はもう一本マッチをすって、一本ずつ火をつけた。十六本のろうそくがいっせいに燃えて、思ったより明るかった。熱気が立ちのぼって、チョコのプレートが少しやわらかくなった。


 遥は大きく息を吸って、吹いた。半分以上が消えた。残りの何本かがふらっと揺れて、また立ち直った。


 彼女はそこで止まって、ひと息ついて、両手を合わせて目を閉じた。願いごとをするみたいに。それから目を開けて、もうひと吹きして、残りも消した。


「何をお願いしたんだ」


「言ったら叶わないでしょ」彼女はろうそくを一本ずつ抜いて、皿のふちに並べた。「お兄ちゃん、電気」


 僕は立って電気をつけた。


 明るくなっても、彼女はさっきと何も変わらなかった。顔が少し白い。でも、ろうそくを吹き消した人はたいてい顔が少し白くなる。


 僕はカバンからプレゼントを出した。クラフト紙の袋で、店員さんが包んでくれたものだ。ていねいすぎて、差し出すのがちょっと照れくさいくらいだった。


 遥は袋を開けて、グレーの毛糸の手袋を取り出した。指先の出るやつで、手の甲に小さな猫が編みこんである。


 彼女は手袋を持って、裏返して、また表に返した。


「これさ」彼女は言った。「検索結果の一番上でしょ」


「五番目」


「その上の四つは?」


「ハンドクリーム」


「四つとも?」


「四つのブランド」


「つまり、かぶらないように五番目までスクロールしたんだ」彼女は手袋をはめた。指先の出たところから指を出して、動かしてみせる。「よし、合格。じゃあ一回目の文句ね」


「どうぞ」


「四月に手袋って、なに考えてんの」言い終わっても外さずに、彼女はその手袋のままケーキを切りにかかった。


 うちのケーキナイフは普通の包丁で、お湯で温めてある。遥はケーキを切るときにやたら力をこめるので、最初の一切れはひどく傾いて、いちごが二つテーブルに転がった。彼女は傾いたほうを僕の皿にのせて、きれいな一切れを自分に取った。


「誕生日の人が優先」


「ケーキ代は自分で払ったんだろ」


「だから誕生日の人がもっと優先なの」


 ケーキを食べているあいだ、テレビがついていて、誰も見ていないクイズ番組をやっていた。母さんからまたメッセージが来た。病院の休憩室から送ったものだ。


「ケーキおいしい?」


 遥が僕のスマホをひったくって、ひと口かじったケーキの写真を撮って送り、ついでに膝をついたうさぎのスタンプも送った。


「なんて?」と僕は聞いた。


「『ゆっくり食べなさい』だって」遥はスマホを返してきた。「あと、お兄ちゃんのケーキ代はほかのことに使っちゃだめって」


「ケーキ代はまだ電子レンジの中だよ」


「じゃあお兄ちゃんのものだね」


「母さんのだろ」


「だからさ」遥はフォークをなめた。「あたしからお兄ちゃんへのプレゼントってこと。誕生日の人が誰かにあげるのは、お返しっていうの」


 彼女は一切れ半食べたところで、もうお腹いっぱいと言った。残った大半のケーキはラップでくるんで冷蔵庫に入れて、明日の彼女の分にした。


 皿を洗いながら、踏切のことを話そうかどうか少し考えた。


 同じクラスの女子がカメラを持って、遮断機の向こうから、僕にすごくたちの悪い冗談を言った。それから「うそだよ」と言った。それからケーキの味まで当てた。


 少し考えて、言わなかった。


 その夜は彼女の誕生日だった。誕生日は、そういう話をする日じゃない。


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