星占い相談室の予言(3)
水曜の二時間目のあと、透真が僕の目の前にスマホを突き出してきた。
「朔、最近放課後どこ行ってんの」
「バイト」
「火曜は?」
「……北校舎」
「北校舎の四階」透真は言った。「天文部。見たぞ。おまえと東雲さんと、一年の子が一人、ドアに看板掛けてた」
「つけてたのか」
「新聞部だからな」彼はスマホをさらに押しつけてきた。「その話はあとだ。これ見ろ」
画面にはSNSのアカウントが表示されていた。名前はカタカナ二文字だけ。ヨミ。
アイコンは真っ白で、何もない。プロフィール欄も空っぽ。フォロワーは四千ちょっとで、こういう地方都市のローカルアカウントにしては、そこそこ名が知られている。
固定された投稿は一言だけだった。
このアカウントの予言は、嘘をつかない。
「小田原ローカルの予言アカウント」透真は言った。「去年の秋から投稿してる。数は多くない、週に一、二回。ぜんぶ当たってる。一回も外れてない」
彼は下へスクロールして見せた。
明日の朝、東海道線の上り、六分遅れます。
来週の月曜、早川の河口のあのアオサギが戻ってきます。
小田原駅東口のあのラーメン屋、来月店主が替わります。スープがおいしくなります。
明日の夕方、城山の西側の下り坂、自転車の人はゆっくり走ってください。
どの投稿の下にも返信がついていた。「本当に遅れた!」「アオサギ戻ってきた、写真貼っとく」「スープたしかにうまくなった、なんなのこのアカウント」。最後の投稿の下には、こんな返信があった。「その日ブレーキの調子が悪くて、これを思い出して降りて押して歩いた。坂の下まで来たら、ブレーキワイヤーが切れた」
僕は最後の投稿をしばらく見ていた。
あの朝の靴箱の前で、誰かが透真に「今日のあれ、焼きそば入ってないよ」と言って、聞かれたら「勘だよ」と答えた。
僕はスマホを押し返した。
中身がだいたいわかっている箱ほど、開けたくなくなる。開けたら、それをどうするか決めなきゃいけないからだ。
「こういうアカウントは」と僕は言った。「当たったのは残して、外れたのは消す。それで一回も外れないことになる」
「絶対そう言うと思った!」透真は得意げにいちばん下までスクロールして、フォルダを一つ出した。「だから去年の冬から、毎日スクショしてるんだ。投稿は全部、出たその日に撮ってる。一件も消されてない。ぜんぶここにある」
フォルダのスクショは何百枚もあった。彼が毎日これにどれだけ時間を使っているのか、あまり知りたくなかった。
「ラーメン屋の店主が替わるのは、運でも当たる」
「スープがうまくなるのも運か?」
「店主の親戚なんじゃないか」
「考察済みだ」透真はノートを開いた。「投稿時間は朝の六時と夜の十一時に集中してる。早寝早起きで、電車と河口とラーメンにくわしくて、城山まで自転車で上る時間もある。結論:元気象庁職員、男性、六十歳以上、犬を飼ってる」
「犬はどこから出てきた」
「朝六時に起きるんだから、犬の散歩しかないだろ」
「うん」と僕は言った。「絶対そうだ」
透真がちらっと僕を見た。
「今、一瞬止まったな」
「止まってない」
「止まった。おまえ、勘が働いたとき、いつも一回止まってから『うん』って言うんだよ」
「透真、なんで僕がおまえに自分の勘を絶対に話さないか、知ってるか」
「なんで」
「おまえがメモするからだ」
透真は大笑いして、笑い終わると、またスマホを引っこめて画面を見た。笑顔が少しずつ顔から引いていって、半分くらいのところで止まった。
「実はさ」彼は言った。「最近、このアカウントで特集組もうか考えてて。『汐見新聞』の」
透真はそれ以上何も言わなかった。スマホをポケットにしまった。バッテリーは七パーセントだった。
「おまえ、いつならひまなんだよ、朔」彼は聞いた。
この質問を彼は中学のあいだずっとしてきて、僕も中学のあいだずっと断ってきた。今回も口を開いて「火曜と木曜」と言いかけて、火曜と木曜ももう貸し出し中なのに気づいた。
「……週末かな」と僕は言った。
「週末はスーパーだろ」
「スーパーは一時間で済む」
透真は僕を見た。冗談なのかどうか、よくわからないみたいに。それから笑った。さっきの大笑いじゃなくて、すごく小さな、ほっとしたみたいな笑いだった。
「じゃあ決まり」彼は言った。「週末、一時間。新聞部でレイアウト手伝え」
「新聞部にレイアウトなんて仕事あるのか」
「ある」彼は言った。「今日からある」
*
その夜の九時、店に入ってくるなり、真昼が鼻にしわを寄せてにおいをかいだ。
「新人くん、ペンキのにおいする」
「部活」
エプロンのひもを結ぶ手が一瞬止まった。
「部活に入ったの?」
「貸し出された」
「誰に貸し出されたの?」真昼はレジの奥へ行って小銭を数えはじめ、途中で顔を上げた。「九時五十何分の子?」
僕は何も言わなかった。
「やっぱり」真昼は小銭を数えつづけた。「なに部?」
「天文部」と僕は言った。「ドアに看板が掛かってて、星占い相談室っていうんだ」
真昼の手がまた止まった。今度は少し長く。
「星占い」
「星占い」
「新人くん」彼女はすごく真剣に僕を見た。「そこで何の担当してるの」
「お湯わかし」
彼女は少し僕を見て、それからうつむいて、百円玉を一枚引き出しに入れた。
「すごく似合ってる」彼女は言った。
その一時間、店はひまだった。真昼は検品を済ませて、明日の発注書を書いて、それからレジにもたれて、僕が飲み物の棚のほうじ茶を一本ずつきれいに並べるのを見ていた。
「じゃあ、占ってよ」彼女がふいに言った。
「僕は占い師じゃない」
「じゃあ帰ってそっちの占い師に聞いて」真昼は言った。「明日の特売の卵、昼までに売り切れるかどうか」
「こんなに長く働いてるんだから、誰よりもわかってるだろ」
「高一からここにいるんだもん」彼女は言った。「そりゃわかってるよ。ただ、そっちの占い師がわかってるかどうか、見てみたいだけ」
答えられなかった。東雲がなんと言うか、わからなかった。知り合って二週間もたっていない。わかっているのは、彼女はしゃべるとき、こちらが聞いた質問にはあまり答えないで、口に出さなかったほうの質問に答えることが多い、ということくらいだった。
「たぶん、こう言う」と僕は言った。「二パック取っておいたことのほうが、卵が売り切れるかどうかより大事だよ、って」
真昼は僕を見た。
「……新人くん」
「なに」
「そっちの部活って」彼女はレジのほうに目を戻した。「まともなの、新人くんだけなんじゃない?」
「僕もまともじゃない」
「知ってる」真昼は言った。「十時。シンデレラは帰る時間」




