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市影譚 ―怪異を解する―  作者: 宮城 歩


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7-4 宮司


「ありがとうございました」


 カメラマンが録画を止めた。


 それでも、リポーターはすぐにはその場を離れなかった。


「できれば、これから調査される石段についても、少しお話を伺いたかったのですが……」


 名残惜しそうに相模を見る。


 後ろにいたスタッフが、腕時計を確認した。


「そろそろ戻らないと、夕方の放送に間に合わなくなります」


「そうですよね」


 リポーターは残念そうに答え、相模と桂一へ改めて頭を下げた。


「突然のお願いにご協力いただき、ありがとうございました」


「こちらこそ、ありがとうございます」


 相模が応じる。


 スタッフたちは手早く機材を片づけ始めた。カメラがケースへ収められ、三脚の脚が閉じられていく。リポーターは最後まで何度か相模を振り返っていた。


 カメラが完全に下ろされてから、桂一が栞の前を空ける。


「ありがとうございます」


「映りたくなさそうだったから」


「分かりました?」


「カメラが向いた瞬間、二歩くらい下がっただろ」


「一歩です」


「どっちでもいいよ」


 相模が二人を見比べる。


「相沢さんは、顔を出されていないのですか?」


「以前の勤務先なんかに見られるのが嫌なんです。桂一さんは、よく平気ですよね」


「仕事だからな」


 桂一はそれだけ答え、カメラバッグを肩へ掛けた。


 三人は鳥居をくぐり、石段の方へ歩き始める。


 途中、相模が境内を見回しながら口を開いた。


「十一月には、干支の大絵馬も運び込まれるそうですね。重さは二百キロ近くあるとか」


「ああ。それ、正確な数字じゃないですよ」


 桂一が何気なく答える。


「え?」


「前に、絵馬を運んでいた法被姿のおじさんに聞いたことがあります。何年か前にテレビの取材で重さを聞かれて、分からないから目測で答えた数字だそうです」


「テレビで紹介されていましたが」


「その時の数字が、今も残ってるんでしょうね」


 栞が二人の間から顔を出す。


「実際に量った数字じゃないんですか?」


「いちいち重さを量ったりしないだろうから」


「水野さんは、面白い情報を持っていますね」


 相模が感心したように言う。


「載せちゃ駄目ですよ。重みがある方が、偉大な感じがしますし」


「重さの話だけに?」


「そういう意味で言ったわけじゃありません」


 相模は小さく笑い、手帳を取り出した。


「今、書きませんでした?」


「書いていませんよ」


「一回、手帳を見せてもらっていいですか?」


「取材資料ですので、お断りします」


 二人が話している間にも、撮影隊は撤収を進めていた。


 白いワゴン車の後部扉が閉まる。リポーターが車へ乗り込む頃には、相模も桂一も、もはやそちらを意識していなかった。


 二人は石段の下に立ち、左右の幅や勾配を見比べている。


 桂一は小型のカメラで石段全体を撮影すると、端へ寄って一段目へ足を掛けた。相模も手帳を片手に、その後へ続く。


 栞も慌てて二人を追った。


 石段は、下から眺めていた時よりも一段ごとの高さがあった。


 桂一は数段上るたびに足を止め、石の表面や縁を確認する。欠けている箇所、わずかに沈んでいる箇所、苔の残り方。手すりへ手を掛け、ぐらつきがないかも確かめていた。


 相模は反対側を歩き、ときおり振り返って下を見た。


「今のところ、極端に危険な箇所はありませんね」


「古い石段ですから、多少の歪みはありますけどね」


 桂一が一段の端を靴底で軽く踏む。


「ここだけ見れば、どこの神社にもある程度です」


「祭りの前にだけ変わるものも、まだ見当たりませんか」


「準備は上でやってますから。まずは最後まで見てみましょう」


 二人はそのまま、周囲を確かめながら石段を上っていく。


 中ほどを過ぎると、駐車場から聞こえていた人の声が遠くなった。代わりに、木の葉が触れ合う音と、三人分の足音が近くなる。


 栞も何度か立ち止まり、桂一が撮影した場所を手元のメモへ残した。


 やがて木々の間が開き、境内の建物が見えてくる。


 最後の一段を上りきると、正面に拝殿があった。脇には社務所があり、その前では神職と数人の手伝いが、祭りに使う道具を確認している。


 相模は帽子を外し、社務所へ向かった。


「昨日お電話した、『月刊 超自然大陸』の相模です」


 声を掛けると、宮司がすぐに歩み寄ってきた。


「お待ちしておりました。遠いところ、ありがとうございます」


「急なお願いで申し訳ありません。本日は、地元で活動されている方にも同行していただいています」


 相模に紹介され、桂一も頭を下げた。


「水野です。よろしくお願いします」


 桂一は名刺入れを取り出すと、二枚の名刺を重ねて宮司へ差し出した。


 一枚は、東北の観光や宿泊施設を紹介する『と~ほくでアソボ!』。


 もう一枚は、地域の噂や奇妙な出来事を扱う『市影譚』のものだった。


「二つ運営されているんですか」


 宮司が二枚を見比べる。


「ええ。内容が違うので、一応分けています」


「こちらのサイトでは、うちの神社も紹介していただいていますよね」


 宮司は『と~ほくでアソボ!』の名刺を指した。


「山にあるものですから、駐車場にも限りがあります。混雑する時期や周辺の駐車場所まで載せていただいて、大いに助かっています」


「そう言っていただけると、励みになります。以前の記事も更新しますし、今回は観光向けの方でも一緒に取材させていただきますね」


「それはありがたいです。以前、取材のお問い合わせをいただいた時は、まさかこんなに若い方だとは思いませんでしたよ」


「よく言われます」


 桂一は、隣に立つ栞へ顔を向けた。


「こちらは、観光部門の窓口を担当している相沢です」


 栞が目を瞬かせる。


 観光部門の担当窓口に、いつなったのだろう。


 問いかけるように桂一を見たが、桂一は何事もなかったような顔をしている。


 栞はひとまず聞かなかったことにして、宮司へ頭を下げた。


「相沢栞です。よろしくお願いします。以前、年末年始に巫女として働かせていただいたことがあります」


「ああ、市内の学生さんだったんですか。その節はありがとうございました」


「こちらこそ、お世話になりました」


 挨拶を終えると、相模が今回の調査について改めて説明した。


 石段の状態を確認すること。祭りの準備中に、普段と変わるものがないか調べること。必要に応じて写真を撮影し、関係者へ話を聞くこと。


 話を聞き終えた宮司は、相模へ向き直った。


「調べていただくこと自体は構いません。ただ、確認できていない噂を、事実として扱うことは控えていただきたいのです」


「もちろんです」


「できることなら、今回の調査で悪い噂を払拭してもらえればとも思っています」


「結果を先に決めることはできませんが、確認できた事実と噂は、きちんと分けて扱います。神社側のお考えも、記事へ反映させていただきます」


「それで結構です」


 宮司は安心したようにうなずいた。


「部活動で、毎週のように階段を駆け上がる学生もいます。何往復しても転ばない人だっている。確かに古い階段ですが、そんなに悪いものでもないはずなのです」


 境内での撮影や石段の確認について、宮司から許可が出た。


 祭りの準備を妨げないこと。立ち入りを禁じられた場所へ入らないこと。それ以外は、自由に見ても構わないという。


「では、取材が終わりましたら、速やかに失礼します。記事は後日、お目通しいただければ幸いです」


 相模が頭を下げ、桂一と栞もそれに続いた。


 三人は社務所を出る。


 扉が閉まってから、相模が桂一の手元へ目を向けた。


「二種類の名刺を出せるのは、少し羨ましいですね」


「相模さんは、名刺を出す前に気づかれるでしょう」


「それとこれとは別です」


 相模はわずかに不満そうだった。


 数歩進んだところで、相模が何かを思い出したように口を開いた。


「そういえば、昨日泊まったのが、水野さんのサイトで紹介されていた旅館でした」


「『と~ほくでアソボ!』の方ですか?」


「ええ。食事の量が多いと書かれていたところです」


「ああ、あそこですか」


「一人で泊まったのに、僕の腕くらいあるマグロのカマの炙り焼きが出てきまして。本当にお得でしたね」


 相模は自分の腕を曲げ、大きさを示した。


「一人分で、ですか?」


 栞が目を丸くする。


「ええ。それ以外にも刺身と煮物がありました。記事の写真より大きかったような気がします」


「完食したんですか?」


 桂一が尋ねる。


「もちろんです。おかげで今朝は、ほとんど何も食べられませんでした」


「それは、お得だったと言っていいんですか?」


「少なくとも、記事に偽りはありませんでした」


 相模は満足そうに答えた。


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