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市影譚 ―怪異を解する―  作者: 宮城 歩


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7-3 取材


「……はい。相模ですが」


 返事までに、ほんのわずかな間があった。


 さすがに、車を降りて三十秒で気づかれるとは思っていなかったらしい。


「やっぱりそうですよね。遠くからでも、もしかしたらと思いまして」


 どうやら、顔ではなく服装で見つかったようだ。


 桂一が呆れたように、小さく首を振る。


「今、潮塊祭りの準備について取材しているのですが、少しだけお話を伺ってもよろしいですか?」


「構いませんよ」


 相模が答えると、リポーターは後方のカメラマンへ合図を送った。


 すぐにカメラが相模へ向けられる。スタッフが周囲を確認し、相模を鳥居と石段が映り込む位置へ案内した。


 栞は邪魔にならないよう、桂一の後ろへ下がった。


「それでは、お願いします」


 カメラマンの声に合わせ、リポーターの表情が変わる。


「潮塊神社では今週末、毎年多くの参拝客が訪れる潮塊祭りが行われます。準備が進む境内で、偶然お会いしたのは――」


 リポーターが相模へマイクを向けた。


「雑誌『月刊 超自然大陸』の編集長、相模さんです。本日は、どのような目的でこちらへ?」


「以前から潮塊神社について調べたいことがありまして、今日はその取材に来ました」


「お祭りについての取材ですか?」


「祭りそのものというより、祭りの前に起こる出来事についてですね。まだ調査前ですので、詳しいことは申し上げられませんが」


「なるほど。相模さんが調査されるとなると、少し気になりますね」


 相模は穏やかに笑った。


「何もなければ、それが一番です」


 怪異を煽るような言葉を期待していたのか、リポーターが一瞬だけ次の質問に迷う。


 相模は気にした様子もなく、桂一へ目を向けた。


「本日は、地元で活動されている方にも同行していただいています」


 桂一の眉がわずかに動いた。


「こちらは、地域の噂や出来事を調査している『市影譚』の水野桂一さんです」


 カメラが桂一へ向きを変える。


 そのままでは、後ろにいる栞まで画面へ入る位置だった。


 カメラが動ききる前に、桂一が横へ一歩ずれた。


 白いシャツの背中が、栞とレンズの間に入る。


「水野さんも、この地域について調べていらっしゃるんですか?」


「ええ。昔話や地元の噂を中心に、記事にしています」


 突然紹介されたにもかかわらず、桂一の声は普段とほとんど変わらなかった。


「潮塊神社には、よく来られるのでしょうか?」


「仕事でも個人でも、何度か。地元では有名な神社ですから」


「今週末の潮塊祭りについて、見どころを一つ教えていただけますか?」


「神輿でしょうね。かなり大きいので、担ぎ手がそろって動くところは迫力がありますよ」


「ありがとうございます」


 質問に答える間も、桂一は栞の前から動かなかった。


 栞は、隠れるように一歩下がる。


 テレビに映れば、以前勤めていた職場や昔の知り合いに見られるかもしれない。悪いことをしているわけではないが、どこで何をしているのかを知られるのは落ち着かなかった。


 桂一は、よく平気でいられると思う。


 カメラを向けられても、立ち方も話す速さも変わらない。撮影が終わるまで、栞の方を一度も振り返らなかった。


「ありがとうございました」


 カメラマンが録画を止める。


 リポーターは相模と桂一へ改めて頭を下げると、祭りの準備をしている人々の方へ戻っていった。


 カメラが完全に離れてから、桂一が栞の前を空ける。


「ありがとうございます」


「映りたくなさそうだったから」


「分かりました?」


「カメラが向いた瞬間、二歩くらい下がっただろ」


「一歩です」


「どっちでもいいよ」


 相模が二人を見比べる。


「相沢さんは、顔を出されていないのですか?」


「以前の勤務先なんかに見られるのが嫌なんです。桂一さんは、よく平気ですよね」


「仕事だからな」


 桂一はそれだけ答え、カメラバッグを肩へ掛けた。


 三人は鳥居をくぐり、石段の方へ歩き始める。


 途中、相模が境内を見回しながら口を開いた。


「十一月には、干支の大絵馬も運び込まれるそうですね。重さは二百キロ近くあるとか」


「それ、正確な数字じゃないですよ」


 桂一が何気なく答える。


「え?」


「前に、絵馬を運んでいた法被姿のおじさんに聞いたことがあります。何年か前にテレビの取材で重さを聞かれて、分からないから目測で答えた数字だそうです」


「テレビで紹介されていましたが」


「その時の数字が、今も残ってるんでしょうね」


 栞が二人の間から顔を出す。


「実際に量った数字じゃないんですか?」


「いちいち重さを量ったりしないだろうから」


「水野さんは、面白い情報を持っていますね」


 相模が感心したように言う。


「載せちゃ駄目ですよ。重みがある方が、偉大な感じがしますし」


「重さの話だけに?」


「そういう意味で言ったわけじゃありません」


 相模は小さく笑い、手帳を取り出した。


「今、書きませんでした?」


「書いていませんよ」


「一回、手帳を見せてもらっていいですか?」


「取材資料ですので、お断りします」


 二人のやり取りを聞きながら、栞は長い石段を見上げた。


 最下段からでは、頂上はまだ見えない。


 人の声や祭りの準備をする音はすぐ近くにある。それでも木々に囲まれた石段だけは、境内の賑わいからわずかに切り離されて見えた。


 桂一がカメラバッグから小型のカメラを取り出す。


「まずは、下から一度歩いてみましょう」


 三人は、石段の最初の一段へ足を掛けた。


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