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市影譚 ―怪異を解する―  作者: 宮城 歩


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5-10 繋がり

※本話のみ、行方不明や喪失を想起させる表現があります。苦手な方はご注意ください。


 桂一は少し首を傾げ、そのまま通話ボタンを押した。


「はい、水野です」


『おう』


 低い男の声だった。


 少し間を置いて、続く。


『昨日、港で話しただろ』


「ああ!」


 桂一の表情が緩んだ。


「どうしました? 今、一緒だった女の子もいますよ」


 桂一がスマートフォンをスピーカーへ切り替えた。


「相沢、昨日の漁師さん」


 小声で言われ、栞もスマートフォンへ顔を向ける。


『いや、大したことじゃねえんだけどな』


「ええ」


『お前の名刺、携帯で見たんだけどな』


「携帯で?」


『ほら、書いてあっただろ。なんとかってやつ』


「あ、サイトですか?」


『たぶんな』


 携帯と言っているのはスマートフォンのこと。


 なんとかというのは、ホームページのことだろう。


 栞にも何となく分かった。


 桂一は少し嬉しそうに答えた。


「ああ、と〜ほくでアソボ!ですね」


『名前までは覚えてねえよ』


「大丈夫です」


『それ見てたらよ。お前、和菓子の店に行ったんだな』


「和菓子?」


 桂一は一瞬考える。


「ああ。あの最中が美味しいお店ですか?」


『それだ』


「今、トップページにも記事出してますね」


『そうなのか? どれが一番だか知らねえけど』


「まあ、見つかったなら大丈夫です」


『店の写真出てたから分かった』


 そこで、男の声のトーンが少しだけ落ちた。


『あの店、無くなるところだったんだな』


「そうですね。一時期かなり厳しかったみたいです」


『知らなかったんだよ』


 電話の向こうが、急に静かになった。


 桂一は何があったのか聞き返さなかった。


 ただ待った。


 こういう時、無理に言葉を挟まない。


 それも、この人が人から話を聞ける理由なのかもしれないと栞は思う。


 電話の向こうから、波の音が聞こえた。


 少し遅れて、ウミネコらしい鳴き声も混じる。


 たっぷりと時間を置いてから、男が続けた。


 言うかどうか、最後まで迷っていたような声だった。


『娘が、好きだった店でな』


「美味しいですもんね」


『俺もよく買ってやってたんだよ』


 桂一の表情から、わずかに笑みが消えた。


「娘さんに?」


『ああ』


 短い返事だった。


 それから、何かを吸い込む音がした。


 煙草だろう。


『娘だよ』


 桂一は続きを待った。


『ここで、いなくなった』


 それだけ言って、男は黙った。


 電話の向こうで、何度か煙草を吸う音だけがした。


 桂一も、すぐには何も聞かなかった。


 栞も口を開けなかった。


『でな』


「はい」


『昨日、お前ら帰ったあと気付いたんだよ』


「何にです?」


『菓子』


「菓子?」


『あいつが好きだったやつだ』


 桂一の眉が寄る。


『なんで分かってたのか知らねえけど、お前だろ?』


「何がです?」


『あいつに菓子置いてったの』


「……はい?」


 桂一が完全に動きを止めた。


 栞もスマートフォンを見る。


「いや、ちょっと待ってください。俺、菓子なんて置いてないですよ」


『そうか?』


「はい」


『でも、あれ、お前が持ってたやつだろ』


 桂一は何も言わなかった。


 でも、想像したのはおそらく栞と同じことだ。


 朝から車に積んでいた最中。


 栞は気づきもしなかった。


 佐原たちに分けようとして、集会所で開けた包み。


 一つ足りなかった。


 その時は、栞が疑われた。


「……最中、ですか?」


『まあ、いいよ』


「いや、良くないです。どこにあったんです?」


『いいって』


「良くないですよ」


『礼言わねえとなって思っただけだから』


「だから俺は――」


『とりあえず、礼は言った』


 強引に話を切られた。


『あと、あの店の記事もな』


「記事ですか?」


『助かった。これからも買いに行けるからな』


「……はい」


『何かあったら、一回くらい船乗せてやるよ』


「え?」


『じゃあな』


「ちょっと――」


 通話が切れた。


 桂一は、しばらくスマートフォンを見たまま動かなかった。


「……切られた」


 栞もすぐには何も言えなかった。


「今の……どういう意味です?」


「分からない」


 桂一は静かに栞へ目を向けた。


「分からないけど、俺が娘さんに最中をあげたことになってる」


「でも、置いてないですよね」


「置いてない」


「娘さんは……」


「ここでいなくなった、って言ってたな」


 栞の表情が変わった。


「あの港で」


「そう聞こえた」


 二人とも黙った。


 やがて、栞が先に思い出した。


「……佐原さんのところで、一個足りなかったやつ」


「うん」


「私じゃないですからね」


「今それ言う?」


「大事です」


「疑ったのは謝るよ」


 桂一はそう言いながらも、まだ首を傾げていた。


 佐原へ持っていくつもりだった最中。


 一つだけ減っていた包み。


 娘が好きだったという和菓子屋。


 そして、港に残されていた同じ菓子。


 どこから繋げればいいのか、まだ分からない。


 ただ、偶然と呼ぶには少しだけ出来すぎている。


 栞は、電話越しに聞いた男の声を思い返した。


 怖い話なのだろうか。


 悲しい話なのだろうか。


 どちらとも、少し違う気がした。


 なぜだか栞は、胸の奥がほんの少し温かくなるのを感じていた。


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