↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
市影譚 ―怪異を解する―  作者: 宮城 歩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
56/73

5-9 偶然


 事務所へ戻ると、桂一は買ってきた魚と蟹をさっさと片付けた。


 ワタリガニは塩を入れたお湯で茹でて、魚は下処理。栞が家で切るだけで食べられるようにサクにしてくれた。


「こんなに貰っていいんですか?」


「魚がたくさんあるし、俺は一人暮らしだからね」


 桂一は茹で上がった蟹を袋へ入れながら笑った。


「昔はね。蟹なんてみかんみたいに、こたつの上に重なってたんだよ」


「なんですか、その夢みたいな状況」


「爺さんが観光船のチケットもぎりやっててな。船もあったから、カゴ仕掛けてたんだよ」


「それでそんなに?」


「うん。子どもの頃は、それが普通だと思ってた」


 桂一は魚の入った容器も一緒に渡した。


「今日は朝から動いたし、もう帰っていいよ」


「良いんですか?」


「俺も何本か電話したら終わりにする」


「じゃあ、お言葉に甘えます」


「魚は今日中な」


「はい。ありがとうございます」


 栞は思いがけず豪華な夕食を抱えて、事務所を後にした。



  翌朝。


「母が喜んでました!」


 事務所へ入って早々、栞が言った。


「蟹?」


「はい。昔よく食べたなあって」


「それは良かった」


 桂一はパソコンから目を離して笑った。


「海も、大きいのが来てから随分変わったけどね。獲れるものも少しずつ変わったし、地元の人が進んで獲らなくなったものもある」


「そうなんですか?」


「まあね」


 それ以上、桂一は説明しなかった。


 栞にも、何となく続きを聞かない方がいい気がした。


 いつものことだ。


 桂一が何気なく口にする昔話には、時々、自分が知らない何かが奥に続いている。


「それより」


 桂一が椅子を少し横へずらした。


「昨日、何本か電話するって言ったろ?」


「はい」


「今朝、折り返しも来てね。少し予想が付いたかもしれない」


「何がです?」


 栞は桂一のパソコンを覗き込んだ。


 机の上には、印刷した資料とメモが何枚も並んでいる。


 昨夜調べたらしい気象記録。


 新聞記事。


 港の案内図。


 手書きの日付と時刻。


 桂一の目元には、うっすらとクマがあった。


「……昨日、ちゃんと寝ました?」


「九時にはしっかりな」


「九時まで、の間違いじゃないですよね?」


「細かいな」


 桂一は伸びをした。


「とりあえず、昨日は相談者本人と、斎藤巡査長に確認してみた」


「何を聞いたんです?」


「まず相談者」


 桂一が一枚のメモを手元へ寄せた。


「使ってた仕掛け。車を変な場所に停めてなかったか。それと、あの日の天気について何か覚えてないか」


「仕掛けは?」


「普通のエギ。本人が言う限りではね」


「車は?」


「港の外。少なくとも、車まで立入禁止区域へ入れてたわけじゃない」


「じゃあ、その二つは特に変なところなし?」


「今のところは」


 桂一が次の項目を指した。


「それより、何時まで釣るつもりだったか聞いた」


「何時までだったんです?」


「次の日が休みだったらしくてね。釣れてたら午前二時くらいまではやるつもりだったって」


「遅いですね」


「うん」


 桂一は別の資料を栞の前へ滑らせた。


「海へ落ちたのが、大体二十二時」


「はい」


「その日の夜、日付が変わる頃にはかなり荒れてる」


 栞が資料を見る。


「暴風警報……波浪警報」


「そう」


「事故の時は?」


「まだそこまでじゃない」


 桂一が時間を指で追った。


「ただ、そこから急に風が強くなってる」


「じゃあ、二時までいたら……」


「かなり危なかった可能性はあるね」


「宍戸さんにも聞いたんですか?」


「聞いた」


 桂一が頷く。


「遮るものが少ないから、荒れた時の岸壁は相当きついって。波も当然上がる」


「昨日の漁師さん、雲を見て船を括ってましたもんね」


「それ見て気になったんだよ」


 桂一は窓の外を見た。


「ちなみに、昨日の夜も結構荒れたらしい」


「やっぱり?」


「台風が来る時期だからね。別に珍しいことじゃないけど」


 栞は資料へ目を戻した。


「でも、あの人には荒れる前に分かってた」


「海で仕事してる人だからな」


「今回の人を押した何かも、分かってた?」


 桂一は答えなかった。


「次」


 もう一枚の紙を手元へ寄せる。


「斎藤巡査長から、今朝返事が来た」


「車の件ですか?」


「そう」


 桂一はメモに書かれた日付を指した。


「漁協さんから、以前、夜中に停めていた車が凹んでいたことがあると聞きました。話ぶりだと、そんなに昔のことでもなさそうで」


 昨夜の電話を思い出すように言う。


「『おそらく警察にも通報があったと思うんですが、報告があった日付って分かりますか?』って聞いた」


「調べてもらえたんですか?」


「話せる範囲でね」


 桂一が日付の隣へ、印刷した記事を置いた。


「二年前の、この日」


 栞が見出しを読む。


「……多重衝突事故?」


「うん」


 夜間、港からそれほど離れていない幹線道路で、複数台が絡む事故が起きていた。


「見出しを見ると、車両まで炎上したらしいね」


「かなり大きな事故だったんですね」


「そうみたい」


 桂一は今度は警察から聞いた時刻を指した。


「その少し前、立入禁止区域に停めてあった車が凹んでるって通報が入ってる」


「立入禁止区域に車を?」


「うん。そもそも停めちゃ駄目なところだね」


「それで警察が来た?」


「現場確認にね」


 桂一が事故記事へ指を移す。


「その対応をしてる最中に、近くでこの事故が起きた」


 栞が顔を上げた。


「じゃあ、港にいた警察がそのまま?」


「事故対応に回った」


「早く着けた?」


「みたいだね」


 桂一は記事の続きを指でなぞった。


「燃料が漏れてる車両があって、それを早い段階で確認してる。周りの車を離したり、乗ってた人を車外へ出したりして、その後に炎上」


「……凄い偶然ですね」


「うん」


 栞は二つの時刻を見比べた。


「偶然とは思えないような」


「そう見えるね」


「桂一さんは?」


「気にはなるよ」


 桂一は資料を机へ戻した。


「でも、車が凹んだ理由なんていくらでもある」


「例えば?」


「そもそも立入禁止区域に停めてたんだ。何か作業中のものが当たったのかもしれないし、風で何か飛んできたのかもしれない」


「誰かがいたずらしたのかもしれない?」


「そう」


 桂一は記事を指先で軽く叩いた。


「その車の凹みと、多重事故に直接関係がある証拠は何もない」


「でも、妙なタイミング」


「それはそう」


「釣り竿の件は?」


「そっちは駄目だった」


「駄目?」


「警察への正式な通報まではしてなかったみたい。いつだったかも曖昧」


「じゃあ、分からないまま?」


「今のところはね」


 栞は並べられた資料を見る。


 車。


 釣り竿。


 転落。


 起きていることは、どれも違う。


「バラバラですね」


「うん」


「でも……」


 栞は少し考えた。


「結果だけ見ると、少し似てません?」


 桂一が顔を上げる。


「どう似てる?」


「その人が、それまでやってたことを続けられなくなってる」


 車なら、警察を呼ぶ。


 釣り竿なら、釣りを続けられない。


 今回の相談者なら、海へ落ちた時点で釣りどころではなくなる。


「危ないことをしてる人を、止めてる?」


「そう見えなくはない」


「じゃあ、やっぱり怪異が――」


「怪異かは分からない」


 桂一は言い切った。


「たまたま何か事故があっただけかもしれないよ」


「でも、車の件も、今回も……」


「似たものはあるね」


「だったら」


「似てるからって、同じものとは限らない」


 桂一は机の資料を軽く揃えた。


「車はただの偶然かもしれない。今回だって、俺たちが気付いてない理由があるのかもしれない」


「天気も?」


「港なら荒れる日はある。まして台風の時期だろ」


「……それもそうですね」


「俺たちが後から都合よく繋げてる可能性だってある」


 栞は黙った。


 どれも、一つだけなら珍しくない。


 夜の港で車が傷付く。


 釣り竿が壊れる。


 海に落ちる。


 天候が荒れる。


 道路で事故が起きる。


 原因なんて、いくらでもある。


 昨日の漁師も、そう言っていた。


「じゃあ、まだ何も分からない?」


「うん」


 桂一はあっさり頷いた。


「分からないままでいいと思う」


「いいんですか?」


「今回、分かったことは別にあるからね」


「別?」


「立入禁止には、それなりの理由がある」


 桂一は指を折った。


「夜は見えない。船は動く。釣り糸はスクリューに絡む。岸壁から落ちる。天気も変わる」


「昔から事故もある」


「そう」


「怪異なんかいなくても十分危ない」


「十分過ぎる」


 桂一は椅子の背へ身体を預けた。


「だったら、人間側で出来ることをやればいい」


「人間側?」


「うん」


 桂一はメモ帳の余白へ、大きく一行書いた。


『人目に意味を持たせる』


「……どういうことです?」


「今までも、立入禁止区域へ入る人を誰かが見掛けることはあったと思う」


「はい」


「でも、見ただけで終わる」


「自分で注意するのも怖いですしね」


「だから、注意しなくていいようにする」


 桂一は続けて書いた。


『立入禁止区域内に車両が停車していた場合は、ナンバーを控え、漁協で記録します』


『漁協連絡先』


『警察連絡先』


『危険防止のため、ご協力をお願いします』


 栞が文字を追う。


「看板に?」


「うん。宍戸さんに提案してみる」


「実際にナンバーを記録するんですか?」


「漁協側がその運用でいいって言えばね」


「それだけでも入りづらくなりそう」


「だろ?」


「見られたら、記録されるかもしれない」


「場合によっては警察にも連絡される」


 桂一が頷く。


「人目に意味が出来る」


 栞はもう一度、その一文を見る。


「見掛けた人はどうするんです?」


「自分では声を掛けない」


「やっぱり」


「トラブルになるかもしれないからね」


 桂一はさらに書き足した。


『危険区域へ入る方を見掛けても、直接注意したり、追い掛けたりしないでください』


「安全な場所から漁協か警察へ連絡する」


「桂一さんも?」


「もちろん」


「自分なら話しかけそうですけど」


「今回はしない」


「珍しい」


「記事で『直接注意するな』って書いて、俺だけやってたら格好悪いだろ」


「そこですか」


「そこも」


 栞が笑った。


 桂一はメモを眺めた。


「記事にも同じことを書こう」


「立入禁止区域を紹介するんじゃなくて?」


「入ってる人を見掛けた時に、どうすればいいかを紹介する」


「なるほど」


「警察が巡回する。漁協も見る。近くにいる人も、見掛けたら連絡出来る」


 桂一はペンを置いた。


「それだけでも、入りにくくはなるだろ」


 特別な設備を増やすわけではない。


 誰かに二十四時間見張らせるわけでもない。


 元からそこにいる人たちの目に、役割を持たせる。


 栞は少しだけ不思議に思った。


 車を凹ませる。


 竿を折る。


 海へ突き落とす。


 子どもじみたイタズラにも思える。


 でも、もし本当に、何かがそこから人を遠ざけようとしていたのなら。


 桂一が今考えていることも、目的だけなら同じなのかもしれない。


「桂一さん」


「ん?」


 その時だった。


 机の上のスマートフォンが震えた。


 二人の視線が画面へ向く。


 表示されているのは、登録されていない番号だった。


「誰です?」


「さあ」


 桂一は少し首を傾げた。


 スマートフォンは、鳴り続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。