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市影譚 ―怪異を解する―  作者: 宮城 歩


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5-6 現場確認


「あの人、この時間はいつもしばらく一服してるんだよ」


 宍戸に連れられ、二人は岸壁にいた男のところへ向かった。


 声を掛けると、男はこちらを見た。


「この二人、さっき話してた取材の人」


「ああ」


「昔のこと聞きたいんだって」


「俺に?」


「さっきお願いしただろ。俺より長いんだから」


「年寄り扱いすんな」


「実際年上でしょうが」


 男が煙草を咥えたまま笑った。


「じゃ、俺は一旦戻ってるから」


「ありがとうございます」


 宍戸が管理事務所へ戻っていく。


 桂一は改めて男へ向き直った。


「水野です。よろしくお願いします」


「聞いてるよ」


 男はそう言って、港の奥へ目を向けた。


「昔は、今よりかなり奥まで入れたそうですね」


「ああ」


「この辺で釣りしてた人も?」


「普通にいたよ。俺らも子どもの頃はその辺歩いてたしな」


「じゃあ、今の立入禁止区域を基準に昔の事故を見ると、かなり印象が変わりますね」


「そうだろうな」


 男は少し考えた。


「今じゃ勝手に入ったって言われる場所でも、昔なら普通に人がいたからな」


「宍戸さんから、昔の転落事故も聞きました」


「ああ」


「覚えてます?」


「いくつかはな」


「今回みたいに、夜?」


「夜もあるし、昼もある」


「釣り人ばかりではない?」


「そんなことねえよ」


 男の答えはあっさりしていた。


「仕事してたやつもいるし、酔っぱらいもいる。釣りもいる。港なんだから、落ちる理由なんていくらでもある」


「ですよね」


「全部一緒に考えたら駄目だぞ」


 桂一の口元が僅かに緩んだ。


「その言葉、ありがたいです」


「何が?」


「俺もそう思ってたので」


 男は煙草を吸いながら桂一を見る。


 サングラスに隠れて、表情は分かりにくい。


「お前、変な話でも探してんのか?」


「探してはいません。ただ、変なことがあったなら無視もしません」


「面倒臭いやつだな」


「よく言われます」


 男が鼻で笑った。


 桂一は港の奥に立つ照明へ目を向けた。


「そういえば、水銀ランプって製造中止になりましたけど、LEDでもイカって来ます?」


「ん?」


 男が少しだけ顔を向けた。


「詳しいな」


「少しだけです」


「来るよ。ただ、昔より水揚げ減った気はするな」


「照明が変わってから?」


「そう言うやつはいる」


 男は街灯の方を見る。


「光が違うからなのか、瞬かないからなのか、そもそもイカが減っただけなのかは知らんけどな」


「そこまでは分からない?」


「俺は漁師であって研究者じゃねえから」


「ですよね」


「ただ、昔の灯りの方が寄った気はする」


 桂一は短くメモした。


「今回落ちた人も、あの灯りを狙ってたみたいです」


「だろうな」


 男は少し呆れたように息を吐いた。


「そこまでしてイカ食いたいかね」


「買った方が安いかもしれませんね」


「間違いない」


 二人とも笑った。


 桂一は続けた。


「夜に港へ入る人、現場からするとやっぱり迷惑ですか?」


「そりゃ迷惑だよ」


 男は即答した。


「人が入れない場所だと思ってるから、船も普通に通るんだよ」


 海の方を顎で示す。


「糸をスクリューで引っ掛けて、まだ向こうで竿持ってたら、人を海に引きずることだってある」


 栞が顔を上げる。


「そんなことになるんですか?」


「なる可能性はある」


 男は淡々としていた。


「下手したら、そのままスクリューに巻き込まれる。こっちは、人がいるなんて思ってねえんだから」


「船側も事故の当事者になりますよね」


「そういうこと」


 男は煙草の灰をペットボトルへ落とした。


 僅かに残ったスポーツドリンクは、吸い殻と灰で濁っている。


「勝手に入ったやつが原因でも、巻き込んだ方は気分悪いだろ。仕事してただけなのにな」


「それは記事に入れたいですね」


「好きにしろ。名前は出すなよ」


「分かりました」


「まあ、アホだわな」


 言葉は荒かった。


 だが、単に釣り人を嫌っているわけではないことは分かった。


 立入禁止区域は、誰も使っていない場所ではない。


 むしろ逆だ。


 そこで働いている人間がいるからこそ、部外者が入ってはいけない。


「かなり参考になりました。ありがとうございます」


 桂一が頭を下げた。


「そうか」


「じゃあ、今度は現場を見てきます」


「ああ」


 男は管理事務所の方へ顎を向けた。


「見りゃ、危ないの分かるよ」



 再び宍戸と合流し、二人は案内されて柵の内側へ入った。


 もちろん、普段なら勝手に入れる場所ではない。


「足元、気を付けて」


「はい」


 桂一はカメラを構え、まず立入禁止の表示を撮った。


 次に柵。


 船の通る位置と岸壁の距離が分かる程度に、広めの写真を数枚撮る。


 細かな位置関係や入り方が特定出来そうなものは、意識して避けているようだった。


 栞は岸壁の縁から下を見る。


「フジツボ、凄いですね」


「ああ」


 コンクリートの側面には、白っぽいフジツボがびっしりと付いている。


 水際を覗けば、小さな魚が何匹も泳いでいた。


「魚います」


「いるね」


 潮の流れに合わせて、小さな影が岸壁の下を行き来している。


「昼間だと、普通の港ですね」


「港だからね」


 桂一は写真を撮りながら答えた。


 やがて、今回の相談者が目印にしていた街灯まで来る。


「これですね」


「そう」


 宍戸が答えた。


 桂一はまず全体を撮影した。


 それから灯具を下から眺め、柱の根元へ回る。


「何かあります?」


 栞が尋ねる。


「今のところ、何も」


 桂一はしゃがみ込み、銘板を確認した。


 製造年月日。


 型式。


 品番。


 一つずつスマートフォンへ記録する。


「普通だね」


「分かるんですか?」


「よく見るI社のライトだね」


「よく見るんですか?」


「好きだからね」


「……照明器具が?」


「うん」


 栞は少し考えた。


「桂一さん、本当に守備範囲広いですね」


「照明は面白いよ」


「今、その話を広げると長そうなのでやめます」


「正解」


 桂一は笑いながら立ち上がった。


 灯具そのものに目立った損傷はない。


 柱にも、不自然な加工や後付けらしいものは見当たらなかった。


「製造年月日も普通ですね」


「うん。品番も普通。少なくとも、見た目で変なところはない」


「故障してる感じも?」


「昼じゃ分からないけど、器具そのものは普通だね」


 桂一は最後に、街灯と岸壁を一緒に収めるように一枚撮った。


「これくらいで十分」


「早いですね」


「写真撮りに来ただけだから。長居する場所じゃないよ」


 宍戸が頷いた。


「そうしてくれると助かる」


「ありがとうございます。使う写真も、危ない場所を紹介するような見せ方にはしません」


「頼むよ」


 三人はすぐに柵の外へ戻った。


 桂一が宍戸へ頭を下げる。


「今日は本当にありがとうございました」


「こっちこそ。ちゃんと注意喚起してもらえるなら助かるよ」


「記事が出来たら、一度連絡します」


「うん。何かまた分からないことあったら電話して」


「ありがとうございます」


 栞はそのやり取りを聞きながら思った。


 これで、この港にはまた連絡出来る。


 さっきの警察署にも、斎藤巡査長がいる。


 昨日まで知らなかった場所に、一日で二つ、新しい繋がりが出来ていた。


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